(ボッティチェルリの「受胎告知」する天使)
「ボッティチェリとルネサンス-フィレンツェの富と美-」(Bunkmura ザ・ミュージアム)に行ってきた(2015年4月2日)。以下、わたしの好みでボッtィチェリではなく、ボッティチェルリと表記する。
サンドロ・ボッティチェルリ(Sandro Botticelli、1445~1510年)は、イタリア・ルネサンスを代表する画家の一人である。
ボッティチェルリといえば「プリマヴェーラ」(春)である。「ヴィーナスの誕生」である。この二つの作品は美術史の教科書には絶対にでてくる名作だ。「春の女神」を描いた作品だ。わたしはこの絵はフィレンツェのウフィッツィ美術館でみた。ちなみにウフィッツィとはイタリア語でオフィスの意味だ。
今回の美術展には「プリマヴェーラ」も「ヴィーナスの誕生」も出品されていないが、「ヴィーナスの誕生」の裸身のヴィーナス像は独立の作品として出品されている。
今回の目玉は、なんといってもフレスコ画の「受胎告知」であろう。もしかして複製(?)かと思ったが、近寄って見てみるとそうではなかった! 説明によれば、このフレスコ画は1920年に壁から切り取られたそうで、ウフィッツィ美術館の所蔵品となっている。この大きなフレスコ画が壁ごと運ばれて展示されているのだ! これは感激である。まさか日本でこのフレスコ画を見ることができようとは!
(チケットはフレスコ画の「受胎告知」 左上に天使、右が聖母マリア)
だが、今回の美術展はたんなる美術展ではない。メインテーマは「ボッティチェリとルネサンス」となっているが、サブテーマが「フィレンツェの富と美」となっていることに注目してほしい。英語のタイトルは、なんと Money and Beauty である。
イタリア・ルネサンスの華であるフィレンツェのルネサンスは、金融業で蓄積されたメディチ家の富があってこそ実現したものであることを展示品で示している。「富と美」は、別の言い方をすれば「経済と文化」となる。すぐれた美術品も貨幣経済のなかで生み出されたものだ。この視点を忘れないことが重要なのだ。
フィレンツェを金融都市たらしめた「フィオリーナ金貨」の実物も展示されている。金の含有量が一定して改鋳されなかったため、通貨としての信用度合いがきわめて高かったという。
そして「モンティ・ディ・ピエタ」というフランシスコ会が運営していた低利融資機関が使用していた木製の金庫も出品されている。いっけん地味な展示品だが、西欧中世の経済史や金融史に関心のある人にとっては意味ある展示品だ。
大学学部で、「中世フランスにおけるユダヤ人の経済生活」なる卒論を執筆したわたしにとって、フィレンツェの経済活動と金融ビジネスにかんする展示がじつに興味深いものであった。わたしが扱った時代は13世紀だが、15世紀のルネサンスまでは時代はまだ中世なのである。
そもそも地中海世界に位置するイタリアの都市国家は、イスラーム世界との交易によって栄えた経済の先進地帯であったがゆえに、実学を中心とした学問が発達している。12世紀から13世紀にかけて活躍したフィボナッチのフィボナッチ数列や、ルカ・パチョーリによる複式簿記など、イタリアが生み出した知的遺産は多い。
万能の天才レオナルド・ダヴィンチについては言うまでもないだろう。
(ボッティチェルリの聖母子像)
今回あらためて感じたのは、ボッティチェルリのパトロンであり、フィレンツェ共和国の全盛期の支配者であったロレンツォ・デメディチが、1492年に死んだという事実が意味するものだ。
奇しくも、フィレンツェ共和国とはライバル関係にあったジェノヴァ共和国の出資によってコロンブスが黄金の島ジパング発見の航海に出帆した年であり、イベリア半島からユダヤ人が追放されたレコンキスタ完成の年でもある。
フィレンツェ共和国が光芒を放ったのは、まさに中世から近代への移行期だったのだ。1492年は、その象徴ともいえる年である。
たんなる美術展ではない、テーマ性のつよい美術展は、さすがイタリア・ルネサンス美術鑑賞にかんしては歴史と蓄積のある日本ならではの企画展だと思う。金融都市国家フィレンツェという環境において見えてくるものがある。
はたしてバブル時代の日本は、フィレンツェのように後世に伝わるような遺産を残したのだろうか?と自問自答したくなるのではないだろうか。
この企画展を見るために東京に来る意味はあるといえよう。残念ながら東京以外での巡回展はない。
<関連サイト>
「ボッティチェリとルネサンス-フィレンツェの富と美-」(Bunkmura ザ・ミュージアム) (公式サイト)
・・2015年6月28日まで
<ブログ内関連記事>
書評 『メディチ・マネー-ルネサンス芸術を生んだ金融ビジネス-』(ティム・パークス、北代美和子訳、白水社、2007)-「マネーとアート」の関係を中世から近代への移行期としての15世紀のルネサンス時代に探る
・・まさにこの美術展の参考書ともいうべき内容の本
500年前のメリー・クリスマス!-ラファエロの『小椅子の聖母』(1514年)制作から500年
・・ラファエロはボティチェルリの次の世代のイタリア・ルネサンスを代表する画家
「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む
書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)
・・この1492年にロレンツォ・デ・メディチが死んでいる
書評 『想いの軌跡 1975-2012』(塩野七生、新潮社、2012)-塩野七生ファンなら必読の単行本未収録エッセイ集
・・ローマ帝国を書く以前はイタリアルネサンスを題材にした作品を多数執筆している塩野七生
600年ぶりのローマ法王と巨大組織の後継者選びについて-21世紀の「神の代理人」は激務である
・・塩野七生の『神の代理人』は、フィレンツェの没落とサヴォナローラに感化された晩年のボッティリェルリを扱っている
16世紀初頭のドイツが生んだ 『ティル・オイレンシュピーゲル』-エープリルフールといえば道化(フール)④
・・同時代のドイツを地中海の先進地帯イタリアと比べると、ドイツが後進地帯であったことは歴然
(2016年2月1日 情報追加)
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