2009年9月27日日曜日

Google AdSense について


        
 8月の終わりから、Google の収益化プロジェクトである Google AdSense に参加してみた。
 ブログ書き始めてからしばらくは収益化のためにクリック広告がでてくるのは、レイアウト上、見苦しいのではないかと思っていたのだが・・・
 これで儲けがでたら文字通り儲けもの、なんてつまらないギャグを考えているわけではないが、自分が書いた文章にどのような広告がつくのかを見るのは、実に興味深い。そしてまた意外な思いをすることも多い。

 ブログ作成者本人はクリック広告をいっさいクリックしてはいけないと Google Adsense の規約にあるので、好奇心のかたまりである私は、好奇心が高まるのを覚え、マウスをもつ右手がウズウズしながらも修道士のごとく禁欲的に振る舞っているのだ。
 自由にクリックできる読者の皆さんがうらやましい!私はなんと Google 検索でキーボード入力してからそれらのサイトを閲覧しているのですよ。

 面白いことに私の意に反した広告もでてくる。
 あれだけ"千葉県産の梨"、と書いているのに、なぜか広告は"新潟の梨"ばかり・・おいおい、少しは考えろよ、いや千葉県ももっとネットで広告宣伝せなあかんなあ、森田知事。
 しかしながら、現在に至るまで垣間見ることのなかった世界を知ることもできる。
 たとえば、"キリスト教徒のための墓地の案内"など、まったく考えたことすらなかった。私の人生においては、いわば想定外なものだったからだ。
 
 ネット空間そのものは仮想現実かもしれないが、ネットの先にはリアルな現実世界が控えている。現実世界というのはほんとうに奥が深いというか、底知れないものがあるものだ、と正直に驚いている。
 インターネット普及の初期にさかんにネットサーフィンしていた頃とは、またちょっと異なる感想だ。自分が知っている世界なんてほんの一部にしかすぎないのだと、大自然を前にした人間の小ささと同様の感情を抱く。

 検索によって知りたい情報を探索する、というのが検索エンジンの発達、とくに Google(・・日本語人の耳にはグーゴーと聞こえる)以後の世界となっているが、Google AdSense によって、"未知との遭遇"、"意図せざる邂逅"という、すっかり忘れていた楽しみを味合わうことができるようになったといえるのではないか。
 "森羅万象について考えたことを書く"、というのが私のブログ執筆のスタンスだが、そうはいっても一人の人間が知りうること、体験しうること、書きうることは自ずから限界がある。その限界を補ってくれる存在として Ads by Google で広告をつけるのもいいいのかもしれない。

 もちろん、"収益化"(・・この用語は Google のものです。いかにも英語の直訳くさい日本語だ)のためにも、好奇心旺盛な皆さんには広告をクリックしていただけるとありがたいのですが・・・