防衛省防衛研究所の主任研究官による一般向け解説書である。防衛研究所には武官もいるが、この著者は中国の外交安全保障問題と東アジアの国際関係を専門とする文官(シビリアン)である。
事実を淡々と記述する報告書のようなスタイルなので、面白くないと感じる人もいるだろう。だが、それこそが本書の強みである。主張よりもまずは事実関係の確認こそが求められるからだ。これは日本人の研究者ならではの大きなつよみである。
東シナ海の尖閣諸島をめぐる状況については、マスコミ報道やさまざまな記事によって現在では比較的よく知られるようになっているので、正直なところ読んでいてもあまり新味はない。
だが、第3章の台湾をめぐる状況、第4章の南シナ海をめぐる状況と読み進め、第7章の米国が保障してきた「海上航行自由の原則」に真っ向から対決姿勢をみせる中国にかんする個所はじつに読みでがある。たとえば、海南島に設置された中国海軍の地下潜水艦基地の記述を読むと慄然とする思いがする。
台湾をめぐる東シナ海の状況や、フィリピンやベトナムが当事者である南シナ海における中国の膨張と横暴なまでの振る舞いにかんする記述を読めば、中国の意図するものが何であるかをはっきりと知ることになるであろう。
東シナ海の安全保障は言うまでもなく、南シナ海の安全保障も日本にとっては死活的に重要である。なぜなら、日本経済は金額ベースでみて約7割が「海上輸送」に依存しているからだ。もしこの海上交通路が遮断されるようなことがあったら・・・。
だからこそ、中国の海洋進出についてコンパクトにまとめられた本書は、ぜひ読んでアタマのなかに入れておかねばならない。
軍事や安全保障にかんする正確な情勢認識は、ビジネスをめぐる「外部環境」としてかならず把握しておく必要があるからだ。いまや日本はそういう時代になっているのである。
目 次
はじめに
第1章 高まる海洋の戦略的重要性
第2章 東シナ海の緊張を高める中国
第3章 中国の圧力にさらされる台湾
第4章 中国の影響力が高まる南シナ海
第5章 強大化する中国海軍
第6章 最前線に立つ海上法執行機関
第7章 米中の戦略的競争
第8章 中国の海洋進出と日本の対応
あとがき
主要参考文献
著者プロフィール
飯田将史(いいだ・まさふみ)
1972年東京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。防衛省防衛研究所地域研究部北東アジア研究室主任研究官。専門は中国の外交・安全保障政策、東アジアの国際関係。共著に「中国」など。
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(2014年5月16日 情報追加)
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