「宗教復興」の大きな流れのなかにある南アジア。本書はインドを中心にネパール、チベット、そして在外インド人まで含め、そのなかで圧倒的な存在感をもっている「聖者」たちと、それを受け入れる側の双方からその動きを描いたものだ。
取り上げられている「聖者」は、大きくわけて二つに分類される。本人自身が「聖性」を帯びている「聖者」と、本人には「聖性」があるという認識がないのにかかわらず「聖者」として崇められる人たちである。
前者は、いわゆる文字通りの「聖者」であり、生き神や化身(=アヴァター)タイプである。具体的にはネパールの生ける女神クマリ、チベットのダライ・ラマ14世、サティヤ・サイ・ババ(・・いわゆるサイババ)が取り上げられている。もちろん本人自身に「聖性」があるとしても、それを受け入れる側における「聖者信仰」が不可欠であることはいうまでもない。
後者には、社会活動家が取り上げられている。具体的には狭義の社会活動家のアンナー・ハザーレー、ヨーガ・マスターのババ・ラームデーヴ、憲法の父でインド新仏教の父となったアンベードカルが取り上げられている。彼らは生き神や化身というよりも、司祭・預言者タイプである。
読んでいて興味深いのは、本人には「聖性」があるという認識がないのにかかわらず「聖者」として崇められる社会活動家たちのほうだ。
アンナー・ハザーレーはガンディーの再来のような存在で、その清廉潔白で倫理的な生き方は、本人の意志にかかわりなく「聖者」として崇められるだけの宗教性を帯びている。あまりにも酷い現代インドの政治の汚職や腐敗に対して、たびたび公開の場での「断食」を実行して、政府に改革を迫り、じっさいに政治を動かしている。
ヨーガ・マスターのババ・ラームデーヴは、健康志向の高まる一般のインド人向けにヨーガを近づきやくした導師(グル)で、聖俗のあわいに存在するインド的な「聖者」である。倫理性には疑問が突くその存在は、社会活動家アンナー・ハザーレーとは真逆のタイプである。
項目として立てられてはいないが、シルディ・サイ・ババ、ヴィヴェーカーナンダ、ガンディーといった「聖者」が本書には登場する。そういった過去の植民地時代のインドの「聖者」と、グローバル資本主義時代の現代インドの「聖者」たちを比較すると、おのずから現代という時代の「宗教復興」の姿がみえてくるわけだ。この点にかんしては、『インドの時代-豊かさと苦悩の幕開け-』(中島岳志、新潮社、2006)を合わせて読むといいだろう。
現代の「聖者」たちは、二項対立の関係にあるグローバリゼーションとナショナリズム、聖と俗、宗教と政治との結節点に存在する。いまという時代の「聖者」がスポーツ選手などカルト的崇拝の対象となる「セレブ」に似てくるのは、ある意味では当然といえるかもしれない。
「近代のなれの果て」に新たな宗教性が拡がりつつあるのは、個人にとってのスピリチュアリティの重要性が増しているからであり、「宗教のるつぼ」というべきインドもその例外ではない。本書には言及がないが、日本生まれのレイキ(reiki)なども現代インドでは人気がある。
タイトルが、『世界を動かす聖者たち-グローバル時代のカリスマ-』となっているが、対象はあくまでも南アジア、とくに現代インドの事例に限定されている。グローバルレベルのカリスマに該当するのはダライラマ14世だけであるが、それ以外の登場人物はインド通でもなければ耳にしない名前である。その意味では面白く読むことが出来た。
個人的には、社会活動家のアンナー・ハザーレーをもっと深掘りすると、現代インドの宗教と政治のかかわりがよく見てくるのではないだろうか、と思う。アンナー・ハザーレーにかんしては、日本語の文献は存在しないようなので、ぜひ著者も含めた誰かに、単行本を書いていただきたいものと思う。
目 次
はじめに
第1章 近代化と聖者
第2章 クマリ-生ける女神の伝統は現代を生き残れるか
第3章 ダライ・ラマ14世-活仏はチベットと世界をつなぐ
第4章 サティヤ・サイ・ババ-奇跡を起こす地上の神
第5章 アンナー・ハザーレー-世俗の活動家が宗教的カリスマを帯びるまで
第6章 ババ・ラームデーヴ-人騒がせなヨーガ・マスター
第7章 アンベードカル-菩薩となった憲法の父
おわりに
参考文献
著者プロフィール
井田克征(いだ・かつゆき)
1973年高崎生まれ。インド・プネー大学への留学を経て金沢大学大学院社会環境科学研究科修了。博士(文学)。現在、金沢医科大学など非常勤講師。専門は南アジア宗教史、ヒンドゥー教思想(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
The lotus leaders Narendra Modi, India's prime minister, leads the world in a demonstration of Indian cultural power (The Economist,Jun 21st 2015 | DELHI | Asia)
・・インドが主催して第一回開催にこぎつけた6月21日の「国際ヨガデー」(International Yoga Day)にかんする記事。インドがその「ソフトパワー」として売り出そうとしている対外的イメージ向上策
(2015年6月24日 項目新設)
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