『次の10年に何が起こるか-夢の実現か、悪夢の到来か-』(Foresight編集部=編、新潮社、2000年9月30日)をとりあげよう。
月刊情報誌『フォーサイト』が、2010年4月号をもって休刊することになったことはすでにこのブログにも書いたことである。月刊「フォーサイト」休刊・・フォーサイトよ、お前もか?参照。その後、ウェブで今年夏をメドに再開する計画らしいが、印刷媒体での復活は実現するかどうか不透明である。
「夢の実現か、悪夢の到来か 次の10年を読み解く80の質問」、と表紙に印刷されている。1990年に創刊し、20年後の2010年に「休刊」することとなった『フォーサイト』、今から振り返れば、ちょうど折り返し地点の2000年に出版された意欲的な出版物が、『次の10年に何が起こるか-夢の実現か、悪夢の到来か-』である。
この10年で何が発生したか、『フォーサイト』にとっての最大の事件は、何よりもこの本の編者である『フォーサイト』自体が「休刊」に追い込まれたことだろう。これはきわめて象徴的な出来事だ。もちろんこの件は、2000年に出版された本書には書き込まれていないが、「想定外」だったと弁明するのだろうか。
この本の一番最後に収録された「実践的未来予測のススメ」という、作家・水木楊による論文には次のような文章がある。水木氏は、シミュレーション小説の第一人者として紹介されている。
自分の人生でも、会社のこれからでもいい。できるだけ恐ろしい悪夢を描いてみることをお勧めする。・・(中略)・・最悪のシナリオを描けば描くほど、何をすべきか、してはならないかが見えてくる。・・(中略)・・
シナリオを描けば、未来はやってくるものではなく、選び取るものであることが分かってくる。・・(中略)・・いわば「建設的悲観論」と言ってもいい。予測するとい、意志をもつということである。意志なき予測は、ただの戯れ言でしかない。(P.300)
最悪の事態は想定していたとは思うが、事業の撤退もまた必要である。採算にのせることが難しいと判断して休刊、とあったから苦渋の決断であったろう。担当責任者にとっては残念なかぎりだろうが(・・この気持ちは痛いほどわかる)、しかしながら経営判断としては間違いとはいえない。
ただ出版業界で使う「休刊」や、企業スポーツの世界で使われる「休部」というまやかしの表現は好ましくない。実質的に「廃刊」であり「廃部」である。大東亜戦争で「撤退」を「転進」といいかえたような欺瞞を過じるのである。
本来は、「フォーサイト」の20年、などのタイトルで、20年の歴史を総括すること求められるのではないか。その際には、本書の総括も行っていたっだきたいものだ。
さて、内容の大見出しだけ紹介しておこう。80の質問すべてを再録していては長くなりすぎるので、割愛させていただく。
●特別インタビュー① 塩野七生-「日本再生のためにローマ人から何を学ぶか」
●特別インタビュー② スティーブ・ケース(AOL会長)-「次に目指すのはインターネットによる“ニュー・プロフィット”だ」)
●次の10年を読み解く80の質問 PART 1
①「唯一の超大国」アメリカの行方
②日米経済再逆転は起こるか
③中国は本当に「21世紀の超大国」となるのか
④インターネットがもたらすのは豊かさか格差か
⑤日本の改革は成功するか
「アメリカ編」
「中国」編
「ロシア」編
「ヨーロッパ」編
「中東」編
●次の10年を読み解く80の質問 PART 2
「日本」編
「環境」編
「生命工学」編
「科学」編
「スポーツ芸能」編
●編集長インタビュー①寺島実郎(三井物産戦略研究所所長)
●編集長インタビュー②船橋洋一(朝日新聞コラムニスト)
●編集長インタビュー③ピーター・タスカ(アーカス・インベストメント取締役)
●編集長インタビュー④梅田望夫(ミューズ・アソシエイツ社長)
●次の10年を動かす注目の80人 PART 1
●次の10年を動かす注目の80人 PART 2
●民族宗教世界地図2001
●徹底分析・一年予測「2001年、世界と日本はこう動く」
●実践的未来予測のススメ(水木 楊)
●「未来年表2001‐2010」(監修=水木 楊)
本書に戻ろう。塩野七生のインタビュー記事が、10年後の現在でもそのまま通用するのは、彼女が2000年単位の話をしているからだろう。元祖「歴女」とでもいうべき塩野七生の発言は、きわめて洞察力のあるものなので、この文章の最後に引用をおこなっておく。
一方、作家の木下玲子による、AOL会長スティーブ・ケースのインタビューが収録されているが、いまから振り返るとスティーブ・ケースって誰?ってかんじだな。ドッグイヤーだからというよりも、回線業者がメディアを丸呑みするという戦略仮説が完全に破綻したということだ。一時期AOL TIME WARNER なんて名前の会社になっていたのだが。
この戦略(仮説)を猿まねした、ライブドアによるフジテレビ買収攻勢や楽天による TBS 買収攻勢も、「♪ そんな時代もあったねと・・・」というようなお話だろう。兵(つわもの)どもが夢の後?
もちろん、事業経営は実験室内での実験ができないので、仮説は実際にやってきて検証するしかない。それにしても、だ。回線業者はコンテンツをもつ意味はない。モチはモチ屋、というのがこの巨大な「社会実験」の結論である。結局儲かったのは投資銀行だけか。
副題の「夢の実現か、悪夢の到来か」、これは悪夢の到来、というべきだろうか。正直いって希望はほとんど失われたが、しかしまだ絶望には至っていないという状況だろうか? いずれにせよ結論は「夢か悪夢か」・・・もちろん人によって異なるだろう。
それにしても、10年程度でも予測というのは難しいものだと思う。人間は、現在の延長線上にしか将来をみることしかできないから、どうしても現在のホットイッシューに目がいってしまう。
20年どころか10年ですら常識が通用しなくなるわけだ。
私がこのブログに書いた、書評『100年予測-世界最強のインテリジェンス企業が示す未来覇権地図-』(ジョージ・フリードマン、櫻井祐子訳、早川書房、2009)を読んでいただきたい。こういうことを書いている。
序章で著者が指摘しているように、現在の常識と固定観念に邪魔されて、20年後どうなっているかすら本当のところ想像もできないというのが、ごくごくフツーのことなのだ。「未来に通用しなくなると確実にわかっているのは、現在の常識なのである」(P.22)。
ということで、私は2010年の現時点において、2020年予測本や2030年予測本は軽くあしらうことにした。どうせ当たらないに決まっているからね。
それよりも超・長期のトレンドをみたほうがいいと考えている。大きな流れを押さえた上で、目先の行動の是非を判断していく。
確実に予測できるのは人口トレンドだけである。大前研一のメルマガ『ニュースの視点』2010/3/24 特別号に掲載されていた【20年前にみた日本と今の日本。そして今考える20年後の日本~自分で未来を明るくする努力を!】に、「人口ピラミッドの推移」(1930年~2055年) が紹介されている。国立社会保障・人口問題研究所によるものである。日本の人口分布を1930年から10年きざみ(・・2000年以降は5年きざみ)で2555年まで、アニメーションによってシミュレーションできるようになっている。見るとぞっとしないのだが、怖いもの見たさでクリックして見ていただきたい。現実をしっかりと見据えることからしか、何事も始まらないからだ。
それはともあれ、10年後確実なことは、私もあなたも10歳余計に年をとっていること。これは20年後も同様、そしてそれ以後は・・・私にはわかりません。
<参考>
●特別インタビュー① 塩野七生-「日本再生のためにローマ人から何を学ぶか」から、塩野七生のコトバを抜粋して引用しておこう。「2000年単位」の思考法についての箴言の数々だ。(太字ゴチックは引用者によるもの)
塩野 日本人は垂直(歴史)思考が不得手なために、それ以前の80年代後半、日本経済の調子が少しばかり良かったので舞い上がってしまったところがあります。
塩野 私としては、ごく自然にローマに向かったのです。『ローマ人の物語』を書き始めるまでの20年間、ルネサンス時代を書いてきました。ルネサンスというのは、価値が崩壊した時期の人間が次の価値をどう生み出そうかという運動でした。・・(中略)・・そのルネサンス精神を基盤にして西欧文明が出来上がってから500年がたった。その最後の20世紀末にわれわれはいる。そして再び価値観の崩壊という危機にわれわれは直面しているわけですね。ある意味で、500年続いたルネサンス人の時代も終わりを迎えたとも言えます。
塩野 たとえば、ギボンは『ローマ帝国衰亡史』を18世紀の啓蒙主義時代に書いた。・・(中略)・・当時のイギリス人として学ぶべきことは、どうすればローマのように衰退しないですむか、という一事だけだった。そこでギボンは、ローマの衰亡史のみをとりあげたわけ。
---ローマ帝国の後半部ですね。
塩野 ええ。ギボンはイギリスはローマを超えたと思っているので、ローマ帝国の興隆期のことは書く必要などないと思ったのでしょう。・・(中略)・・1848年にはヨーロッパ各地で革命が勃発・・(中略)・・この混迷の時代にモムゼンというドイツ人の歴史家が、建国からカエサルの死までの、ローマの興隆期を書くのです。まだドイツが統一されていない時期でしたから、なぜローマが統一し興隆できたかを、知りたいという痛切な欲求があったんですね。これが、ギボンのものと並んで現代に至るまでのローマ史の名著の一つであるモムゼンの『ローマ史』が書かれた背景です。
モムゼンはローマ建国から、カエサルの死までを書き、ギボンは、五賢帝最後の人であるマルクス・アウレリウス帝の死から西ローマ帝国の滅亡を描いた。なぜか、アウグストゥスからマルクス・アウレリウス帝までの全盛期が抜けているのです。
塩野 日本は、キリスト教文明圏では、一種の辺境に位置しているので、かえって純粋化される傾向がありますね。キリスト教というのは、なにか上等な人々の宗教というイメージが強い。しかし、『ローマ人の物語』で繰り返し書いたように、一神教というのは、諸悪の根源であったと私は思っています。
塩野 日本人はすべてを自前でやろうとし過ぎる。ある種のことは別の人に任せた方がいい。異種、異分子ともっと接触しないと駄目なんですよ。どの時代でも同じですが、純粋培養の組織は必ずつぶれますよ。
<ブログ内参考記事>
『2010年中流階級消失』(田中勝博、講談社、1998) - 「2010年予測本」を2010年に検証する(その1)
書評『100年予測-世界最強のインテリジェンス企業が示す未来覇権地図-』(ジョージ・フリードマン、櫻井祐子訳、早川書房、2009)
(2012年7月3日発売の拙著です)
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