(「馬の惑星」で「馬」語で会話するガリバー wikipedia より)
『ガリバー旅行記』というと、「小人の国リリパット」でガリバーが巨人としてふるまうという話だけが知れ渡っていますが、それはあくまでも第一部。児童向けの映画の題材として世界中で知らない人はいないでしょう。
第2回目の航海では逆に「巨人の国」ブロブディンアグでは、ガリバーが小人扱いされる話となっています。ここまでは児童向けの読み物で読んだ人も少なくないでしょう。ギリシア神話からはじまって、マンガとアニメ作品の『進撃の巨人』にいたるまで、巨人ものは長い伝統をもつ物語のモチーフです。
それで終わりではなくて、第3回目の航海では、「天空の国ラピュタ」(・・宮崎駿のラピュタはここからきています)にいきます。そして、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリップとめぐります。
なぜか旅の最後は鎖国時代の日本(!)に立ち寄って英国に帰国するというストーリーに。
言い忘れてましたが、『ガリバー旅行記』は、18世紀の英文学の古典です。1726年に出版されてます。日本では享保11年、徳川吉宗の時代です。ケンペルの『日本誌』が英国で出版されたのは1727年なので、参照したかどうかはわかりません。
「日本に東南部にあるザモスキと呼ぶ小さな港町」に上陸したとあります。ザモスキ(?)がどこなのかわかりませんが(笑)、エドで将軍に謁見したり、オランダ商人や踏み絵の話もでてきますので、そこらへんはすでに知られていた情報を使用したのでしょう。
最後はナンガザクから喜望峰回りで英国に帰国したという設定になっています。ナンガサクは長崎のことですね。さすがにこれは正確です。
(みずからも毒舌家であった中野好夫訳だが、訳文が古いのが難点)
そして第4回目の航海では「馬の国」フウイヌムにいくことになるわけです(・・冒頭に掲載した写真)。
小人も巨人も人間ですし、ラピュタの住民も人間ですし、日本人も当然のことながら人間ですが、馬の国の住民は馬。馬は人間のコトバをしゃべりません。
「馬の国」では人間は「ヤフー」と呼ばれてます。ヤフー(yahoo)は、米国のネット企業の名前はそこからとったことで有名になりましたが、あまりいい意味ではないようです。『ガリバー旅行記』においては「邪悪で汚らしい毛深い生物」という設定になってます。
人間のことである「ヤフー」に対して、みずからをフウイヌムとよぶ馬は、高貴で知的な存在で、平和で非常に合理的な社会をもつという設定になっています。そして、ガリバーは馬のコトバを覚えて馬と会話することになります。
ガリバーが行ってきたという「馬の国」は、現代なら『猿の惑星』のようなものでしょうか。人間ではない動物の社会に人間が放り込まれたというシチュエーション。馬も高い知性をもった動物ですから、そういう発想もありかな、と(笑)
『猿の惑星』の発想がどこから湧いてきたのかは、わたしはよく知りませんが、サルは日本人を含めたアジア人の比喩であるという説をどこかで読んだ記憶があります。もしそうだとすれば、いわゆる「黄禍論」(こうかろん Yellow Peril)の延長線上にある発想ということになりますね。『猿の惑星』をみた日本人は、まさかそんなことだとは考えもしないでしょうが。
ガリバーの「馬の国」の馬はなにを意味しているのでしょうか?
風刺小説である『ガリバー旅行記』のことですから、それは第一部から第三部と同様、当時の英国社会の風刺であるわけですが、くわしいことはここでは省略してきましょう。「馬の国」をふくめた『ガリバー旅行記』のあらすじはwikipedia を参照するとよいでしょう。
『あなたの知らないガリバー旅行記』(阿刀田高、新潮文庫、1988)が面白いので、長くて読みにくい『ガリバー旅行記』ではなく、こちらを読んで済ませるのもよろしいかな、と。
風刺文学の『ガリバー旅行記』は、当時の英国の状況がわからないと腹の底から楽しめないわけですが、コメディーやギャグや風刺というものにつきものの点ですね。
阿刀田高氏のこの本じたい、単行本初版が1985年なので、当時の世相を知らないと、すでになにが面白いのかわからなくなっている箇所が多々あるのは仕方ありません。
なので、スウィフトが風刺したかったことのディテールは最初からあきらめ、『ガリバー旅行記』は21世紀の日本人にとって面白く感じる箇所だけに反応すればいいのかな、と思います。
その意味では、第3部の終わりに日本に立ち寄る箇所と第4部の「馬の国」だけでも拾い読みしたらいいではないかと思います。もちろん全部読むのはOKですよ。
ガリバー旅行記(GULLIVER'S TRAVELS ジョナサン・スイフト Jonathan Swift 原民喜訳)
・・原爆を描いた『夏の花』で知られる文学者・原民喜(はら・たみき)の訳が「青空文庫」に収録さえれえている。ですます調の読みやすい訳だが、原書のもつ毒と風刺が弱められている。また「ヤーフ」となっているのが笑える
映画『ガリバー旅行記』(Gualliver's Travels アメリカ、2010年) 予告編
・・あいもかわらず「小人国」(リリパット)での巨人ガリバーをモチーフにした映画
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