ニュース番組で耳にしない日はないほどホットイッシューになっているのが「集団的自衛権」。
だが、「集団的自衛権」について語るのは反対派と推進派のみ。しかも、反対派は反対意見のみ、推進派は賛成意見のみ。冷静に事実を踏まえた議論が思いのほか少ないことに気がつく。
そもそも「集団的自衛権」とはなにか、なぜそれほど論争の的になるのか? おそらく推進派ですらその内容も、なぜそれが必要なのか理解しているわけではないだろう。
本書は推進派の立場からよるものだが、バランスのとれた記述であり、事実関係の整理にはよい。これまで日本国憲法のもとで積み上げられてきた議論が時系列で整理されているからだ。目次をみればそれがわかるだろう。
第1章 戦後日本の安全保障の法的基盤の原点
第2章 日本国憲法第9条と自衛権(自衛隊)の関係(その1)
第3章 日本国憲法第9条と自衛権(自衛隊)の関係(その2)
第4章 冷戦後日本の安全保障政策の経緯
第5章 第一次安倍内閣の集団的自衛権の行使への挑戦
第6章 集団的自衛権の行使を可能とするために
第7章 自民党・国家安全保障基本法案(立法措置論の立場から)
第8章 国際情勢の激変
いずれも事実(ファクト)ベースの記述がつづくので、正直いってそんなに面白い内容というわけではない。だが国会の場で議論が積み重ねられてきたという事実を知ることに意味はある。それを確認することにも意味がある。
わたしがいちばん興味深く読んだのは、「集団的自衛権」の行使を可能とするための3つのアプローチを「推進派」を代表する論客にインタビューし、ナマの声を紹介している第6章だ。
3つのアプローチとは、① 憲法改正論、② 解釈改憲論、③ 立法措置 である。
① 憲法改正論者の立場: 山崎拓氏(元自民党副総裁)
② 解釈改憲論者の立場: 岡崎久彦氏(外交評論家・元駐タイ大使)
③ 立法措置の立場: 谷内正太郎氏(内閣官房参与・元外務事務次官)
個人的には、「自衛権は自然権である」とする岡崎氏の見解が国際派の立場からいっても興味深い。
「自然権」(natural rights)とは人間が固有にもっている権利のことであり、正当防衛もその一つである。「西欧近代」に発生した概念であるが、「自然人」(natural person)だけでなく、「主権国家」(sovereign state)にも「自然権」があるという法思想は「社会契約説」に基づくものである。
「自然権」として「自衛権」があると考えれば、日本国憲法で規定するしないにかかわらず国家は自衛権をもつわけであり、実務的な観点からいえば、まずは解釈を変更すればよいということになる。そのうえで憲法改正に踏み込めばいいというのが「解釈改憲派」の発想である。現実的なアプローチといってよいだろう。
あえて憲法改正に踏み込まなくても「集団的自衛権」の行使は可能ということであるが、そうはいっても憲法9条2項の条文と実体とのズレがあまりにも大きすぎるので、こうした不自然な状態を解消するためには憲法改正は行うべきだというわけだ。
「集団的自衛権」の行使ができる状態にしておくことは必要であると、わたしも考えている。実際問題、いまそこに危機があるかどうかにかかわりなく、日米同盟を前提にした安全保障体制のもとにある以上、「立法措置」をとるのが現実的であるというのはわたしも賛成だ。いずれにせよ現実的で冷静な判断が必要である。
「集団的自衛権」は「憲法改正」とかかわりの深い政治的イシューであるが、それとこれは別物として是々非々で論じる必要はあるだろう。もちろん、憲法改正で対応するのがスジである。
冷静な議論のための基礎資料集としても有用な本である。詳細目次で確認していただきたい。
詳細目次
はじめに
序章 戦後の経済的繁栄を経て
第1章 戦後日本の安全保障の法的基盤の原点
マッカーサー・ノートが原点となった日本国憲法
サンフランシスコ平和条約による独立回復と旧日米安保条約による日本の安全保障
岸内閣による日米安保条約改定
防衛力が整備される原点となった「国防の基本方針」閣議決定
第2章 日本国憲法第9条と自衛権(自衛隊)の関係(その1)
軍隊の持てない憲法-「吉田・野坂論争」から警察予備隊の発足までの経緯
憲法第9条に関する2つの立場
自衛隊保持の合憲性
自衛隊と憲法第9条第2項で禁止された軍隊及び戦力の関係
いわゆる「芦田修正」について
芦田修正と文民条項
憲法第9条と交戦権
自衛権発動の三要件
国際法における自衛隊の取扱い
自衛権を行使できる地理的範囲
自衛隊の「海外派兵」と「海外派遣」の違い
ある国から弾道ミサイルが飛んできた場合、その国を攻撃できるのか、敵基地を叩けるか
保持し得る自衛力は「必要最小限度」
「専守防衛」「軍事大国にはならないこと」「非核三原則」
核兵器保有問題
文民統制の確保
第3章 日本国憲法第9条と自衛権(自衛隊)の関係(その2)
集団的自衛権に関する政府の憲法解釈とその安全保障上の問題点
集団的自衛権の行使の否定の論拠(数量的概念か否かの議論)
集団的自衛権の保有とその行使をめぐる議論
弾道ミサイル防衛と集団的自衛権
集団的安全保障の概念
集団的安全保障に関する政府の憲法解釈
国連軍への参加問題
自衛隊の多国籍軍参加とイラク人道復興支援
武力行使との一体化論
第4章 冷戦後日本の安全保障政策の経緯
冷戦終焉後の湾岸戦争と軍事的な国際協力
危機管理体制の強化と法整備
日米安保体制の再確認
「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」見直しと周辺事態安全確保法等の制定
「9・11」と「9・17」の衝撃と、その後の防衛法制整備の進展
安全保障政策と憲法改正
第5章 第一次安倍内閣の集団的自衛権の行使への挑戦
2006自民党総裁選
第一次安倍内閣の発足
安保法制懇の設置と4類型
安保法制懇初会合
安倍首相は4類型の検討を指示
その後の安保法制懇の論議と参議院選挙
安倍自民党の参院選大敗後
福田、麻生内閣とその後の民主党政権(鳩山、菅、野田内閣)における議論
野党・自民党として
有識者にインタビュー
第6章 集団的自衛権の行使を可能とするために
憲法改正論者の立場から、山崎拓氏(元自民党副総裁)にインタビュー
解釈改憲論者の立場から、岡崎久彦氏(外交評論家・元駐タイ大使)
谷内正太郎氏(内閣官房参与・元外務事務次官)にインタビュー
第7章 自民党・国家安全保障基本法案(立法措置論の立場から)
国家安全保障基本法案の意義
集団的自衛権の行使と国家安全保障基本法案
有識者にインタビュー
第8章 国際情勢の激変
米国の相対的な地位低下、中国の経済的・軍事的台頭と北朝鮮の核開発・ミサイル
フィリピン外相、日本の集団的自衛権の講師容認検討などを支持
米国家情報会議、「Global Trends 2030」を発表
シェール革命
終章 集団的自衛権の行使の議論と憲法改正議論と向き合うことを通じて
おわりに
著者プロフィール
里永尚太郎(さとなが・しょうたろう)
1975年生まれ、兵庫県出身。同志社大学法学部政治学科卒業、同志社大学大学院総合政策科学研究科博士前期課程修了。大学院在学時から、衆議院議員小池百合子氏の秘書を務め、環境大臣就任に伴い、環境大臣秘書官(政務)を務める。その後、同志社大学大学院総合政策科学研究科博士後期課程に進学。その間、慶應義塾大学院法学研究科特別学生、「尾崎行雄・咢堂塾」政治特別講座第1期生として田村重信氏(慶應義塾大学大学院非常勤講師)から憲法・外交安全保障を学ぶ。 現在は、憲法と集団的自衛権をテーマに、博士論文の執筆に取り組んでいる(『集団的自衛権の行使』カバーより)。
<関連サイト>
『集団的自衛権の行使』(里永尚太郎)
・・出版社の書籍紹介サイト
【論点8】集団的自衛権 “自制”だけで平和国家と胸を張れる時代か? 「集団的自衛権」を議論する前に考えるべきこと -山口 昇・防衛大学校教授 (ダイヤモンドオンライン 2014年1月16日)
<ブログ内関連記事>
書評 『憲法改正のオモテとウラ』(舛添要一、講談社現代新書、2014)-「立憲主義」の立場から復古主義者たちによる「第二次自民党憲法案」を斬る ・・「集団自衛権」は日本国憲法第9条と密接にかかわる問題。憲法改正を考えるために
書評 『語られざる中国の結末』(宮家邦彦、PHP新書、2013)-実務家出身の論客が考え抜いた悲観論でも希望的観測でもない複眼的な「ものの見方」 ・・「いま、そこにある危機」を考えれば「集団的自衛権」が必要なことは火を見るより明らかだ!
書評 『日米同盟 v.s. 中国・北朝鮮-アーミテージ・ナイ緊急提言-』(リチャード・アーミテージ / ジョゼフ・ナイ / 春原 剛、文春新書、2010)
・・アメリカの国益を超党派の立場で論じたもの。日本に「集団的自衛権行使」を促してきた論客たち
書評 『「普天間」交渉秘録』(守屋武昌、新潮文庫、2012 単行本初版 2010)-政治家たちのエゴに翻弄され、もてあそばれる国家的イシューの真相を当事者が語る
・・安全保障問題もまた「国益」の観点ではなく、政治家たちの「私益」というエゴに翻弄されるという現実
(2012年7月3日発売の拙著です)
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