宗教学者による「熊野考」。
民俗学が人が神を祀る、という観点からの学問だとすれば、宗教学は神の側から人間へのアプローチを考える、と著者はいう。
その著者からみれば、岩など自然物そのものが御神体となった神社の多い熊野は、まさにうってつけのフィールドといえるだろう。
本書は、熊野出身の写真家・鈴木理策氏があらたに撮り下ろした写真とあいまって魅力的な熊野入門書になっている。
熊野の魅力は、著者による以下のような多面的アプローチで解明されていく。
熊野の神々は記紀神話からはみでてしまう土着の神々であり、産土(うぶすな)神の性格を濃厚にもったものであり、単体の神社というよりも熊野の神々を総称したものである。この上に神道、仏教、修験道が重層的に重なり合い神仏習合としての聖地となった。
熊野は別名「こもりく」といわれるが、これは籠り(incubation:宗教学的な用法。もともとは親鳥が雛を育てること。ビジネスの世界では起業の孵化器の意味)と託宣の場であり、岩盤性の切り立った海に面した絶壁は、古代ギリシアのデルフォイに比すことのできるもの。
火山性の固い岩盤と鉱物資源、豊富な温泉は、死と再生の場でもあり、厳しい自然環境の上に、豊富に降り注ぐ雨が作った豊かな森は、籠りの場として、むしろ母性的な意味合いをもつ。つまり、すべてを受け入れ、そしてあらたに何かが生み出される場所なのだ。
近年パワースポットという表現がポピュラーになっているが、現代でも日本人は森を前にすると、森の中に入るとなぜか生き返ったように感じる。
日本国内で熊野に匹敵しうるのは、同じような自然条件にある屋久島くらいだろう。さまざまな神話や物語が堆積している意味で、熊野は屋久島以上に魅力的といえるかもしれない。
実際、私自身、熊野はすでに1995年と2003年の二回にわたって旅してしており、大雨という自然条件に泣かされたこともあっても、そのことも含めて私は強い印象が思い出となって記憶に刻み込まれている。
屋久島も同様に、予期せぬ大雪で観光客のまばらな2005年2月に、登山靴にアイゼンつけて雪山を歩き、縄文杉をみにいってきた。屋久島でも熊野と同様、温泉で癒された。
熊野、屋久島ともに再訪したいと心から念願している。
日本人にとっての信仰の原点、聖域がこの森であり、とくに海と山が出会う場所である熊野は、きわめつきの魅力をもつのである。熊野は、世界遺産に登録されたことにより、日本人自身が原点に立ち戻るきっかけになることが望まれる。
著者もいうように、近代日本を襲った数々の宗教弾圧・・・明治維新の際の神仏分離(=廃仏毀釈)、明治末期からの神社合祀令、敗戦後の占領軍による神道指令・・・でズタズタにされた日本人本来の信仰の回復のために。
本書は導入に折口信夫の「産霊(むすび)の信仰」を使っているが、那智山中に3年間滞在した南方熊楠に一言も触れていない。折口信夫には釈超空の名で「海やまのあひだ」という歌集があるので、よりふさわしい人選ではある。
いかなる理由かは知らないが、南方熊楠抜きの熊野、というのも熊野に対する一つの態度ではある。
私としては、この両巨人をぶつけてほしかったのだが。
<読書案内>
植島啓司、鈴木理策=写真、『世界遺産 神々の眠る「熊野」を歩く』、集英社新書ヴィジュアル版、2009
青山潤三、『屋久島-樹と水と岩の島を歩く-』、岩波ジュニア新書カラー版、2008
PS タイトルを一部変更し、読みやすくするために改行を増やした。またあらたに<ブログ内関連記事>の項目を加えた。 (2014年4月12日)
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「神やぶれたまふ」-日米戦争の本質は「宗教戦争」でもあったとする敗戦後の折口信夫の深い反省を考えてみる
(2014年4月12日 項目新設)
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