2009年12月2日水曜日

タイのあれこれ (24) DVDで視聴可能なタイの映画-③ 歴史もの

 タイ映画の歴史ものといえば、現チャクリ王朝(=ラタナコーシン王朝)成立以前の王朝を舞台にした、歴史エンターテインメント超大作となります。2000年以降に製作された『王妃スリヨータイ』に『キング・ナレースワン 三部作』です。

 タイの王室を描いた映画といえば、何よりも1950年代に製作されたハリウッドのミュージカル映画『王様と私』(The King and I)ということになるでしょうが、スキンヘッドのユル・ブリンナーが主演したこの映画は、周知のとおり、現在でもタイでは上映禁止です。 

 これは、ラーマ4世モンクット王が招いた英国人家庭教師アンナ・レオノーウェンの回想録をもとに、19世紀後半、近代前夜のタイにおける物語。西洋近代を体現したアンナと、西洋の学問にも精通していながら東洋世界を体現していたモンクット王との出会いと葛藤を通じた、東西文明の相互理解への道を描いたものです。

 この映画は、日本人の私からみても、いわゆる"オリエンタリズム"に充ち満ちた作品で、エキゾチズム全開といった内容ですが、アジア人としては見ていて気持ちのいいものとは思われません。現在でも不敬罪の存在するタイ王国で上映禁止だとしても、とくに違和感を感じません。

 この『王様と私』のリメイク版ともいえるのが、1999年に製作された『アンナと王様』(Anna and the King)です。家庭教師アンナ役のジョディー・フォスターが主役で、香港映画の大物スターであるチョウ・ユンファがモンクット王を演じています。私は個人的にこの二人の俳優がともに好きだし、『王様と私』とは違って、かなりディテールにいたるまでその当時のタイを復元していると思うのですが、同じくこの作品もタイ国内では上映禁止となっています。

 ロケはマレーシアで行われたようですが、タイ政府からはマレーシアに対してロケを認めないようにという圧力がかかったらしいとも聞いていますが、真偽は定かではありません。

 私が見た限りではとくに大きな問題がないと思いますし、この映画をみるとタイの歴史についてたいへん勉強になるのですが、日本でも"不敬罪"の存在した戦前には、たとえば明治天皇を生身の肉体をもった俳優が演じることなど、まず不可能であったであろうことを考えると、この映画も上映禁止なっているのも当然かもしれません。イッセー尾形が昭和天皇役を演じた作品など、タイでは想像すらできないと思います。

 まあ、たいへんやっかいなことなのですがが、ラーマ4世モンクット王は現国王のラーマ9世とも直接血がつながっており、映画の登場人物として演じられること自体が"不敬罪"の対象となるのでしょう。

 これは、「タイのあれこれ(8)」でロイヤル・ドッグのマンガ本について触れた際、国王陛下が白抜きで描かれていることを知っていただければ、納得してもらえることだと思います。
 つまるところ、不敬罪が存在する限り、現王朝の国王がたとえ歴史上の人物となっていたとしても、登場人物とした映画は製作することはない、と断言してよいと思われるわけです。


 前置きがずいぶん長くなりましたが、こういう状況が背景にあることを知っていれば、現王朝以前の歴史上の王や王妃が主人公となった映画がなぜ製作されているのかが、理解されることと思います。

 そしてまた重要なことは、タイは基本的にインド文明圏にあり、中華文明とは異なり歴史意識に乏しいこともあります。このため、比較的最近のよく知られた話よりも、いま生きている人たちの記憶のなかにはない歴史的人物のほうが、エンターテインメントとしてストーリーづくりをやりやすい、といった点もあるのではないか、と思われます。


◆『王妃スリヨータイ』(The Legend of Suriyothai) 2001年製作・公開  監督:チャートリーチャルーム・ユーコン殿下、フランシス・コッポラ編集の142分短縮の米国版もあり 米国版トレーラー

 そうした歴史もののさきがけとなったのが『王妃スリヨータイ』です。

 16世紀半ば、タイの宿敵であったミャンマー(=ビルマ)との戦いに、女性が戦場にでるのは禁止されていたのにもかかわらず、王妃スリヨータイ自らが象にのって出陣、そして交戦中に戦死、その戦いでタイは完敗を喫し、首都アユタヤは焼き討ちされ灰と化したことが映画では描かれています。

 この物語が歴史的な事実かどうか定かではありませんが、王室の全面的バックアップのもと、米国で映画製作を勉強した、王族出身のチャートリーチャルーム殿下が監督し、タイ映画史上最大の制作費を投入、陸海軍兵士を多数エキストラとして使ったといわれています。映画学校で同窓のフランシス・コッポラが海外向けの短縮版を作成しています。

 タイ映画史上、最大の興行収入もあげることにもなりました。


◆『キング・ナレースワン 第一部』(日本公開時のタイトルは、キング・ナレスワン 序章-アユタヤの若き英雄誕生-」) 2007年製作公開  監督:チャートリーチャルーム殿下  167分 タイ版トレーラー 
◆『キング・ナレースワン 第二部』(日本公開時のタイトルは、「キング・ナレスワン-アユタヤの勝利と栄光-」) 年製作公開 監督:チャートリーチャルーム殿下  169分  タイ版トレーラー
◆『キング・ナレースワン 第三部』 2011年3月31日公開(日本公開未定) 監督:チャートリーチャルーム殿下 タイ版トレーラー
◆『キング・ナレースワン 第四部』 2011年8月11日公開予定(日本公開未定) 監督:チャートリーチャルーム殿下 タイ版トレーラー
◆『キング・ナレースワン 第五部』 2011年12月8日公開予定(日本公開未定) 監督:チャートリーチャルーム殿下 タイ版トレーラー

 つづく『キング・ナレースワン 三部作』は、同じくチャートリーチャルーム殿下が製作・監督した大作で、『スリヨータイ』の時代に続く時代を扱っており、少年時代ビルマの人質となっていたものの、つねに独立を夢見ていたナレースワン(1555-1605)が、ついにタイの栄光を回復する救国の英雄として歴史に残る大王となった姿を、かなり理想的な人物として描いた一大エンターテインメントになっています。

 全部で三部作となっており、これも『スリヨータイ』と同じく、タイでは制作費も観客動員にかんしても、史上空前となっています。タイ国民のナショナリズム意識を大いに刺激したことが、その理由といってよいでしょう。

 私はこの映画の第一部と第二部を、東京・六本木で開催された映画祭「タイ式シネマ☆パラダイス」で、日本語字幕つきで上映されたものを見ました。オフィシャル・サイトには、映画の概要が掲載されているので参照していただくとよいと思います。『キング・ナレスワン 序章-アユタヤの若き英雄誕生-』、『キング・ナレスワン-アユタヤの勝利と栄光-』。
 
 なお、『王妃スリヨータイ』は日本未公開ですが、タイではDVDとVCDが販売されており、フランシス・コッポラ編集版には英語字幕もついています。ただしタイはDVDはPAL方式の再生なので、パソコンで再生可能なVCDのほうがおすすめです。

 『ナレースワン』は、「THE KING 序章-アユタヤの若き英雄-/-アユタヤの勝利と栄光-」というタイトルで、日本版のDVDが第一部と第二部の二枚組セットで今年の11月に販売されたらしいですね。レンタル店にでているかどうかは確認していないのでわかりませんが。

 タイではDVD版とVCD版が第一部と第二部についてはすでに販売されていますが、タイ語音声のみで字幕はついていません。なお、YouTube に全編アップされていますので視聴することも可能です(・・もちろんタイ語音声のみ)。第一部は全部で17分割してアップ、同じく第二部も17分割してアップされています。タイでも第三部はまだ公開されていないようなので、DVD版も、VCD版も販売されていません。

 先にも書きましたが、そもそも歴史意識に乏しいタイの一般国民に、かなりの脚色と理想化があるとはいえ、歴史上の英雄を主人公としたエンターテインメント大作を提供したことは、ただ単に興行成績が上がったということだけでなく、タイ人のナショナリズム強化に大いに貢献したことは間違いありません。

 タイは多民族国家で移民国家でありながら、東南アジアのなかでは国民意識形成に成功した数少ない国家となっているわけです。この基盤があってこそ、高度経済成長も可能であったというべきでしょう。

 もちろん、タイ国民以外にも十二分に鑑賞可能な、エンターテインメント超大作となっています。とくに『キング・ナレースワン 第二部』には、山田長政も日本人の俳優が日本の甲冑姿で登場しますので、日本人にも親しみのある(?)時代といえるでしょうか。ただしこれは史実とは異なるようですが(笑)。

 あえていえば、巨匠・黒澤明監督の『』や『影武者』のような超大作に、強力な火力を武器にした戦国時代ものといえるでしょう。まあ最近は中国がハリウッド張りの歴史超大作を次から次へと出し続けてますね、たとえば三国志が原作の『レッド・クリフ 赤壁』とか。バンコクでも中国映画は人気があります。

 歴史という観点から考えると、同時代16世紀末の日本は、その後パックス・トクガワーナ(Pax Tokugawana)ともいわれる徳川幕府による天下泰平の時代となってゆきますが、タイの場合は現チャクリ王朝のラーマ1世が即位する18世紀末まで、まだまだ不安定な時代が続きます。

 タイも日本もほぼ同時期の19世紀末に西洋近代化への道をスタートしますが、地政学的に見て島国であった日本の徳川250年の蓄積がいかに大きなものであったかは、その後の両国の展開をみれば、おのずから明らかになっているといってもいい過ぎではないでしょう。

 この点については、まさにナレースワン王の時代にも該当する、"われらが少年使節"の話について私が書いたブログの文章、「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む を参照していただくとよいかと思います。

 歴史ものの映画をつうじて歴史をしることには、当然のことながら限界があります。歴史そのものと歴史小説は別物だからです。もしタイの歴史をきちんとしりたければ、やはり歴史書を読んでみるべきでしょう。


* タイのあれこれ (25) DVDで視聴可能なタイの映画 ④人生もの=恋愛もの につづく


P.S. 一部最新情報を追補した(2011年9月11日)






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(2012年7月3日発売の拙著です)









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