2013年12月28日土曜日

書評『アメリカ「知日派」の起源 ー 明治の留学生交流譚』(塩崎智、平凡社選書、2001)ー 幕末・明治・アメリカと「三生」を経た日本人アメリカ留学生たちとボストン上流階級との交流


アメリカ東海岸のニューイングランド地方には、明治時代初期には日本からの留学生が集中していた。本書は、マサチューセッツ州の州都ボストンに集まっていた日本留学生と、「ブラーミン」(=バラモン)と呼ばれていたボストンの上流階級との交流を描いた歴史探究ものである。

ボストンというとボストンマラソンを連想する人や、ハーバード大学や MIT(マサチューセッツ工科大学)などの世界的な有名大学、ボストン美術館やボストン交響楽団などの文化を連想する人もいるだろう。

大学や美術館などがボストンに集中しているのは、じつはボストンはもともとアメリカが植民地だった頃からの歴史ある都市で、中国や日本との国際貿易や金融で富を蓄積した都市だったからである。

そのボストンの上流階級がインドのカースト制の頂点に位置する「ブラーミン」(Brahmin)と呼ばれていたのは、「狭いボストンの中でも限られた高級住宅地に屋敷を構え、結婚やビジネス、社交活動などを通して緊密なネットワークで結ばれていた」(P.31)からだ。

ボストン美術館に招聘されて中国・日本美術の責任者であった岡倉天心とも密接な関係のあったフェノロサやビゲロー自前の天文台で冥王星の存在を予言し日本研究家でもあったパーシヴァル・ローウェルなど、みなボストン・ブラーミンである。お雇い外国人として来日し、大森貝塚を発見したエドワード・モースもまたこの人脈につらなる「知日派」だ。

本書で特筆すべきは、極端な「欧化主義者」だとして過激な「国粋主義者」によって暗殺されることとなった森有礼(もり・ありのり 1847~1889)の初代日本代理公使としての活動が、アメリカではおおいに評価されていたことを描いていることだろう。

(1871年 外交官として米国駐在時24歳!の森有礼 wikipediaより)

薩摩藩から英国に留学し、のちアメリカにわたって高度な英語能力を身につけキリスト教徒になった森有礼は、初代日本代理公使として主にアメリカとの交際事務と在米日本人留学生の監督が任務であったが、アメリカでは広範囲にわたる人脈を築き上げ文化広報の役割も果たしていた。

不平等条約改正を目的とした「岩倉使節団」とともに渡米した初代女子国費留学生の山川捨松(=大山捨松)や津田梅子のホストファミリー探しに奔走したり、日本理解を促進するための講演活動、英文著作の出版など、さまざまな文化戦略活動を行っていたのが森有礼である。一橋大学の前身である商法講習所は森有礼の創設であるが、初期の講師陣は森有礼のアメリカ人脈を駆使したものであったことは意外と知られていない。

ボストン・ブラーミンだけでなく、日本側においても森有礼を中心としたアメリカ留学組の人的ネットワークが陰に陽に影響力をもっていたのである。この事実は意外と知られていない。

このほか、日露戦争の講和条約の仲介役を果たしたセオドア・ローズヴェルトのハーバード大学時代の同級生であった金子堅太郎(1853~1942)。彼は英語スピーチの研鑽にもはげんでおり、詩人ロングフェローとの親しい交流など、著者が滞米中に記者として調べ始めて発掘した日米交流誌の黎明期のエピソードが一冊にまとめられている。

(1872年 米国留学中19歳の金子堅太郎 wikipediaより)

「終わりに」で著者が述べている感想が面白い。

明治の留学生たちは、言わば「三生」を経験したといえるのではないか。江戸と明治とアメリカと。この類い稀な経験の持ち主である彼らが、今まで相応な扱いを受けてきたとは思えない。その意味で、本書で彼らの未知の部分に光を当てることができたとすえれば幸いである。(*太字ゴチックは引用者=さとう)

「三生」(さんせい)とは、福澤諭吉の「一身にして二生(にせい)を経(ふ)る」というフレーズを踏まえたものだろう。たしかに、幕末から明治初期にアメリカ体験があるといっても、学生として滞米経験がある日本人留学生たちと、公的な使節団の一員として渡米した福澤諭吉とは、経験の内容と質が異なるのは当然だ。

そして明治初期に留学した「知米派」が消え去ろうとしていた頃、「岩倉使節団」がアメリカを訪問した1871年の70年後の1941年、ついに日米は開戦にいたる。

日米戦争の敗戦後に生きるわれわれは、どうしてもその歴史的事実を考慮の外に置くことはできないが、全身全霊でアメリカから貪欲に学ぼうとしていた頃の日本と、日本びいきであったアメリカ東部の上流階級との交流を知ることは日米関係史の原点を知るうえで重要だ。

ところどころに重要な指摘や仮説が提示されているので、近代日本の出発点を知るためには読む価値のある本である。


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目 次
   
はじめに
第1章 ニューイングランド史に登場する日本
第2章 ジャポニズムの源流
第3章 ボストンの婆羅門、ブラーミン
第4章 西からの訪問者たち-日本人留学生
第5章 日本人の友、アトウッド
第6章 武士とブラーミン
第7章 知の饗宴、岩倉使節団歓迎晩餐会
第8章 留学生の架け橋
終わりに
参考文献
主要人名索引

著者プロフィール

塩崎 智(しおざき・さとし)
1961年、愛媛県生まれ。上智大学文学部史学科卒業、国際基督教大学大学院比較文化研究科修士課程を修了。渡米し、全日制日本人学校ニューヨーク育英学園教員を経て、邦字新聞、雑誌などを媒体に歴史ジャーナリストとして活躍。現在は、拓殖大学外国語学部教授(日米文化交流史)、武蔵大学人文学部非常勤講師(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



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