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2010年9月30日木曜日

書評 『梅棹忠夫 語る』(小山修三 聞き手、日経プレミアシリーズ、2010)




こんなおもろい本はないで! 関西弁で語りつくしたホンネの放談集は、本質論をズバリ語った「梅棹忠夫による梅棹忠夫入門」になっている

 今年(2010年)7月、残念なことに、知的世界の巨星がまた一つ墜ちた。老衰のために90歳で亡くなった梅棹忠夫である。

 この本は、戦後日本の「思想」をリードした知的巨人の、死の直前まで語り通した回顧録である。
 関西弁で語りつくしたホンネの放談は、しかしながら本質論をズバリ語って尽きることがない。時代の証言者として、昔の話をする際のライブ感が実にすばらしい。目の前でその光景が見えるようだ。

 学者としての業績として残された梅棹忠夫の著作集は実に23巻にも及ぶものだが、その人生はまた、挫折とその克服によって全うされたものであることも語られる。
 山歩きにのめり込んで授業に出なかったために放校された三高時代から始まって、日本隊が初登頂を実現したマナスル登頂計画の前にして肺結核で二年間療養、学者としては致命的な両目の失明、と挫折につぐ挫折も経験している。 
 しかし、「困難は克服するためにある」という精神力がそれらを乗り越えさせてきた。このように、人生論としても実に骨太で、まさに知恵のかたまりの一冊にもなっている。

 梅棹忠夫というと『知的生産の技術』という連想しか思い浮かばない人も、『文明の生態史観』『情報の文明学』など主要著作を読んできた人も、梅棹忠夫については何も知らない人も、この本はぜひ読むべきだと強く薦めたい。番外編であるこの本は、すぐれた「梅棹忠夫による梅棹忠夫入門」になっている。

 こういう本が、日本経済新聞社から出たということの意味は実に大きい。もちろん、対象とされたビジネスパーソンだけでなく、広く一般に読まれて欲しい本である。ホンネをいうと、ぜひ本という形ではなく、ライブで見たかった対談だ。

 「こんなおもろい本はないで!」といっておこう。
 読めば絶対に元気になることを保証します。


<初出情報>

■bk1書評「こんなおもろい本はないで! 関西弁で語りつくしたホンネの放談集は、本質論をズバリ語った「梅棹忠夫による梅棹忠夫入門」になっている」投稿掲載(2010年9月19日)
■amazon書評「関西弁で語りつくしたホンネの放談集は、本質論をズバリ語ってめちゃオモロイで!」投稿掲載(2010年9月19日)

*再録にあたって、字句の一部を修正した。



目 次

第1章 君、それ自分で確かめたか?
第2章 文章は誰が読んでもわかるように書く―記録と記憶の技術(1)
第3章 メモ/スケッチと写真を使い分ける―記録と記憶の技術(2)
第4章 情報は分類せずに配列せよ―記録と記憶の技術(3)
第5章 空想こそ学問の原点
第6章 学問とは最高の道楽である
第7章 知識人のマナー
第8章 できない人間ほど権威をかざす
第9章 生きることは挫折の連続である
エピローグ つねに未知なるものにあこがれてきた


著者プロフィール

梅棹忠夫(うめさお・ただお)

1920年京都市生まれ。京都大学理学部卒。理学博士。京都大学人文科学研究所教授を経て、1974年に創設された国立民族学博物館の初代館長に就任。1993年に退官し、同館顧問、名誉教授。文化勲章受章。民族学・比較文明学。2010年7月死去。

聞き手:小山修三(こやま・しゅうぞう)

1939年生まれ。国際基督教大学教養学部卒。Ph.D.(カリフォルニア大学デイヴィス校)。1976年、国立民族学博物館助教授。同教授を経て、2002年より名誉教授。2004年より吹田市立博物館館長。文化人類学。縄文研究の第一人者(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに引用者=私が加筆)



<書評への付記>

 梅棹忠夫の自伝は、日本経済新聞社の「私の履歴書」に掲載された原稿をもとにした、『行為と妄想 わたしの履歴書』(日本経済新聞社、1997)がある。連載中は楽しみにしていたものだが、新聞掲載中に見ることのできた写真が単行本化の際には省略されてしまったのが残念。現在は、文庫化されている。『行為と妄想 わたしの履歴書』(中公文庫、2002)
 梅棹忠夫の発想の原点がどこにあるのか、なぜ京都からはこのように次から次へと独創的な学者がでてくるのかについてのヒントを得ることができるだろう。

 また、オモテの自伝に対して、ウラの自伝があって面白い。

 『裏がえしの自伝』(講談社、1992)というタイトルの本である。目次は、「わたしは大工」、「わたしは極地探検家」、「わたしは芸術家」、「わたしは映画製作者」、「わたしはスポーツマン」、「わたしはプレイボーイ」となっているが、いずれも「わたしは・・・になれなかった」という意味を含みとしてもっているもの。
 人生には無数の分かれ道があって、可能性自体はいくらでもあるのだが、選択の結果その多くを断念し、捨てなければならない。果たせなかった多くの夢について語る著者の姿勢からは、後悔というよりも、これが人生というものなのだ、という骨太の姿勢がうかがわれる。
 この本は読むと実に面白いのだが、残念ながら絶版なので図書館で探して読むか、著作集でよむしかないだろう。文庫化したらいいと思うのに。

(追記)『裏がえしの自伝』は、2011年4月に中公文庫から復刊された。実によろこばしいことである。一読をぜひすすめたい。(2011年5月1日)



 『梅棹忠夫 語る』では、『裏がえしの自伝』に書かれているような話も含めて、オモテもウラもあわせてこそ人生という姿勢で一貫している。だからこそ読んで面白いし、実に痛快(!)な内容の一冊となっているわけだ。

 聞き手の小山修三は、「はじめに」のなかで、本書を勝海舟の『氷川清話』になぞらえているが、まさにその内容と語り口はよく似ている。勝海舟のベランメエ調の語りに対し、梅棹忠夫の語りは関西弁ではあるが。
 違いはそれにとどまらず、勝海舟が生粋の江戸っ子で貧乏旗本の息子であったのに対し、梅棹忠夫は生粋の京都人で町人の出身であるということもある。しかし、功成り遂げた人間が、オモテもウラもあわせて語り尽くすという姿勢は共通している。

 西陣に生まれ育った梅棹忠夫の実家は、祖父の代までは大工の棟梁であったという。そういう気質が、梅棹忠夫の合理主義でプラクティカルな発想とシンプルなスタイル(文体)を生んだ背景にあるのかもしれない。


<ブログ内関連記事>

書評 『知の現場』(久恒啓一=監修、知的生産の技術研究会編、東洋経済新報社、2009)

書評 『達人に学ぶ「知的生産の技術」』(知的生産の技術研究会編著、NTT出版、2010)

書評 『知的生産な生き方-京大・鎌田流 ロールモデルを求めて-』(鎌田浩毅、東洋経済新報社、2009)