クリケットを知らずして、英国も英連邦も理解できない!
英連邦に属するインドもパキスタンもクリケット大国です。クリケットは、英国の植民統治の最大の贈り物だといえるでしょう。
英国は「分割統治」という形で、旧植民地には負の遺産も残していますが、クリケットは「正の遺産」として評価すべきだと思います。
むかしパキスタン人と山手線の電車のなかでしゃべっていたときのこと、その彼はクリケットをやっているという話題になりましたが、話題についていけなかったことを覚えています。
当時は、不法滞在のパキスタン労働者が多かった頃ですが、電車のなかで会話した彼はアッパーミドルクラスの人だったようです。パキスタンの階級については、あまり意識していませんでした。
英国と同様、パキスタンでもクリケットをプレイするのはパブリックスクールの学生など、中上流階級以上が中心のようです。
■クリケットとフットボール(=サッカー)は全世界に普及した英国生まれの「近代スポーツ」
クリケットを含めた「近代スポーツ」は、19世紀英国で生まれました。サッカー(=フットボール)、ラグビー、テニス、ゴルフなど、みな英国でリファインされ、全世界に普及していった文化です。
「近代スポーツ」の反対語は 「伝統スポーツ」。伝統スポーツとは、日本でいえば相撲や蹴鞠(けまり)、流鏑馬(やぶさめ)などを指しています。
「近代スポーツ」は、一言で要約してしまえば「ルールに基づくゲーム」。その意味においては、資本主義と同じ発想の文化だといえるでしょう。株式会社制度も英国からはじまって全世界に普及していった文化です。
身体という「アナログ」×勝敗が数字の「デジタル」。記号や数字をマネージするという意味において、近代スポーツも資本主義も、きわめて近代の特性が顕著にあらわれたものとなっているのです。
近代スポーツも資本主義も、おなじアングロサクソンのアメリカでさらなる発展をしていくことになります。19世紀末のアメリカでは、バスケットボールやバレーボールがYMCA(Young Men's Christian Association)で考案され、キリスト教の宣教師とともに、中国をはじめとするアジアに普及していきました。中国の工場には、かならずバスケットコートがあるのはそのためです。
バレーボールやバスケットボールは現在では欧州でも人気のスポーツですが、野球(=ベースボール)は、太平洋をはさんだ日本と韓国・台湾、そしてキューバやドミニカなどカリブ海に限定されています。
野球が普及している地域ではクリケットは普及しておらず、逆もまた真なりという状況です。日本でも一時期クリケットが英国人によって導入されたようですが、日本人は野球を選択して、デファクトの国技としてしまいました。
英国を代表する2つの団体競技は、サッカー(・・英国ではフットボールだが、混乱を避けるため以後サッカーと表記)、と クリケットだといっていいでしょう。ともに11人制の団体競技(チーム・スポーツ)であり、世界に普及しているからです。
サッカーもクリケットも、まずは港町の在住英国人のあいだで Cricket & Football Club あるいは Football & Cricket Club としてはじまりました。世界の3/4に支配が及んでいたという大英帝国において普及していったのは、当然といえば当然でしょう。
しかし、サッカーとクリケットでは、普及に温度差があったのは否定できません。
サッカーはボールさえあれば誰でもできるのに、クリケットは野球と同様に、さまざまな道具が必要となってくるからです。
英国でも、サッカーが労働階級を中心に大衆の圧倒的な支持のもとに普及していったのに対し、クリケットはラグビーなどと同様、パブリックスクールにおいて定着していったという違いもあります。
これは旧植民地においても同様でした。インドにおいても、統治者であった英国は、上からインド人にクリケットを普及させたのです。
■英連邦とクリケット
15年くらいまえ、オーストラリア出張の際に、クリケットの解説本を購入しましたた(・・下の写真)。クリケットの関心がひくい日本では、日本語で書かれたクリケット関連の本は、翻訳を含めてありません。
ここで、クリケットと英連邦の関係について簡単に記しておきましょう。
まずは、クリケット発祥の地である英国については強豪です。スポーツ大国のオーストラリアは、英国を上回る強豪国となっています。
そしてインド。インドでは、クリケットは圧倒的な大衆人気の国技です。国民の人気は、ボリウッド映画とクリケットであるといっても言い過ぎではありません。独立前はおなじく英領インドであったパキスタンにおいても、ホッケーとともに国技となっており、きわめて人気の高いスポーツです。
このほか、南アフリカ、ニュージーランド、スリランカなど、英連邦においてはきわめて人気の高いスポーツなのです。
カラー印刷の大衆紙は、日本のスポーツ新聞のようなものですが、かならずクリケットのニュースもでています。インドに限らず、クリケットのスタープレイヤーは、映画俳優なみにセレブなわけなのです。
■クリケットという競技
クリケットはサッカーと同じく11人制の団体競技(チームスポーツ)ですが、構造としては野球に近いといっていいでしょう。
野球と同じく、投手が投げたボールを、バットをもった打者が打って走るという競技です。攻撃と守備は完全にわかれています。
ただし、クリケットのバットは、大きな羽子板のような形で、打者もプロテクターをつけて打席に立ちます。また投手は投球の際に、助走をつけてから投げることができますが、肘を曲げてはいけないなどのルールがあります。
くわしくは、日本クリケット協会(Japan Cricket Assocaiation)の公式サイトをご覧になってください。
日本でクリケットが普及しなかったのは、野球のほうがはるかにスピード感があって、せっかちな日本人にはよく合っていたということでしょう。
日本の開国はアメリカによって行われましたが、その後の幕末の動乱から明治時代にかけては圧倒的に英国の影響が大きかったのにかかわらず、クリケットは普及せず、サッカーの普及も遅れたという事実。
現在の日本が、野球(=ベースボール)というスポーツをつうじてアメリカと密接な関係にあることを考えると、なかなか興味深いものがあります。
■ボリウッドのクリケット映画 Dil Bole Hadippa ! (2009年、インド)
さて、おまちかね、ボリウッドのクリケット映画 Dil Bole Hadippa ! (2009年、インド)を紹介します。国境をはさんでインドとパキスタンがむきあったパンジャーブ地方を舞台にしたクリケット映画。
もちろんボリウッド映画なので、映画の筋とはあまり関係なく歌と踊りが入ります。この映画の場合は、女主人公が演芸場の娘という設定ですから、違和感はありませんが・・・。映画の舞台はパンジャーブ地方ですから、日本でも一時期流行ったバングラ・ビートなので、その点は日本人でも乗りやすいと思います。
映画のタイトルに入っている Hadippa(ハディッパ)というのは、パンジャーブ語のかけ声のようですね。威勢のいいかけ声です。
ところでこのパンジャーブ地方ですが、国境の町はインド側はアムリットサル、パキスタン側はラホール。国境線で国は分かれているのはヒンドゥー教とイスラームの違いであるが、同じパンジャーブ語をしゃべるだけでなく、独立前は英領インドであったという共通点をもっています。
インド北部は稲作地帯なので、映画にでてくる水田にゆれる稲穂の波は、日本人にも親しみやすい風景と風土です。
また、パンジャーブ地方には、その地で生まれた宗教であるシク教徒も多い。シク教は、ヒンドゥー教とイスラームが融合した宗教。アタマにターバンを巻いたインド人は、じつはシク教徒です。名字はみなライオンを意味する Singh(シン)である。
映画は、国境をはさんだ二都市が長年にわたって続けてきたクリケット対抗戦をめぐるコメディですが、これに、女性が男装してクリケットチームに入り込みプレイするという内容。男女差別がまだ色濃く残るインドが背景にはあります。
日本でいえば『とりかえばや物語』ということですが、英文学の影響も濃いインドなら、シェイクスピアの『十二夜』や『お気に召すまま』といったコメディを思い出させるものがあります。スポーツも芝居も、ともにプレイ(play)するものですしね。
スポーツとジェンダーといったむずかしいテーマでもありますが、まあそういういことは抜きにして最初から最後まで笑って楽しむことのできる娯楽映画です。
ことし2012年は、ボリウッド誕生から100年。インドのボンベイ(Bombay:現在はムンバイ)と映画の都ハリウッド(Hollywood:聖林)を合成したボリウッド(Bollywood)はインド映画の代名詞としてつかわれてきたコトバです。
そのボリウッドのクリケット映画だから、インド人が二大好物であるボリウッド映画とクリケットを組み合わせたものですから無敵ですね。
■英連邦に加盟する諸国は、クリケットをつうじて英国やロンドンを見ている
それにしても思うのは、インドで普及したのがサッカーでなくて良かった、ということ。局面が突然変わる可能性のあるサッカーではエキサイトがエスカレートしやすいので、インド対パキスタン戦は、下手したらマジで核戦争にもなりかねないからです。
かつて中米では、「サッカー戦争」が発生してますからね。1969年にサッカーの試合での遺恨がきっかけとなって、エルサルバドルとホンジュラスとの間で戦争が勃発しているのです。幸いなことに国際的な仲介によって、戦争は100時間で終結しましたが。
インパキの場合は、もしかすると、本格的な戦争になる前に、クリケットの存在が、ガス抜きになっているのではないかとも思われます。クリケットには、英国由来のフェアプレイ精神やスポーツマンシップがじつに色濃く存在しますから。
クリケットから見えるのは、クリケットというスポーツ文化をつうじて、英連邦に加盟する諸国は、つねに英国や首都ロンドンを見ているということです。
英連邦というものは、アイルランド出身の比較政治学者ベネディクト・アンダーセンの名著 『想像の共同体』(Imagined Communities)そのものなのです。
英連邦に所属する諸国は、スポーツ文化をつうじて、いまだに想像上の首都ロンドンをみるまなざしから解放されていないのです。インドもパキスタンも同様です。しかも、実際に移民として英国に暮らす人たちは、すでに第二世代、第三世代になっています。
インド版 『巨人の星』は、野球じゃなくてクリケットにしたというニュースも先日ありましたが、クリケットを知らずして、インドも、英国も、英連邦も知ることはできません。
クリケットについて、関心を深めてほしいと考えているのは、そういう理由なのです。
<初出情報>
このブログ記事は、『「近代スポーツ」からみたイギリスとイギリス連邦』として、2012年6月13日にインターネットTVでしゃべった内容をもとに文字化して加筆修正したものです。
麹町ワールドスタジオ 「原麻里子のグローバルビレッジ」(インターネットTV 生放送) に出演します(2012年6月13日 21時から放送)-テーマは、『「近代スポーツ」からみたイギリスとイギリス連邦』を参照。なお、YouTubeに録画がアップされてます。オンデマンドで無料(フリー)ですので、お好きな時間にご試聴ください。放送を視聴していただくと、情報量も多いので、よりいっそう理解しやすいかと思います。
http://www.ustream.tv/recorded/23284174#utm_campaign=t.co&utm_source=23284174&utm_medium=social
Dil Bole Hadippa ! (2009年、インド) 公式サイト (音声に注意)
Dil Bole Hadippa ! (2009年、インド) トレーラー (ヒンディー語+英語)
Gym Shim - Song Promo - Dil Bole Hadippa
・・同上 クリケットのゲームのシーン
ここから、映画を150円でダウンロードして72時間視聴できる
http://www.youtube.com/watch?v=ejLsgVTbw-U&feature=mv_sr
日本クリケット協会 公式サイト
・・日本の競技人口は1,500人程度、そのうち半分は外国人
アジアン雑貨 インド雑貨 民族楽器 - TIRAKITA(ティラキタ)
・・インド関連グッズはボリウッド映画DVDもふくめてここ
サッカー戦争 (wikipedia記事)
・・1969年、中米のエクアドルとホンジュラスのあいだでサッカーの国際試合をキッカケに勃発した武力衝突。100時間で終結。
<ブログ内関連記事>
麹町ワールドスタジオ 「原麻里子のグローバルビレッジ」(インターネットTV 生放送) に出演します(2012年6月13日 21時から放送)-テーマは、『「近代スポーツ」からみたイギリスとイギリス連邦』
・・このブログ記事は、この放送でしゃべったものベースに加筆修正したものです。
⇒ YouTubeに録画がアップされてます。オンデマンドで無料(フリー)ですので、お好きな時間にご試聴ください。放送を視聴していただくと、情報量も多いので、よりいっそう理解しやすいかと思います。
http://www.ustream.tv/recorded/23284174#utm_campaign=t.co&utm_source=23284174&utm_medium=social
■ボリウッド映画
ボリウッド映画 『ロボット』(2010年、インド)の 3時間完全版を見てきた-ハリウッド映画がバカバカしく見えてくる桁外れの快作だ!
・・2012年日本公開。これはタミル語映画
ボリウッド映画 『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』(インド、2007)を見てきた ・・これはヒンディー語映画
ボリウッド映画 『ミルカ』(2013年、インド)を見てきた-独立後のインド現代史を体現する実在のトップアスリートを主人公にした喜怒哀楽てんこ盛りの感動大作 ・・これもヒンディー語映画
■インドのスポーツ
書評 『ポロ-その歴史と精神-』(森 美香、朝日新聞社、1997)-エピソード満載で、埋もれさせてしまうには惜しい本
・・ポロとクリケットはともに打球という「点で共通。この2つの球技抜きに英印関係は語れない
(2015年2月8日 情報追加)
(2022年12月23日発売の拙著です)
(2022年6月24日発売の拙著です)
(2021年11月19日発売の拙著です)
(2021年10月22日発売の拙著です)
(2020年12月18日発売の拙著です)
(2020年5月28日発売の拙著です)
(2019年4月27日発売の拙著です)
(2017年5月18日発売の拙著です)
(2020年5月28日発売の拙著です)
(2019年4月27日発売の拙著です)
(2017年5月18日発売の拙著です)
(2012年7月3日発売の拙著です)
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