経済予測はよくはずれるが、人口予測はほぼただしいというのは、なんらかの形で将来予測にかかわった人にとってはある意味で常識といっていいだろう。
だが、それがあてはまるのは、国勢調査などの人口統計が整備されて以降の話だ。日本で人口統計が整備されるようになったのは明治時代以降、本格的な国勢調査が行われたのは大正時代に入ってからの1920年である。先進国の欧州でも19世紀になってからのことであり、世界でいちばん早く取り組んだのがナポレオン時代のフランスである。
では、人口統計が整備される以前はどうだったか、それを研究する学問が「歴史人口学」である。人口という切り口から歴史を捉えようという、あたらしい歴史学の方法論である。
『歴史人口学で見た日本』(速水融、文春新書、2001)は、日本における「歴史人口学」の開拓者で第一人者が、みずからの学問歴を振り返りながら、歴史人口学との出会いと、「徹底的に一般庶民の観察に基礎をおいたボトムアップの歴史学」(著者)の醍醐味を語った一冊である。
「歴史人口学」が生まれたのは20世紀後半のフランスである。カトリック国のフランスでは、教会が信者管理のために作成する「教区簿冊」があり、そこに記載された家族の記録を分析することが歴史人口学に誕生につながった。その結果、国勢調査が開始される以前の17世紀から19世紀の解明に道が開かれることとなる。
「教区簿冊」に該当するのは、日本では江戸幕府が諸藩に作成させた「宗門改帳」(しゅうもん・あらためちょう)であった。もともとは江戸時代にキリシタンが禁制になってから作成されたものである。「宗門改帳」は、実質的に民衆調査のための台帳となっており、現在の戸籍原簿や租税台帳の役割も果たしていた。
著者はこれに目をつけ、日本各地に残っていた「宗門改帳」の探索とその分析を開始した。
著者のいう「遠眼鏡」、すなわちマクロ的にみれば、江戸時代中期の人口は、約3,000万人と推計される。最初の100年で約2倍に増大している。江戸時代には全国国別人口調査が行われており、その間に3回の人口危機が発生している。享保の飢饉、天明の飢饉、天保の飢饉である。大飢饉、凶作、疾病の流行で人口が減少した。現在は総人口が1億人を超えているので3倍以上になったといえる。平時での減少が始まっているのだが。
歴史人口学の醍醐味は、著者のいう「虫眼鏡」、すなわちミクロの視点からの精緻な分析から発見された事実にある。
著者たちの分析によって(・・データ収集と分析はチームでなければできない仕事だ)、江戸時代の庶民の家族の姿や暮しぶりがくっきり浮かび上がってきた。例えば、17世紀の諏訪地方では核家族が増えた結果、人口爆発が起こっていること。18世紀の美濃では結婚して数年の離婚が多いこと、京都や大坂に出稼ぎに出たまま戻らない人も結構いたことなど、われわれが江戸時代にもっていた常識をくつがえすような事実が明らかになる。
著者が提唱した「勤勉革命」もまた、歴史人口学の成果の一つである。
同時代の欧州の「農業革命」や「産業革命」においては生産性向上は資本投下によって行われたが、江戸時代の日本では投下労働量の増加によって行われている。これだけみると労働強化という印象を受けるが、かならずしもそうではなく、働けば働くほど農民の取り分が増える仕組みであったからこそ、自発的に働くというインセンティブが働いたのである。農民が自営業者であることが前提にあるが、収入の増加が消費の活性化をもたらしたこともまた否定できない。
さらに興味深いのは、「3つの家族・人口パターン」である。
「宗門改帳」などで家族や人口のあり方を見ると、大きく東北日本、中央日本、西南日本の3つのタイプに分けて考えることができると著者は主張している。東北日本はアイヌ・縄文時代人、中央日本は渡来人・弥生文化、西南日本は東シナ海の海洋民となる。この3分類は、フォッサマグナを境にした東日本と西日本という2分類よりも、よりくっきりと違いが明らかになるといっていいのではないだろうか。
江戸時代の「宗門改帳」は、かなり同化・混血が進んだとはいえ、いまだ近代の法的強制力をもった改変以前の社会、とくに家族のあり方を的確に示してくれる史料である(P.198)
明治維新は薩長土肥という「西南雄藩」が主導の革命だが、財政改革によって強化された経済を背景にした西日本の「人口圧力」が明治維新の主動力になったという「仮説」も興味深い(P.125)。人口が増大したのは北陸と西日本の大都市であり、同時代の関東地方や近畿地方には、そういった人口圧力は存在しないようなのだ。
少子高齢化の影響が顕在化している現在、人口でものを考えることが常識となってきたが、同様に近代以前の日本を人口で考えることは、きわめて興味深い。
人口だけですべてを説明できるわけではないが、人口でものを考えることはきわめて重要である。その意味では、前近代と近代以降を連続的に捉える道を開いてきた歴史人口学の成果はきわめて大きいといえるだろう。
目 次
まえがき
第1章 歴史人口学との出会い
第2章 「宗門改帳」という宝庫
第3章 遠眼鏡で見た近世-マクロ史料からのアプローチ
1. 全国国別人口調査
2. 江戸初期の人口
第4章 虫眼鏡で見た近世-ミクロ史料からのアプローチ
1. 諏訪地方の場合
2. 濃尾地方の場合
3. 美濃国西条村の場合
4. 都市の場合
第5章 明治以降の「人口」を読む
1. 明治の人口統計
2. 人口統計の確立者・杉享二
3. 近代化と病気
第6章 歴史人口学の「今」と「これから」
1. 世界の現状
2. 問題点と今後
3. 新しい歴史学の創造
歴史人口学史料・研究年表
参考文献
著者プロフィール
速水融(はやみ・とおる)
1929年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。経済学博士。日本常民文化研究所研究員、慶応義塾大学教授、国際日本文化研究センター教授を経て、現在、麗沢大学教授。専攻は日本経済史、歴史人口学。2000年、文化功労者に顕彰される。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
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