2011年1月25日火曜日

書評『巨象インドの憂鬱 ー 赤の回廊と宗教テロル』(武藤友治、出帆新社、2010)-複雑きわまりないインドを、インドが抱える内政・外交上の諸問題から考察



複雑きわまりないインドを、インドが抱える内政・外交上の諸問題から考察する好著

 今年80歳になるインド通の元外交官が書いた、インドが抱える最新の諸問題の解説をつうじて描く多様な顔をもつインド像

 「群盲象をなでる」という表現があるように、巨象インドの全体像を理解するのが容易なことではないのは、多宗教、多言語、多民族、さらにカーストがからまる、複雑きわまりない世界であるからだ。

 「目次」にあげられた項目をみるだけで、インドが抱える内政・外交上の諸問題が何であるかわかる。きわめて多岐にわたる問題群を項目ごとに切り出してみた、インド世界の断面図の数々である。

第1章 燎原の火-インド・イスラム原理主義
第2章 ヒンドゥー社会の終わりの始め
第3章 ブーメランのインド世俗主義
第4章 台頭するヒンドゥー原理主義 『サング・パリワール』
第5章 赤いタリバン-インド共産党毛沢東派(ナクサライト)
第6章 タミール・イーラム解放のトラ-インド系外国人(PIO)の難題
第7章 西部戦線異状あり-インド VS パキスタン
第8章 AK47の銃眼 カシミール
第9章 チャンドラ・ボースは生きている
第10章 ダブルスタンダードの印米原子力協力協定
第11章 南アジアの覇権主義者インド
第12章 経済至上主義の日印関係

 ここ数年マスコミでよく話題になる中流階級を中心とした、経済発展著しいインドという明るい側面だけでは見えてこない、インド社会の暗く、どす黒い現実が見えてくる。本書を全部とおして読んでみると、インドのかかえる多様性がもたらす複雑さのからみ具合が、著者が描く複眼的な視点をつうじて、おぼろげながらも見えてくる。

 何よりも根本問題は、カーストの最下層で苦しむ一般民衆の現実に焦点をあてることによって見えてくるのだが、これは経済学の観点からだけではとても解決不可能なものであることが本書を読むとよく理解できるのである。

 やや著者の個人的見解が強すぎるきらいがなくもないが、著者がいみじくもいうように、多様性に富み複雑きわまりないインド世界では、「自己主張することがインドで生きる最善の策」(P.206)なのである。

 また、国益重視の自己主張の姿勢を崩さないインドは、ある意味、中国と並んできわめてしたたかな存在であることは肝に銘じておくべきだろう。外交交渉におけるインドに粘り腰としたたかさ、これはビジネスに従事する者にとっても大いに傾聴すべきものがある。

 日本人一般の常識や通念とは異なる見解も多く披露されており、複雑きわまりないインド理解のための、またとない参考書になるであろう。
 明るい側面と暗い側面の双方をあわせみて、はじめてインドについて、おぼろげながらも理解の第一歩に近づいたといえるのである。


<初出情報>

■bk1書評「複雑きわまりないインドを、インドが抱える内政・外交上の諸問題から考察する好著」投稿掲載(2010年10月17日)
■amazon書評「複雑きわまりないインドを、インドが抱える内政・外交上の諸問題から考察する好著」投稿掲載(2010年10月17日)




著者プロフィール

武藤友治(むとう・ともじ)

現在、インド・ビジネス・センター・シニア・アドヴァイザー、日印協会理事。1930年生まれ。大阪外国語大学(インド語学科)を卒業後、外務省に入省、40年余の外交官生活を送り、在ボンベイ総領事を最後に退官。その後、マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員を経て現職。インド在勤中からインド政治のフォローアップに努め、退官後も精力的に現代インドの研究に取り組む。


総 目 次

第1章 燎原の火インド・イスラム原理主義
 点から面へインド・イスラム原理主義の増殖
 1億3,000万人のインド・イスラム教徒
 貧困と差別に喘ぐイスラムコミュニティー-サチャル委員会レポート
 テロに賛同するイスラム教徒知識層
 ムンバイ殲滅テロの総括
 ムンバイ殲滅テロの教訓
 死刑判決のイスラム教徒への心理的影響
第2章 ヒンドゥー社会の終わりの始め
 迷宮のカースト曼陀羅
 「ダリット」は消えない留保政策
 宗派の結界を超えて-『デラ・サチャ・サウダ』
 所属カーストを放擲する|グッジャール・カースト
 ヒンドゥー社会の終りの始め
第3章 ブーメランのインド世俗主義
 シーク教徒の警護官に狙撃される
 シーク教徒 3,000人虐殺
 世俗主義とは何か
 インド国家の一体性を保証する世俗主義
 宗教、宗派を寛容するインドの世俗主義
第4章 台頭するヒンドゥー原理主義『サング・パリワール』
 ヒンドゥー原理主義の政治結社
 台頭するヒンドゥー原理主義勢力
 BJP(インド人民党)の支柱RSS
 「インドは輝いていない」|BJP政権の敗北
 鳴りを潜めるヒンドゥー原理主義勢力
 マハトマ・ガンディー暗殺者ゴッゼの心境
 今は昔ティース・ジャンワーリー・マルグ
第5章 赤いタリバン-インド共産党毛沢東派(ナクサライト)
 中ソ対立を巡るインド共産党の分裂
 インドの延安・コルカタ(カルカッタ)
 西ベンガル・ナクサルバリの農民蜂起
 アンドラ・ブラデシュ州での部族民蜂起
 インド共産党毛沢東派の誕生
 拡大する赤の回廊
 解決されないインドの貧困
 『グリーン・ハント作戦』の惨敗
第6章 タミール・イーラム解放のトラ-インド系外国人(PIO)の難題
 在外インド人の三パターン
 スリランカのインド系タミール人|武力蜂起の背景
 LTTE に同情的な南インドの地域主義
 ハルキラート・シン将軍の嘆き
 スリランカ平和維持軍の失態
 国際社会の介入を嫌うインド
 地域主義のトゲ|LTTE問題
第7章 西部戦線異状ありインドVSパキスタン
 マハトマ・ガンディーを裏切る印パ分離・独立案
 分離・独立に賛同した国民会議派
 バングラデシュの独立-第三次印パ戦争の結末
 2004年の和解
 印パ憎悪の連鎖
 コラム・対立を煽る印パ間の格差増大
第8章 AK-47の銃眼カシミール
 核実験で浮上したカシミールの国際紛争化
 印パの分離、独立とカシミール藩王国の去就
 第一次印パ戦争の勃発と国連の調停
 第二次印パ戦争の勃発とソ連の調停
 第三次印パ戦争の勃発とインドの優位確立
 カシミールを手放せないインドの事情
 カシミール問題をめぐる印パ両国の本音
 カシミール問題解決のための提言
第9章 チャンドラ・ボースは生きている
 チャンドラ・ボースと大東亜共栄圏
 チャンドラ・ボース事故死の真相
 兄スレッシュ・ボース委員との再会
 インド政府の不可解な態度
第10章 ダブルスタンダードの印米原子力協力協定
 印米原子力協力のための三条件
 協定成立までの印米両国の動き
 印米原子力協力に「日本は反対しない」
 国益至上主義のインド
 コラム 元の取れる外交をすることの必要性
第11章 南アジアの覇権主義者インド
 インドの覇権主義-その歴史的要因
 覇権主義-インドの対内的、対外的姿勢に及ぼす影響
 南アジアの政治的変革とインドの覇権擁立
 インドの国防政策にみる覇権主義
 米国の対パ軍事援助とインドの反発
 先進国入りを願うインドの焦り
第12章 経済至上主義の日印関係
 日本の対印イメージ、インドの対日イメージ
 インド産鉄鉱石と日本の経済復興
 西を向きがちなインド
 第二次大戦とインドの独立
 シーソー・ゲームに似た日印関係
 経済優先の日印関係
 インド産鉄鉱石に見る経済関係の変遷
 インドの財政危機と日本の協力
 幅広い共通の基盤-日印関係に今こそ求められるもの
あとがき-『終着駅のない列車』に身を任せ走る思い



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