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2009年5月31日日曜日

アッシジのフランチェスコ (4) マザーテレサとインド




NHKスペシャルで「インドの衝撃」という番組をやっている。過去の放送内容が文藝春秋社からは単行本としての2冊刊行されている。現在のシリーズもまた充実した内容であり、見るだけでもたいへん勉強になる。映像のもつ力といえよう。

 本日31日の放送内容は、今年5月行われた総選挙についてである。結果としては与党である国民会議派の続投となったので、ビジネスマンの私としては安心しているが、選挙権をもつものが7億人もいるという「世界最大の民主主義国家」インド最大のウッタル・プラデーシュ州を舞台に、4つのカーストの下に位置する「ダリット」(dalit:undercaste)を政治的基盤にした大衆社会党と国民会議派との一騎打ちの様子を密着取材した、たいへん興味深い内容であった。

 「ダリット」からは、インドの新仏教運動を興したアンベードカル博士が生まれている。

 放送では博士についてふれているが、新仏教について言及しないのは片手落ちであるといわざるをえない。しかも博士の後継者が日本人の僧侶であることは、日本人なら知っておくべきだ。『男一代菩薩道-インド仏教の頂点に立つ日本人、佐々木秀嶺-』(小林三旅、今村守之=構成、アスペクト、2008)という本は近年にない熱い内容だ。


 個人的には、インドは1995年にブッダロードとチベット族居住地帯であるラダックを旅したあと、12年ぶりとなる2007年にはビジネス・ミッションに加わって、デリー(再訪)と近郊のグルガオン、南部の高原にあるIT産業の中心都市バンガロールを訪問したが、いまだボンベイ(現ムンバイ)もカルカッタ(現コルコタ)も訪問できていない。

 とくにカルカッタは、明治以来の日本とも密接な関係にあるベンガル地方の中心都市である。タゴールと岡倉天心に始り、中村屋カリーのボース、インド独立戦争のチャンドラ・ボース、経済学者アマルティヤ・センにつながる流れ。ベンガル地方訪問は私にとっては今後の懸案課題として残っている。さて、いつ実現することか?


 さて、カルカッタといえばスラム、スラムといえばマザー・テレサである。マザー・テレサこそ、20世紀後半のインドで「フランチェスコ精神」を貫いた人であったといえる。

 アンベードカル博士の新仏教でも、ヒンドゥー教でも、ビジネス関連でもなく、マザー・テレサを通じてインドをみることも重要だろう。


 数年前に日本で公開された、オリヴィア・ハッセイ主演の映画 『マザー・テレサ』をみれば、マザー・テレサが不退転の意思で人生に臨み、明るく快活で、精神的に実にタフな人であったことがわかる。アッシジのフランチェスコそのものの、無私の精神に貫かれた、本当の意味のリーダーであったことも理解することができる。

 ただフランチェスコと大きく異なるのは、観想生活にひきこもることはせず、死ぬまで第一線で奉仕の人生を貫いたことにある。



 だいぶ前になるが、マザー・テレサのドキュメンタリーのビデオ『Mother Teresa : A Film by Ann and Jeanette Petrie with a Narration by Richard Attenborough』(1986年)を見てたいへん感銘を受けたので、その翌日雑談の際に会社でその話をしたら、どうやら場違いな話をしてしまったようで、その場ではやや敬遠されてしまった、という苦い経験がある。話題によっては話す相手を選ばないといけない、と深く胸に刻み込んだ。

  
 経済成長により都市と農村の格差が拡大し、人口の6割が貧困層になっているというインド。農村に居住するバラモンですら窮乏化しているという現実がある。

 本日の放送では触れられていなかったが、『ITとカースト-インド・成長の秘密と苦悩-』(伊藤洋一、日本経済新聞出版社、2007)によれば、能力主義を貫くIT産業発展のおかげで、少なくともIT産業内部ではカーストの壁も崩れつつあるらしい。

 とはいえ、中間層のあいだではビジネス社会における過度のストレスにさらされ、精神的な貧困も進んでいるということも聞く。『インドの時代-豊かさと苦悩の幕開け-』(中島岳志、新潮社、2006)を読むと、インドは日本化しているのか?という感想ももたざるを得ないほどだ。


 ビジネスを通じた貧困解消には限界があることは、中国をみれば明らかだ。貧富の差が極端に拡大しつつある中国は、いまや社会矛盾のかたまりと化している。

 たとえ、経済発展してもその成果が貧困層に再配分されるメカニズムが十分に機能しないと、とてもサステイナブルな経済発展とはならないであろう。

 世界銀行副総裁を務めた西水美恵子さんの著書、『国をつくるという仕事』(英治出版、2009)では、何よりもリーダーシップの重要性が強調されている。「・・貧困解消への道は、「何をなすべきか」ではなく、「すべきことをどう捉えるか」に始まると。その違いが人と組織を動かし、地域社会を変え、国家や地球さえをも変える力を持つのだと」(P.8)。


 経済的な貧しさならある程度まで解決可能かも知れない。

 しかし、マザー・テレサがいうように、先進国では(インドも一部ではそうなりつつある)、「精神の貧困」が大きな問題として拡大している。経済的な貧困、精神的な貧困、この二つの解決のためにはマザー・テレサのようなプローチも欠かせないのである。

 もちろん、マザー・テレサのように生きることは、大半の人にとっては、もちろん私も含めて、不可能である。だがそういう生き方もあるのだということを、せめて心の中だけにでも留めておきたいのである。

(つづく)

                        

PS 読みやすくするために改行を増やし、写真を一枚あらたに挿入した。 (2014年8月21日 記す)

PS2 マザー・テレサが列聖される(2016年9月4日)

本日(2016年9月4日)、マザー・テレサがバチカンで公式に列聖された。カトリック世界では最高の「聖者」となったのである。1997年9月5日の死去から、わずか19年というのはスピード展開である。二度の奇跡が当局に公式に認められたためだ。 (2016年9月4日 記す)

マザー・テレザ聖人に: 教皇フランシスコがマザー-テレサ列聖に必要な奇跡を承認(バチカン放送局、2016年4月16日)


<ブログ内関連記事>

アッシジのフランチェスコ 総目次 (1)~(5)

書評 『マザー・テレサCEO-驚くべきリーダーシップの原則-』(ルーマ・ボース & ルー・ファウスト、近藤邦雄訳、集英社、2012)-ミッション・ビジョン・バリューが重要だ!
・・「天使に会うためなら悪魔とも取引しろ(To get to the Angels, deal with the Devil)」というマザーテレサのプリンシプル。さすがカトリックならでは

書評 『男一代菩薩道-インド仏教の頂点に立つ日本人、佐々井秀嶺-』(小林三旅、アスペクト、2008)-こんなすごい日本人がこの地球上にいるのだ!

書評 『国をつくるという仕事』(西水美恵子、英治出版、2009)-真のリーダーシップとは何かを教えてくれる本

(2014年8月21日 情報)   




(2012年7月3日発売の拙著です)






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