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2010年2月16日火曜日

書評 『100年予測-世界最強のインテリジェンス企業が示す未来覇権地図-』(ジョージ・フリードマン、櫻井祐子訳、早川書房、2009)-地政学で考える




「100年予測」に用いられた分析フレームワークは、少なくとも今後20~40年先を予測するにはきわめて有効な方法論だ

 「100年先なんか、どうせ生きていないから関係ない」などと思うなかれ。

 「100年予測」のために本書で使用された分析フレームワークは、少なくとも今後20年先を予測するにはきわめて有効な方法論だ。10年先の「長期予測」でも、5年先の「中期予測」でも、もちろん「短期予測」でもない、「超・長期の予測」である。

 序章で著者が指摘しているように、現在の常識と固定観念に邪魔されて、20年後どうなっているかすら本当のところ想像もできないというのが、ごくごくフツーのことなのだ。「未来に通用しなくなると確実にわかっているのは、現在の常識なのである」(P.22)。

 100年とはいわず、20年先から40年先を予測する方法は、通常の予測方法とは異なるのは当然だろう。著者のアプローチと使用する分析フレームワークは、古くて新しい「地政学」(geopolitics)である。「地政学が扱うのは、国家や人間に制約を課し、特定の方法で行動するように仕向ける、非人格的な大きな力なのだ」(P.25)。

 地理的・環境的制約条件という人間が変えることのできない絶対的制約条件からみたら、個々の政治指導者の行動など、長期的にみれば重視する必要はない、というのが地政学の立場に立った著者の基本姿勢である。経済学が個々のプレイヤーに注意を払わないのと同じだ、と。

 この立場から導き出されるのは、1492年のコロンブスの大航海に始まって1991年のソ連崩壊までの500年にわたって続いた、大西洋世界を中心とした西欧による「世界システム」が終わり大西洋と太平洋の制海権をともに支配する地理的条件にめぐまれ、世界最大かつ最強の海軍力をもつにいたった米国に「世界システム」が始まったという認識である。

 安価で大量輸送が可能な海上交通を保護するには、海軍力による制海権がモノをいうからである。1980年代に、太平洋貿易が大西洋貿易を上回ったことが、覇権交代を象徴的に物語っている。著者の認識を一言でいえば、「アメリカは衰退寸前であるどころか、上げ潮に乗り始めたばかり」(P.374)ということである。(・・この見解は民主党首脳に聞かせてやりたいね)。この見解は、原著が「リーマンショック」発生以後の出版であることに注目しておきたい。

 しかもまた、ユーラシア大陸とは異なり、南北戦争という内乱を例外として、建国以来200年以上にわたって本格的な侵略を受けたことがないという地政学的条件から考えると(・・「9-11」は攻撃だが、侵略ではない)、次の500年続くかどうかはわからないが、少なくとも今後100年は米国の覇権が続くと考えたほうがいいのかもしれない。私自身は最低50年は続くと思っていたが、考えを改めたほうがよさそうだ。地球儀を前に眺めると、その意味がよく理解できる。

 だから、日本語版の表紙カバーの地図(・・左上写真参照)は、著者の意図を反映したものだとはとはいえない。表紙カバーのデザイナーの「日本が中心となった世界地図」という固定観念がそうさせてしまったのだろう。米国では「米国が中心に描かれた地図」が当たり前であり、さらにいえば地球儀で考えたほうが、著者がいわんとすることをより明瞭に理解できるはずだ。アメリカは大西洋と太平洋をともに支配を及ぼせる唯一の存在なのだ。


 本書は予測の内容そのものよりも、著者が提示している「仮説」(・・あくまでも「仮説」だ!)を、著者が根拠としているさまざまな理由づけをもとに、読者自らが思考実験によって「検証」してみることだ。これは何よりもすぐれた知的トレーニングとなるし、また思考訓練の機会ともなる。 

 たとえば、2050年には日本・トルコ・ポーランドが米国と戦争することになる!と予測しているが、 これだけ取り出してみるとセンセーショナル以外の何者でもない。たしかに、2040年以降についてはSF的というか、荒唐無稽と思う人も多いだろう。私も正直いってよくわからないし、現時点では当然のことながら検証のしようもない。

 しかし、少なくとも2040年代までの日本については、過去の日本の行動パターンから類推する限り、著者の推論はけっして荒唐無稽とは思われない。これは人口減少を織り込んだ上の予測である。もちろん、中国が分裂し、ロシアが崩壊するという予測が前提にあるのだが(・・これも可能性としてありえない話ではない。とくにロシアの人口減少スピードが予想以上に早いことはすでに常識だ)。
 
 歴史というものは、いってみれば複雑系であるから、予測どおり直線的(リニア)に進むものではない。さまざまな制約条件のもとで、生き残りを賭けて下した意志決定と行動が、それぞれ互いに影響し合い、影響は複雑な経路をたどって次のアクションにつながっていく。歴史とは、「意図せざる結果」の集積なのだ。これは社会科学的なものの見方である。

 歴史そのものは繰り返すことはないが、同じようなパターンが繰り返されていることは否定できない。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とはこのことをさしているのだ。

 本書は、出版以来米国内では賛否両論の熱い議論を呼び覚ましているようだが、何よりも読み物として面白いし、「超・長期の予測」を行うための方法論である「地政学」に基づいた、著者の「仮説」を黙殺すべきではないのではないか? 

 この仮説をたたき台にして、少なくとも今後数十年の方向性を考える上で、自分なりの仮説つくりをしてむいるのも悪くない。

 知的刺激に充ち満ちた好著である。ぜひ一読をおすすめしたい。




*2014年6月に文庫化された。文庫化されるまでの期間が長かったように思うが、文庫化されたということは、読むに値する本であることの一つの証明であろう。(2014年6月27日 記す)








<初出情報>

■bk1書評投稿「「100年予測」に用いられた分析フレームワークは、少なくとも今後20~40年先を予測するにはきわめて有効な方法論だ」投稿掲載(2010年2月12日)

 *再録に当たって加筆修正と字句の修正を行った。


<書評付記>

著者ジョージ・フリードマンと「ストラット・フォー」などなど

 米国におけるネット上の意見については、amazon.com における George Friedman, The Next 100 Years: A Forecast for the 21st Century, 2009 の Customer Reviews を参照。賛否両論でかなりの数の投稿レビューがある。


なお、書評のなかで述べたように、日本版のカバーデザイン画は本書のメッセージを正確に反映したものとなっていない。原書のカバーと見比べていただきたい。無意識に支配する固定観念、これは日本人だけでなく、米国人も同様だろう。

 しかし、アメリカ海兵隊(USMC)のロゴのような、アメリカ大陸真ん中にもってきたこの地図を見ると、アメリカ大陸、とくに北米、そして米国がいかに地政学的優位性をもっているかがわかる。地球儀でみたほうが、より鮮明に意識できるだろう。

 しかもそのなかの一握りの権力中枢が、米国の命運を握っているのである。いい悪いは別にして、これは否定できない事実である。

 ハンガリーのブダペストで、ホロコースト生き残りのユダヤ人家庭に1949年に生まれた著者は、子供時代に両親とともに米国に移住している。

 「ストラトフォー」(Stratfor)は、Strategic Forecasting, Inc. の略。1996年テキサス州オーステチンにて、同社CIO(Chief Intelligence Officer)ジョージ・フルードマンによって設立された。「世界最強のインテリジェンス企業」と帯には書かれているが、そのとおりであろう。「影のCIA」(The Shadow CIA)ともいわれることもあるらしいが、インターネットで有料会員向けの情報提供を行うのみである。

 公式サイトは http://www.stratfor.com/ ただし英語のみ。有料会員制だが無料で読める記事もある。

 なお、本書『100年予測』の内容については著者本人がビデオで解説しているので、要点をつかむことができるだろう。ご参考まで(音声は英語のみ)。同じビデオ The Next 100 Years が YouTube にもある。人口減少、エネルギー問題、米国、金融危機、中国、ロシアについて語っている。

 米国は衰退過程にあり、一国による覇権の負担に耐え得ないので、実は「隠れ多極派」が米国以外の国々に覇権の一部負担をさせようとしていると主張する田中宇(たなか・さかい)とは、いっけん真逆の見解のように見えるが、さてどちらが正しいのだろう。

 フリードマンの主張は、米国は自分より強い国が出現さえしなければよいというもので、米国はイスラーム世界が分裂したままの状態であればそれで十分であり、それ以上のものを望んでいるわけではない、とする。

 かつて英国が植民地支配の基本方針としていた「分割して統治せよ」(divide and rule)にきわめて似ているといえないだろうか。自ら育成した政権も、言うことを聞かなくなってくると力づくで打ち倒す、というのはわれわれも何度も目撃している。イラクのサッダーム・フセイン政権もその一例であった。

 
 少なくとも「500年単位」の歴史という観点から見るかぎり、フリードマンのいっていることに耳を傾けたくなる。確かに、第一次グローバリゼーションであった、西欧による「世界システム」は20世紀にほぼ終わりを告げている。地中海から大西洋にかけての覇権をほしいままにした西欧世界も、第二次大戦によって大きく疲弊し、植民地を手放して縮小していった。

 第二次グローバリゼーションともいうべき米国主導の「世界システム」は、第二次大戦の勝利によって本格的に始まったといっていいだろう。この勝利によって全世界における英国の覇権は縮小、米国は日本海軍を完膚無きまで壊滅させたことによって太平洋の覇権も手に入れることとなる。大東亜戦争において、日本は西欧によるアジア支配の終焉を促進させる働きをし、米国による覇権確立の途を開いたことになる。敵として戦ったとはいえ、米国からみた日本の功績は大きい。

 現時点において、全世界に11隻の航空母艦(空母)を就航させているのは、世界中で米国ただ一国のみである。英語で aircraft carrier と表現する空母は、海上における航空機動力であり、これを全世界で展開する能力と経済力をもつのは米国だけだといっても過言ではない。かつて冷戦時代に覇権を争ったロシアも現在ではただ1隻のみであり、中国が航空母艦建設構想をぶち上げたが、果たして対抗勢力となりうるかはきわめて疑問である。果たして経済的負担に耐えられるのかどうか。

 こういう状況において、「通商国家」に存在意義のある日本がいかなる戦略をもって生き抜いていくか、答えは自ずから決まってくるというものだ。日本と米国では、チカラの差は歴然としている。
 なんといっても、地理的条件だけは、人間には全面的に変えようがないのである。個人なら移動すればいいが、民族単位での大規模移動が何を引き起こすか、ちょっと想像してみればそれがいかにナンセンスな発想であるかわかるはずだ。

 日本の民主党は、「米国と対等の関係になる」などと、たいへん勇ましいことを主張しているが、国際政治における軍事力の意味、とくに海軍力のもつ意味を理解しているのだろうか。たいへん疑問を感じざるを得ない。対米戦争の覚悟もなしに、米国と中国を天秤にかけ、いたずらに「友愛」をクチにして中国にすり寄るのはやめたほうがいいのではないか。

 食糧もエネルギーも、大半を海上輸送に依存している日本の生存条件と生命線がどこにあるのか、民主党の首脳は真剣に考えたことがあるのだろうか(・・といって、私は自民党を支持しているわけではない)。

 ただ、書評のなかにも書いたが、過去の日本の行動パターンを見ていると、追い詰められると突然急旋回して暴走するということが何度も観察される。人口減少状況で財政悪化の度合いの深刻化している日本は、いったいどこを向いて進んでいるのか。

 人口問題と、食糧・エネルギー問題、つまり広い意味での安全保障について、真剣に考える必要があるのだ。国民の生命・財産を守るのが政治の役目である。


『2020-10年後の世界新秩序を予測する-』(ロバート・J・シャピロ、伊藤真訳、光文社、2010)について

 東京の大型書店では、『100年予測』2020-10年後の世界新秩序を予測する-』(ロバート・J・シャピロ、伊藤真訳、光文社、2010)が平積みになっていた(2010年1月現在)。ついでにこの本についてもコメントをしておきたい。

 原著タイトルは、Robert Shapiro, Futurecast 2020: A Global Vision of Tomorrow, 2008
 エコノミストによる将来予測であるが、「リーマンショック」という金融危機発生以前の出版でもあり、予測がはすでに2010年時点でずれているもの(例えば、ケルトの虎アイルランドの苦境など)も少なからずあるが、韓国の実力の評価など日本人が考慮に入れておかねばならない項目もある。

 著者の論調は、①人口構造の変化―高齢化と労働人口比率の減少、②グローバリゼーションの進展、③米国が、比肩する国のない唯一の世界的軍事・経済大国となった。一国がこれほどの力を握ったのはローマ帝国以来であるという地政学的状況、の3つに集約することができるだろう。

 ただし、はっきりいってこの本は読む必要ない。小見出しと本文の内容が矛楯している箇所も少なからずあるし、とにかく長すぎるのである。同じことグダグダ何度も繰り返している箇所が多いので読んでいて面白くない。

 端折って翻訳したということだが、『100年予測』で分析のキーワードとなっていた「地政学」(geopolitics)にかんする一章が、日本語版ではまるまる省略されている、と訳者あとがきにある。Chapter 6 The New Geopolitics of the Sole Superpower: The Players という章だそうだが、これではこの本の価値を大きく下げる結果となっているのではないか。

 というわけで、この本は途中まで読んだが、最後まで読むのはをやめにして廃棄することとした。カネのムダだが、時間のムダのほうがもっと困る。フランクリンではないが、まさに「時はカネなり」(Time is Money)だ。大枚2,300円も払って購入したのに、まったくもって「高値つかみ」させられた。こういう本はよくレビューで確認してから購入するかどうか決めなければならないと痛感したのであった。古本屋に売っても100円がいいところだろう。
 
 なお、長期予測本では3つの原理-セックス・年齢・社会階層が未来を突き動かす-』(ローレンス・トーブ 、 神田昌典=監修、金子宣子訳、ダイヤモンド社、2007)も面白い。この本には米国のユダヤ人が米国を捨ててイスラエルに移住することになる、という予測?が書かれているが、そういうありえそうもないことを考えてみることも、アタマの体操にはなるといってよいだろうか。ちなみにこの本の著者ローレンス。トーブもまたユダヤ系である。
 


<関連サイト>

The American Public's Indifference to Foreign Affairs | Stratfor Geopolitical Weekly TUESDAY, FEBRUARY 18, 2014 (George Friedman)
・・アメリカは「衰退」しているのではない。第二次大戦時や冷戦時代とは異なり、アメリカを取り巻くコンテクストが変化したため、国民が外交にも内政にも「無関心」になったのだ、という趣旨。Stratfor主筆ジョージ・フリードマン論考。コンテクストは経営用語なら外部環境と言い換えていいだろう (2014年2月18日 追記)


ブログ内の参考記事

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む

 戦国時代末期の16世紀、日本は西欧主導の「第一次グローバリゼーション」の波に全面的にさらされた。その本質に気がついていた為政者は、信長も秀吉も、国内統一戦争においてグローバリゼーションをうまく活用、最終的に天下をとった徳川幕府は「世界システム」から日本を切り離すことで、盤石の国内支配体制を確立する。
 そして、西欧主導の「世界システム」の絶頂期であった19世紀に、再び開国して荒波のなかに乗り出していったのが、幕末・明治の日本であったのである。


書評 『続・100年予測』(ジョージ・フリードマン、櫻井祐子訳、ハヤカワ文庫、2014 単行本初版 2011)-2011年時点の「10年予測」を折り返し点の2016年に読む

(2016年6月10日 情報追加) 




(2012年7月3日発売の拙著です)







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