2013年7月24日水曜日

書評『世界史の中の資本主義 ー エネルギー、食料、国家はどうなるか』(水野和夫+川島博之=編著、東洋経済新報社、2013)ー「常識」を疑い、異端とされている著者たちの発言に耳を傾けることが重要だ



「これから10年、大転換後の大局を読む」と帯のキャッチコピーにあるが、「10年後」までではなく、さらに数十年もつづくであろう「移行期の長い21世紀」について考えるための本である。

「100年デフレ」論者の水野和夫氏の主張を、エネルギーと食料という人間の経済にとっての制約条件であり、かつ人間の生存に不可欠なライフラインの二大分野を具体的に見ていくことで、ビジネスパーソンを中心にした読者も読めば素直にアタマに入ってくるような読みやすい本に仕上がっている。

エネルギーと食料の分野でいま進行しているのは「商品化」と「金融化」というキーワードで表現することができる。

商品化はコモディティ化といいかえてもいいが、これはもともと差別化が難しく大量にバルクで取引される原油取引市場や穀物取引市場においては常識となっていたものだが、こういった分野では季節ごとの需給変動や天変地異などの気候変動などに対応するため先物取引(フューチャーズ)が発達してきた。

2000年代以降は先進国におけるカネ余り現象のなか、アメリカを中心に「経済の金融化」が進展し、エネルギーや食料などの先物取引市場に実物取引のプレイヤーではない、機関投資家やファンドなどの金融プレイヤーたちが大量に参加するようになってきた。これが「金融化」である。

エネルギーや食料が「金融化」したことにより、実需とは関係なく相場が乱高下する事態が観察されるようになったのである。つまり価格変動は実体経済の動きとは関係なくなっているのである。

そもそも先物取引市場は、実需の変動リスクを最小にするために設計され開設されてきたものだが、いまでは実体経済の動きとは関係なく、金融取引として相場が操作されるようになっているのである。つまりガセネタもふくめた「情報」に過敏に反応する状態となっているのだ。

エネルギーはもちろん無限ではないが、そのときどきの経済状況とエネルギー価格、そして掘削テクノロジーによって不思議なことに埋蔵量は増大している。食料は一般人の常識とは異なり、1910年代の空中窒素固定法の発明による化学肥料というテクノロジーによって、むしろ過剰な状態が続いている。だからこそ食料価格が下落しがちなのであり、そのために先進国は補助金によって農家の所得補償を行わざるを得ないのである。

そもそも食料が過剰でなければ地球全体で人口が増加するはずがないという川島氏の主張には説得力がある。川島氏は本書では言及していないが、大飢饉が発生するのはディストリビューション(流通)の問題であるという経済厚生学のアマルティヤ・セン博士の主張はしっておくべきだろう。したがって、世界的には食料は過剰だが、飢饉や食料暴動が単発的かつ局地的に発生することは今後もありうる

このようにエネルギーと食料について具体的に見てくことで、カネ余り現象のなか「経済の金融化」が進行し、行き場を失ったマネーがエネルギー市場や食料市場という商品市場で暴れ回っている現状が理解されるだけでなく、水野和夫氏の「100年デフレ」論が具体的な裏付けで強化されて、さらに説得力が増すものとなったといえよう。現在はつぎの時代に転換するための移行期なのだ。

しかし、これほど説得力のある水野理論が、なぜいまでも「異端」とされているのか? 

それは機関投資家やファンドマネージャーたちが、いわゆる「ポジショントーク」によって相場が自分たちに有利になるような情報操作しているからだろう。投資銀行のゴールドマン・サックスが打ち出した「BRICs」などその最たるものといっていいのではないか。マスコミもまたそれを煽って増幅している。

経済は「金融化」すればするほど、相場は「情報」に敏感に反応するようになる。たとえそれがつくられた恣意的なストーリーであっても、繰り返し耳にすることによって「常識」となってしまうのである。誰もが無知なビジネスパーソンと思われては恥ずかしい思いはしたくないだろう。それはある意味では、洗脳によるマインドコントロールといっていいかもしれない。

本書ではエネルギーと食料について大きく取り上げられている。共通するのは「過剰」というキーワードだ。

この過剰という現実が超長期的なデフレ状態をもたらし、さらには経済全体の停滞をもたらすのだが、本書では言及されていないのが労働力の過剰である。日本をはじめとする先進国では人口減少フェーズにあるが、省力化テクノロジーの発達によって労働力が過剰になっているのである。

労働力も供給過剰になれば、当然のことながら賃金水準は下がっていくことになる。だが、デフレ状態がつづくのであれば低所得でもそれなりの暮らしを送ることは可能となると考えてよいものかどうか・・・

こういった経済と社会をめぐる重要問題を考えるためにも、「常識」を疑い異端とされている著者たちの発言に耳を傾けることが重要だ。

これからどう生きていくか考えるためにも、ぜひ最初からすべて読んだうえで、自分のアタマで考えてほしいと思う。事実を事実として曇りなき眼で冷静に見ることほど難しいものはないのだから。





目 次

はじめに-世界史の中の資源バブル
第1章 【資本主義】-金融バブルが引き起こす世界史の大転換(水野和夫)
第2章 【エネルギー問題】-シェール革命が進むも原油価格の大暴落は起こらない(角和昌浩)
第3章 【食料問題】-これから世界は食料の「過剰な時代」へ突入する(川島正之)
第4章 【世界システム】-金融化した資本主義と第二の近代(山下範久)
終章 近代資本主義の終わりと次なる社会システムについて(水野和夫)
座談会 「長い二一世紀」において、資源、食料、資本主義はどこヘ向かうのか(水野和夫・角和昌浩・川島正之・山下範久) 


編著者プロフィール

水野 和夫(みずの・かずお)
日本大学国際関係学部教授 1953年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了。八千代証券(現・三菱UFJモルガン・スタンレー証券)入社。金融市場調査部長、執行役員、理事・チーフエコノミストなどを務める。2010年9月三菱UFJモルガン・スタンレー証券を退社し、内閣府大臣官房審議官、内閣官房内閣審議官。2013年4月より日本大学国際関係学部教授。主な著書に『100年デフレ』(日本経済新聞社、2003年)、『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか』(日本経済新聞社、2007年)、『超マクロ展望 世界経済の真実』(共著:集英社、2010年)、『資本主義という謎』(共著:NHK出版、2013年)がある。

川島 博之(かわしま・ひろゆき)

東京大学大学院農学生命科学研究科准教授 1953年生まれ。1977年東京水産大学卒業。1983年東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得のうえ退学(工学博士)。東京大学生産技術研究所助手、農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、ロンドン大学客員研究員などを経て、現在、東京大学大学院農学生命科学研究科准教授。主な著書に『世界の食料生産とバイオマスエネルギー』(東京大学出版会、2008年)、『「食糧危機」をあおってはいけない』(文藝春秋、2009年)、『「作りすぎ」が日本の農業をダメにする』(日本経済新聞出版、2011年)、『データで読み解く中国経済』(東洋経済新報社、2012年)

角和昌浩(かくわ・まさひろ)
昭和シェル石油チーフエコノミスト。1953年生まれ。東京大学法学部政治学科卒業。

山下範久(やました・のりひさ)
立命館大学国際関係学部教授。1971年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得、ニューヨーク大学ビンガムトン校社会学部大学院においてI.ウォーラースティンに師事。


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