2010年2月10日水曜日

書評『ランド - 世界を支配した研究所』(アレックス・アペラ、牧野洋訳、文藝春秋、2008)ー 第二次大戦後の米国を設計したシンクタンクの実態を余すところなく描き切ったノンフィクション




第二次大戦後の米国を設計した「ランド・コーポレーション」の実態を余すところなく描き切ったノンフィクション

 第二次大戦の勝利国となった米国が、1940年代から1950年代にかけて世界の覇権国となっていった絶頂期に、その理論的フレームワークをつくりあげたのが、米国空軍のシンクタンクとして出発した民間の非営利組織「ランド・コーポレーション」(RAND Corporation)であった。

 RAND とは、Research ANd Development(研究開発)の頭字語をとったもの。知識産業としてのシンクタンクの原型ともいってよい。

 実質的に国防研究を主要分野として受託研究を行ってきたこのシンクタンクは、理系の研究者にとっては思う存分に研究のできるパラダイスであった。本書には、全米から集まってきた最優秀の頭脳の群像が、これでもか、これでもかと描かれている。

 「ゲーム理論」、「合理的選択論」、「システム分析」いずれも人間行動を数式と方程式で理解しようとした、「合理性の兵士」(Soldiers of Reason)たちの産物であった。彼らは、研究分野における、米国のベスト・アンド・ブライテストたちであったといえよう。

 そして彼らはまた「合理性の使徒」でもあった。20世紀後半の社会科学がこれら米国発の「合理性」理論の圧倒的影響下にあることは、日本についてもいうまでもない。
 
 「ランド」に集まったのは理系研究者だけではない。

 1972年にノーベル経済学賞を受賞した、米国を代表する経済学者ケネス・アローに代表される「合理的選択論」は、経済学だけでなく、戦後アメリカをアメリカたらしめたエッセンスといってもよい。ランド時代のアローの業績は、本書によればいまだに機密解除されていない(!)という。冷戦時代の米国の国防戦略に直接関与していたのである。


 1994年にノーベル経済学賞を受賞した数学者ジョン・ナッシュをモデルにしたハリウッド映画『ビューティフル・マインド』そのものの世界である。

 この映画では、「非協力ゲーム」の研究で知られる数学者として、暗号解読研究に携わることになったナッシュが、次第に妄想の世界に入り込んで精神を病んでいったことが描かれている。核兵器にかんする機密漏洩を懸念して軍関係者に監視されていた、末期がんで死の床にあった天才フォン・ノイマンは例外ではなかったのである。ランドでの研究の性格の一端を示したものといえるだろう。

 米国による世界支配構造の根底にある「合理性」とはいったい何か、それが生まれてきた背景も含めて、さまざまな天才たちの群像をつうじて描く、必読のノンフィクションである。


<初出情報>

■bk1書評「第二次大戦後の米国を設計した「ランド・コーポレーション」の実態を余すところなく描き切ったノンフィクション」投稿掲載(2010年2月3日)

(*再録にあたって字句の一部を修正)




<書評への付記>

シンクタンクについての随想

 私はこの本を一昨年バンコクに持ち込んで読んだ。アメリカについて書かれた本を日本語訳で海外で読む、これもなかなか面白い経験であった。内容は実に面白い。

 読んで損はない本なので、せっかくなので書評に仕立て直して紹介することとした。

 「ランド・コーポレーション」はアメリカ空軍(・・正確にいうと、設立当時は組織として独立する以前の陸軍航空隊であった)の肝いりで設立された研究所であり、基本的に組織として独立した空軍に貢献することを期待して予算がついたのであった。設立をめぐる状況の経緯は本書に書かれているが、なかなか利害関係者間の駆け引きが面白い。

 書評にも書いたとおりシンクタンク(thinktank)の原型である。いまでは知識産業というが、むかしは頭脳集団とか頭脳産業とかいっていたような記憶もある。

 本書にもでてくる、一世を風靡した未来学者ハーマン・カーンの名前を覚えている人もいまやもう少ないだろう。


 日本のシンクタンクの原型は、理系のものとしては戦前、大河内正敏が率いた理化学研究所(理研)があるが、これは研究の成果を商業化して資金を回収する、ベンチャービジネス的な研究所であった。

 社会科学系では、戦前の満洲における植民地経営の中心にあった南満洲鉄道株式会社(満鉄)の、いわゆる満鉄調査部が原型であったといえる。これについては、いずれ戦前のユダヤ研究とのからみで書くことにしたい。ほかには大原社会問題研究所などがあった。


 戦後日本では、本格的なシンクタンクは、野村證券が設立母体となった野村総合研究所(野村総研)が初めてであり、1997年の金融危機で銀行証券が大規模に統廃合されていくまでは、金融機関の付属機関が大半であった。ちなみに私は長銀総研に籍を置いていたことがあるが、野村総研はいまではシンクタンクというよりも、システム会社といったほうが適切である。

 旧財閥系でいえば住友財閥(・・のちに三井財閥と合体)を主体とした日本総研、三菱財閥の三菱総研などが有名である。三菱総研の牧野昇なんていう名前はもう覚えている人は少ないかもしれないが、かつては知的生産といえばスター級の人であった。


 かつて日本のシンクタンクは金融機関のヒモつきで、米国のシンクタンクのように独立系がないのは問題だ、などといわれていたものだが、実態としてはアメリカの場合も、政策研究分野では政党のヒモ付きが当たり前であり、研究して立案した政策を実行に移すことを前提にするのであれば、当然といえば当然の話である。

 経済学者の野口悠紀夫がまだ大蔵省(・・現在の財務省)に在籍しながら博士号取得のためにイェール大学に留学した際の副産物として、『シンクタンク』(東洋経済新報社、1970)という本があって、その当時の米国のシンクタンクについての最新報告として貴重である。とうの昔に絶版ではあるが。


 知識産業というものは、コンサルティングであれ、シンクタンクであれ、会計事務所や法律事務所であれ、基本的に高度サービス業であり、目に見えないものを、顧客(クライアント)から注文を受託してとってソリューションを提供する事業形態である。この点が、大学における研究と違うのだとかつてはいわれたものだが、日本でも米国同様に予算は自分でぶんどってくるもの、ということが常識となってゆくだろう。

 ランド・コーポレーションの場合は、空軍の予算による軍事にかんする受託調査研究が多かったようだが、その副産物としてさまざまな「合理性」理論が生まれてきた。

 顧客(クライント)の存在する研究は、研究成果そのものは守秘義務の関係上、公開はできないのが前提だが、研究の副産物は研究者自身の頭脳に蓄積されるし、抽象的な形でエッセンスを公開することは条件によっては許可されることもある。 

 こうして公開された研究が、ランドを有名にした「合理性」にかんする各種の理論であり、米国だ
けでなく世界中に大きな影響を与えたのである。


 「ゲーム理論」「合理的選択論」「システム分析」といった具体的な理論については、さまざまな本が出版されているので、詳細はそちらにゆずる。

 いずれも戦後の米国を、世界の中心たらしめた理論の数々である。こういった理論がもたらした結果の是非についても、とくにここでは書かないが、ある意味では経済だけでなく、経営学においてもこういった合理性理論が前提となってきたのは否定できない。

 こうした合理性一点張りの体系に修正を迫ったのが、1970年代前半におけるベトナム戦争における敗戦であり、1980年代の日本企業による大攻勢による米国経済の苦境であった。とくに後者については、これは1990年から2年間、M.B.A.コースに在籍していた私の実感である。

 検証を行ったわけではないが、生産管理だけでなく、人事管理(HRM)や応用研究を中心とした研究開発(R&D)も、1990年代のはじめに日本を徹底研究した結果、大きく書き換えられた分野であることは確かである。私はその渦中にいたので、こういうことをいうわけである。


 書評にも名前が出てくるノーベル経済学賞受賞のケネス・アローが、1990年代は「複雑系」(complexities)を研究するサンタフェ研究所(Santa Fe Institute)の設立者の一人となったことは、合理性を超える方向を志向していることを示しているといってよいだろう。

 そもそも人間というものは、合理的な存在であろうか? 経済学が前提としてきた合理的な人間モデルはいまや大幅に揺らいでいる。行動経済学など、心理学を踏まえた経済学が主流に来るのも、遠い将来ではないだろう。 

 大学時代、歴史学を専攻した私からみれば、人間行動というものは合理的に振る舞おうとしていながら、結果としてはさまざまな制約条件のなか、非合理な選択をしがちだ、という認識がある。

 まさに人間が行動主体として創り上げられる歴史というものは、必然性の働く世界ではなく、偶然性を負組み込んだ複雑系の世界そのものである、と。



ランド・コーポレーションと「合理性」にかかわる映画作品の紹介


◆数学者ジョン・ナッシュをモデルにした2001年制作のハリウッド映画 『ビューティフル・マインド』(A Beautiful Mind)トレーラーはこちら。主演はラッセル・クロウ、ジェニファー・コネリー。

◆ランド・コーポレーションもそのモデルのひとつといわれる、核戦争をテーマにしたスタンリー・キューブリック監督の1964年の傑作 『博士の異常な愛情』(Dr. Strangelove or How I learned to Stop Worrying and Love the Bomb)トレーラーはこちら。英国の俳優ピーター・セラーズによる一人3役の怪演が記憶に焼き付いている。

◆ベトナム戦争を指導した国防長官ロバート・マクナマラの回想録をもとにした2003年製作のドキュメンタリー映画 『フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国国防長官の告白』(The Fog of War: Eleven Lessons from the Life of Robert S. McNamara)トレーラーはこちら。いわゆるベスト・アンド・ブライテストの一人であったボブ・マクナマラは、ハーバード・ビジネススクール(HBS)でM.B.A.を取得、戦時中は陸軍航空隊で日本への戦略爆撃の数値解析に従事、戦後は HBS で統計学の教鞭をとったのち、フォード社長を経て、国防長官としてベトナム戦争を指導した「合理性の使徒」。しかし、ベトナム戦争にける敗戦は「合理性信仰」崩壊の序曲となった。必見の映画。



PS 読みやすくするために改行を増やし、写真も追加し大判にした。あらたに<ブログ内関連記事>を加えた。 (2014年5月2日)



<ブログ内関連記事>

「史上空前規模の論文捏造事件」(2002年)に科学社会の構造的問題をさぐった 『論文捏造』(村松 秀、中公新書ラクレ、2006)は、「STAP細胞事件」(2014年)について考える手助けになる

書評 『「科学者の楽園」をつくった男-大河内正敏と理化学研究所-』(宮田親平、河出文庫、2014)-理研はかつて「科学者の楽園」と呼ばれていたのだが・・

書評 『2045年問題-コンピュータが人間を超える日-』(松田卓也、廣済堂新書、2013)-「特異点」を超えるとコンピュータの行く末を人間が予測できなくなる?
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書評 『原爆と検閲-アメリカ人記者たちが見た広島・長崎-』(繁沢敦子、中公新書、2010)-「軍とメディア」の関係についてのケーススタディ

書評 『原爆を投下するまで日本を降伏させるな-トルーマンとバーンズの陰謀-』(鳥居民、草思社、2005 文庫版 2011)

書評 『「科学技術大国」中国の真実』(伊佐進一、講談社現代新書、2010)-中国の科学技術を国家レベルと企業レベルで概観する好レポート

(2014年5月2日 項目新設)



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