2013年4月1日月曜日

山口昌男の『道化の民俗学』を読み返す ー エープリルフールといえば道化(フール)②


道化というと日本人の多くは哀れを誘うピエロを思い浮かべるようだが、先日惜しくも亡くなった文化人類学者の山口昌男(1931~2013)が引っぱりだしてきたのは攻撃的な道化のアルレッキーノである。フランス語ならアルルカン、英語ならハーレクインだ。

16世紀以降に誕生したイタリアの民衆演劇コンメディーア・デラルテに登場するのが黒塗り仮面をかぶった道化アルレッキーノである。

山口昌男がつかいはじめて広まったのがトリックスター(いたずら者)というコトバ。アルレッキーノは、まさにそのトリックスター的性格を濃厚にもった道化である。

『道化の民俗学』は、1975年(昭和50年)に新潮社から単行本として出版されている。岩波書店のウェブサイトに、山口昌男の仕事がひじょうにわかりやすく整理されているので、それを見ておこう。わかりやすくするために引用者=わたしが改行してある。

山口昌男さんの仕事は1970年代以降これまで、大きく3つの時期に分けることができると思います。

第一期は、構造人類学の理論を吸収、消化してアフリカやインドネシアにフィールドワークの旅に出た70年代の「道化の民俗学」の時期
第二期は、70年代から80年代にかけて文化記号論を駆使して人類学の枠をはみだし様々の文化領域に越境した時期
第三期は、80年代後半から今日にいたる近代日本の隠された「知の系譜」をたどる歴史人類学の時期です。

本書は第一期の中心的な仕事で、岩波書店発行の雑誌『文学』1969年1~8月号に連載した論文「道化の民俗学」を第1~4章とし、『辺境』1970年9月号に掲載した「蘇るアメリカ・インディアンと道化の伝統――境界・禁制・侵犯」を第5章として、1975年6月に新潮社から単行本として刊行されました。
本書により、アルレッキーノはギリシア、アフリカ、インド、アメリカ・インディアンの神話的世界ばかりか、日本の芸能ともつながっていることが明らかにされ、「山口道化学」は60年代から70年代にかけてイデオロギーに凝り固まっていた時代の精神を粉砕しました。そして、本書は『アフリカの神話的世界』、『文化と両義性』と並んで山口さんの初期の代表的著作としての評価を確立し、80年代の華々しい知的活動の導火線となりました。

現在は岩波現代文庫版として入手可能である。その「内容紹介」は以下のようになっている。

エロスと笑い、風刺と滑稽に満ちた祝祭空間で演じられる“道化”の意味は何か―コンメーディア・デラルテの主人公アルレッキーノや狂言の太郎冠者、中世劇の悪魔と道化、ギリシャ神話のヘルメス、アフリカのトリックスター神話、古代インドの黒き英雄神クリシュナ、アメリカ・インディアンの道化集団など世界の民俗に分け入って、博引旁証、縦横無尽に議論を展開する。文化英雄としての道化の本質を明らかにし、一九七〇年代の知の閉塞状況を打破した記念碑的著作。

単行本の帯の裏側にはこう書かれている。

非日常と反社会性の世界に君臨してきた≪道化≫の、文化英雄としての諸相と、その文化的意味を明らかにした巨視的な一大論考」、というのがもっとも適当な要約であろう。

これ以上、引用を重ねてもあまり意味はないだろう。それだけ当時はインパクトのある内容だったわけだ。以下に列挙するワードの数々は山口昌男によって広められたものだ。

カーニバル、祝祭、トリックスター、コスモロジー、さかさまの世界、演劇と身体性・・・などなど。

大学在学当時、山口昌男の著作のほとんどは新書本は除いて図書館で借りて読んでいたが、この『道化の民俗学』と『知の遠近法』は単行本で購入している。

わたしが新刊本で買った『道化の民俗学』は、初版が1975年(昭和50年)で1981年(昭和56年)の第5刷なので単行本としてはかなり売れたものであるようだ。

その当時はキチンと読んでなかった『道化の民俗学』だが、いまあらためて読んでみると、ざっとこんな感想をもつ。

(山口昌男の「道化」関連の著作)

内容的には新規性はないものの(・・そりゃあ、40年もたっているのだから当たり前だ!)、改行の少なく、しかも引用の多い読みにくい文章なので、もっと整理して書かれていればより説得力が増したものを、と思わざるを得ない。

しかし初期の代表作であり、時代に先駆けた内容であったことは間違いない。この著作のあとに、ビートたけしなどの「攻撃的道化」が日本でも当たり前になったことはその証拠だろう。ツービート時代の漫才師としてのビートたけしは、まさに典型的な「攻撃的道化」であった。

山口昌男のおかげで、太宰治的な自虐的なお道化(どけ)た存在の道化以外の道化が日本でも「復活」したといえるかもしれない。アルレッキーノ型の道化は、狂言の太郎冠者(たろうかじゃ)にも同じタイプのものが見られるのである。

山口昌男の文化理論は1980年代には通俗化してTVの世界にあふれ出たのだが、時代は「バブル時代」でもあった。あの当時は、山口昌男もはしゃぎすりていたような気もする。そんな時代と一体化したのが、あの当時の「空気」出合ったような気が、いまから振り返るとしないでもない。

ここまでややネガティブなことを述べてしまったが、とくに第1章と第2章は、いま読んでも面白い。

なんといってもヘルメスである。たまたまヘルメス(=マーキュリー)を校章とする大学に入学したわたしにとって、「商売の神」以外の、ヘルメスのこのような多彩な姿を知ることができたのは、じつに幸いなことであった。

そして、ニコラウス・クザーヌス! 異なるものの統一、二元論や両義性(ambiguity)といった概念に中世の神学者がおおいにかかわっていることは、ヘルメス復権もその一つであるルネサンス哲学との関連で、たいへん興味深いものである。ヨーロッパ中世史を専攻したわたしにとっては、いまでもおおいに関心のある分野である。

ロシアの領域横断型の知性ミハイール・バフチン、そしてその後、当たり前のようになったバッハオーフェンやその他の文化史家たちの業績への言及 こういった学者たちの著作が日本語訳される以前に、縦横につかいまくっていたのはすごいことだ。

宗教学者のルードルフ・オットーの「ヌミノーゼ」、神話学者のケレーニイ、おなじくジョゼフ・キャンベルも、山口昌男の著作で読むと、また異なる印象をもつのも興味深い。

本書の冒頭に哲学者N氏として登場する中村雄二郎による「臨床の知」や「南型の知」といった問題提起とともに、1970年代以降の日本人の思考に山口昌男の与えた影響はきわめて大きい。

この本は、さきにも述べたように正直いって読みやすい本ではない。一見するとペダンティックとも見まがうような引用が過剰なまでに行われていること、1960年代後半の文章であるから古さは否定できないし、引用文も本文に組み込まれているだけでなく、文章も改行がきわめて少なく、けっして読みやすくない文章。

内容はえらく挑発的であり、しかも世の中の決まりごとに反して、「まえがき」 も 「あとがき」もない。

饒舌過ぎて訴えたいポイントがはっきりしないというのが欠点であるような気がしないでもない。こういう話は文字で読むよりも、ライブの語りとして耳で聞いたほうが理解しやすいのではないかと思う。

それこそ豊かな身体性をともなった演劇的な即興の語りとして。


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岩波現代文庫版の「目次」

第1章 アルレッキーノの周辺
第2章 アルレッキーノとヘルメス
第3章 アフリカ文化と道化
第4章 黒き英雄神クリシュナ
第5章 アメリカ・インディアンと道化の伝統
関連語彙一覧
索引
解説(田之倉 稔)

 

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書評 『河合隼雄-心理療法家の誕生-』(大塚信一、トランスビュー、2009)-メイキング・オブ・河合隼雄、そして新しい時代の「岩波文化人」たち・・・
・・「西洋中世史のゼミナールに属しながらも、自分自身を西洋人にはまったくアイデンティファイできない私は、どちらかというと文化人類学的な思考方法には大きく惹かれていたし、1980年代初頭にいわゆるニューアカ(・・ニューアカデミズムの略称)とよばれた浅田彰や中沢新一の出現を準備したともいえる山口昌男の『知の遠近法』(岩波書店、1979)は、大学一年のときからベッドの枕もとのミニ書棚において、寝る前にしょっちゅう読んでいたものである」・・山口昌男の『知の遠近法』を読みふけっていた当時の回想である

本の紹介 『阿呆船』(ゼバスチャン・ブラント、尾崎盛景訳、現代思潮社、新装版 2002年 原版 1968)
本の紹介 『阿呆物語 上中下』(グリンメルスハウゼン、望月市恵訳、岩波文庫、1953)

タイのあれこれ (19) カトゥーイ(=トランスジェンダー)の存在感
・・両義性のあらわれとしての両性具有的存在に近い

『蛇儀礼』 (アビ・ヴァールブルク、三島憲一訳、岩波文庫、2008)-北米大陸の原住民が伝える蛇儀礼に歴史の古層をさぐるヒントをつかむ
・・人類学者の仕事にも目配りしていた美術史家

リヒャルト・シュトラウスのオペラ 『ナクソスのアリアドネ』(バイエルン国立歌劇場日本公演)にいってきた
・・神話学者カール・ケレーニイについて言及

「ジャック・カロ-リアリズムと奇想の劇場-」(国立西洋美術館)にいってきた(2014年4月15日)-銅版画の革新者で時代の記録者の作品で17世紀という激動の初期近代を読む
・・『道化の民俗学』のカバーはジャック・カロによる銅版画作品を使用

(2014年4月8日、19日、5月28日、2015年10月1日 情報追加)


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