2012年7月21日土曜日

書評 『官邸から見た原発事故の真実-これから始まる真の危機-』(田坂広志、光文社新書、2012)-「危機管理」(クライシス・マネジメント)の教科書・事例編

「危機管理」(クライシス・マネジメント)の教科書・事例編

最悪のシナリオとしては、「首都圏3,000万人避難」も政府は検討していたということが明らかになってきたいま、内閣官房参与として原発事故対策に取り組んだ直接の当事者によって、原発事故が徹底検証される意味はきわめて大きい。

本書は、いろんな立場の人が読むべき本だと思うが、とくに企業経営者など組織のトップに立つ人こそが読むべき本である。しかも危機管理の観点から読むべき本である。

ここ数年の田坂氏の詩人のような書きぶりによる書き物は、正直いってわたしはずっと敬遠していたが、著者の田坂広志氏は、もともと「核燃料サイクルの環境安全研究」で工学博士号を取得した人である。核廃棄物の処理問題を専門に研究していた人なのである。

本書で田坂氏は、「危機管理」の専門家として、科学者らしく包み隠すことなく誠実に問題について語っている。

今回の原発事故は、個人や企業や自治体レベルを越えた問題を日本全体だけでなく世界にもたらした。直接的なリスクやコストだけでなく、目に見えない社会心理的なものまで含めて今回引き起こされた「危機」の内容は多岐にわたる。

国民目線にたったとき、原子力ビジョンは「計画的、段階的に脱原発依存を進め、将来的には、原発に依存しない社会を目指す」となると語っているのは好感がもてる。現実的な立場からみたらそのとおりだろう。

しかしもっとも重要なことは、田坂氏が指摘しているように、「問題はこれから」なのだ!

福島第一原発の廃炉は、通常の原発の廃炉よりも格段に難しい技術的問題を突きだしている。事故でメルトダウンした原子炉には、「大量のウランやプルトニウムなどの核燃料と、膨大な核分裂生成物が、原型を留めないほどに溶融した、極めて扱いにくい放射性廃棄物」がたまっているのである。

廃炉作業には最低でも40年はかかると、現時点においてすら推定されているのだ。じっさいに廃炉作業にとりかかったとしても、未知の領域に乗り出すということを忘れてはならないのだ。

日本人が抱きがちな「根拠のない楽観」を避け、「真の危機はこれから始まる」という覚悟を、国民一人一人に訴えかけている田坂氏の発言に耳を傾けなければならない。

この本は評論家の無責任な放言でも、特定の立場に立った政治的な発言でもない。当事者でなければ話せない内容のみが書かれた真摯な発言だ。ぜひ読んで考える材料としてほしい。


<初出情報>

■amazon書評「「危機管理」(クライシス・マネジメント)の教科書・事例編」(2012年3月26日 投稿掲載)

*再録にあたって加筆した(2012年7月22日)






目 次

はじめに
第一部 官邸から見た原発事故の真実
第二部 政府が答えるべき「国民の七つの疑問」
第一の疑問 原子力発電所の安全性への疑問
第二の疑問 使用済み燃料の長期保管への疑問
第三の疑問 放射性廃棄物の最終処分への疑問
第四の疑問 核燃料サイクルの実現性への疑問
第五の疑問 環境中放射能の長期的影響への疑問
第六の疑問 社会心理的な影響への疑問
第七の疑問 原子力発電のコストへの疑問
第三部 新たなエネルギー社会と参加型民主主義
謝辞


著者プロフィール

田坂広志(たさかひろし)
1951年生まれ。1974年東京大学工学部原子力工学科卒業、同大医学部放射線健康管理教室研究生。1981年東京大学大学院工学系研究科原子力工学専門課程修了。工学博士(核燃料サイクルの環境安全研究)。同年三菱金属(現三菱マテリアル)入社、原子力事業部主任技師に。青森県六ヶ所村核燃料サイクル施設安全審査プロジェクト、動力炉・核燃料開発事業団高レベル放射性廃棄物処理・処分プロジェクトに参画。原子力委員会専門部会委員も務める。2011年3月29日~9月2日、内閣官房参与として原発事故対策、原子力行政改革、原子力政策転換に取り組む。多摩大学大学院教授。シンクタンク、ソフィアバンク代表(光文社のウェブサイトより)。


<関連サイト>

『官邸から見た原発事故の真実-これから始まる真の危機-』(光文社の新書紹介サイト)・・詳細な目次あり


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(2012年7月3日発売の拙著です)





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