2012年2月4日土曜日

「今和次郎 採集講義展」(パナソニック電工 汐留ミュージアム)にいってきた ー「路上観察」の原型としての「考現学」誕生プロセスを知る



「今和次郎 採集講義展」にいってきた。青森県立美術館でも開催された巡回展が、東京のパナソニック汐留ミュ-ジアム(旧 松下電工ミュージアム)で行われていることを知り、仕事のあいまをぬって立ち寄ってみた。

今 和次郎(こん・わじろう: 1888~1973)は、青森県弘前市出身の画家、デザイナー、建築家で、長年にわたって早稲田大学の教授をつとめた人。家政学関連で精力的な執筆活動もおこなった学者であり、関東大震災後に 「考現学」を創始した人でもある。

「今和次郎 採集講義展」の主催者による概要は以下のとおり。「考現学」については、のちほど取り上げて解説したいと思う。

「3-11」の歴史が大転換したいま、関東大震災を自分のなかで受け止めてつよい問題意識をもった今和次郎について考えるいい機会になると思われる。

開催要項


開館期間: 2012年1月14日(土)~3月25日(日)
(※ 一部の作品について展示替え。前期展示は1月14日から2月26日、後期展示は2月28日~3月25日)
開館時間:  午前10時より午後6時まで(ご入館は午後5時半まで)
休館日::  月曜日
入館料: 一般:500円(65歳以上400円)、大学・高校生:300円、中・小学生:200円
主催: パナソニック 汐留ミュージアム、読売新聞社、美術館連絡協議会
特別協力: 工学院大学図書館
協賛: ライオン、清水建設、大日本印刷、損保ジャパン
後援: 社団法人日本建築学会、社団法人日本建築家協会、社団法人全日本建築士会、日本生活学会、港区教育委員会
協力: 青森県立美術館


●展覧会概要     

青森県弘前市に生まれた今和次郎(1888-1973)は、昭和初期の急速に大都市化していく東京の街の様子や人々の生活の変化を採集(観察し、記録する)・分析した「考現学」の創始者として知られています。また、民俗学者の柳田國男らがつくった民家研究の会「白茅会」の活動に参加したことをきっかけにはじめた民家研究の分野でも重要な足跡を残しました。

一方、関東大震災直後の街頭に出て、急ごしらえのバラック建築をペンキで装飾した「バラック装飾社」の活動や積雪地方の暮らしを快適にするための試験家屋の試み、村の共同作業場の設計などに携わった建築家・デザイナーでもありました。さらに戦後になると、日常生活を考察する「生活学」や「服装研究」といった新しい学問領域も開拓していきます。こうした幅広い領域にわたる活動の根底には、都市と地方を行き交いながらさまざまな暮らしの営みを"ひろい心でよくみる"ことをとおして、これからの暮らしのかたちを、今を生きる人々とともに創造しようと模索し続けた今和次郎の生き方がありました。

本展は工学院大学図書館の今和次郎コレクションに所蔵される膨大かつ多彩な資料の中から、スケッチ、写真、建築・デザイン図面等を展示する他、本展のために制作された模型や再現映像を通して今和次郎のユニークな活動を紹介する初の本格的な回顧展です。





かつて1980年代後半に、作家でイラストレーターの赤瀬川原平氏や建築史家の藤森照信氏などが中心になって、「路上観察学会」というグループが活躍していた頃、今和次郎がその先駆者として復活したのだが、わたしが今和次郎の名前を知ったのはその頃である。

その頃、再刊されたのが『考現学入門』(今和次郎、藤森照信=編、ちくま文庫、1987)である。その後、『日本の民家』(今和次郎、岩波文庫、1989)も再刊されたが、この両者とも、その当時に購入した文庫本を現在でももっている。

今回の展示会では、民俗学研究の一環として民家の調査からはじめた今和次郎が、その後、関東大震災後の東京の「現在」を「観察」することから、「考現学」という学問へと移行していったことがよくわかる内容になっていた。しかも、たんなる「観察」者ではなく、デザインの観点から、現状をただしく認識することから、生活改良へに建築家、デザイナーとして貢献するという姿勢。これは、民俗学者としては柳田国男や宮本常一にもつうじる「経世済民」姿勢が根底にあることを想起させる。

考「古」学に対して考「現」学考古学(archaeology)に対して考現学(modernology)、へえ、なかなか面白いなあ、と思った記憶がある。しかも、考現学というのは今和次郎による造語なのであり、それも大正時代後期の関東大震災後のことだ。きわめてクリエイティブな話ではないか。

1985年に大学を卒業して、よく考えたわけでもなく、偶然の結果から金融系コンサルティング会社にさまよいこんだわたしは、いちばん最初に指導してもらった上司から、いろんなことを学ばせてもらったが、そのなかの一つが「観察」の重要性であった。

もともと生物学志向で自然観察が大好きだったわたしにとって「観察」そのものはきわめて慣れしたんでいたものであったが、産業社会や消費社会の観察というのは、じつは腰を据えて本格的に行ったことは社会人になるまでなかった。人類学のフィールドワークには大学時代から関心はあったが、実地に行ったことはなかったので、会社生活を「参与観察法」で観察するいい機会となったわけだ。

工場視察の話は脇においておくが、流通業界からコンサルティング業界に転進してきたその上司からは、地方出張したらかならず百貨店を観察すべしというアドバイスをもらった。その際は、まず最上階までエレベーターで登ってから、エスカレーターをつかいながらワンフロアごと観察してまわる。どういう配置になっていて、どういうものが売れ筋になっているか、細かくかつ全体をつかむ観察法。そして、何よりも重要なのが、人の流れをみること。

こんな教えをうけていたので、以後、世界中どこにいっても、百貨店に限らず市場などを訪れ、モノ(=商品)と人の流れを「観察」するクセがついてしまったのだが、当時の上司からアドバイスをもらった1980年代後半に、ちょうど時を同じくして『路上観察学会』が大々的に活動していたというわけなのだ。

今和次郎が実行していたのは悉皆調査悉皆(しっかい)というのは、「残らず全部」という意味であり、「観察」対象を、細大漏らさず、コンテクスト(文脈)ごとすべて記録するという人類学の手法の応用である。どうでもいいようなディテールまで「観察」し、「記録」するという姿勢が、大上段ふりかぶってろんじる議論ではなく、具体的なモノをつうじて時代を語らせる技法として、わたしがうけた影響はきわめて大きい。

科学者の冷静な目をとおした「観察」、考現学者の冷静な目をとおした「観察」、両者には共通するものがあると感じる。写真ではなくスケッチを多用した点も、自然科学出身の梅棹忠夫とも共通するものがあるような気もする。梅棹忠夫は、写真よりもスケッチのほうが対象とをより正確に捉える点において優っていると語っているが、今和次郎の場合もおそらく同じような考えがあったのだろう。

しかも、今和次郎は、ただたんに目の前にある現象を見つめるだけではなく現象の背後にある歴史も見つめていたようだ。おそらくその点が、90年後の現在においても古さをまったく感じさせない点ではかなろうか。

とくに、今回この展示会をみてつよく印象を受けたのが、新婚家庭の室内を調査し記録である。調査対象者の協力を得て、新居のなかにあるものを、間取りから装飾品や持ち物まですべてを細大漏らさず記録した手書きのペーパーである。1980年代に大活躍していた、舞台演出家でグラフィックデザイナーの妹尾河童(せのお・かっぱ)氏の室内イラストレーションのような印象を受けるものでもある。

この調査手法は、家電メーカーなどが行っている調査手法の先駆的存在となっていることに気がつかされるのだ。TVの企画で「お宅にお邪魔します」というものが、かなり以前から定番となっているが、すでに成熟した先進国で、モノに対する欲望の減退している日本とは違って、新興国の中国やインドで行われている調査では大いに効果を発揮しているようだ。

これぞまさに考現学。現在そのものを「観察」し、「記録」することで、ディテールと同時に全体像もつかむ観察法なのだ。

そんな現代的でもある「考現学」という学問を立ち上げた今和次郎の回顧展である。企業ミュージアムの企画展であるが、企業色は全面に出ていないのが好感される。

今和次郎という名前を聞いたことがない人もぜひ、訪れてみてほしいと思う。会場のパナソニック汐留ミュージアムは、新橋駅からも近いので、仕事の移動中にちょっと立ち寄ってみるのもいいと思う。

なお、展覧会のカタログは会場外でも出版ルートに乗っているので、展覧会にいく時間のとれない人も、カタログは入手する価値があるといっておこう。







<ブログ内関連記事>

「信仰と商売の両立」の実践-”建築家” ヴォーリズ
・・松下電工ミュージアム(現在のパナソニック汐留ミュージアム)で開催された展覧会を機に書いた記事

「幕末の探検家 松浦武四郎と一畳敷 展」(INAXギャラリー)に立ち寄ってきた・・これまたインテリア関連の企業が運営するギャラリー

書評 『梅棹忠夫 語る』(小山修三 聞き手、日経プレミアシリーズ、2010)
・・「観察」とスケッチについて、今和次郎の考えと比較してみるのも面白い

書評 『ひらめきをのがさない! 梅棹忠夫、世界の歩き方』(小長谷有紀・佐藤吉文=編集、勉誠出版、2011)


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