イスラム教では、『コーラン』(*正式には「クルアーン」)は、預言者ムハンマドがアッラーから預かった「神のことば」だとされている。
神のことばである『コーラン』は、預言者ムハンマドの言行録である『ハディース』とあわせてイスラム教の「聖典」となっているが、それぞれ矛盾する内容の文言がそのなかに記されている。
全体の文脈を無視して、特定の文言を文字通りに受け取る「イスラム主義者」がいる。異教徒に対するテロや戦争も辞さない、「アルカーイダ」や「自称イスラム国」などのメンバーがその極端な典型だ。
その一方、自分が生きている時代と、自分が置かれている環境とうまく折り合いをつけるため、聖典を部分ではなく全体として捉え、1人1人が自分らしく生きるために、柔軟でリベラルな聖典解釈を試みている者もいる。その解釈の範囲は、男女平等や LGBT などにも及んでいる。
上記の二者は、いずれもムスリムのなかではマジョリティというわけではないが、後者のリベラル的解釈者について全面的に取り上げて紹介しているのが、『リベラルなイスラーム 自分らしくある宗教講義』(大川玲子、慶應義塾大学出版会、2021)という最近でたばかりの本だ。
ムスリムがマイノリティとなっている「近代社会」でどう生きるべきか、その指針を聖典解釈をつうじて展開している人たちについての紹介である。英国や米国などの英語圏で活動するムスリム指導者に見られる傾向だという。
この本を読むことにしたのは、前著である『イスラーム化する世界 グローバリゼーション時代の宗教』(平凡社新書、2013)がひじょうに興味深い内容だったからだ。前著では、世界各地の実践者が紹介されていたが、本書ではパキスタンやインドなど、大英帝国の旧植民地であった南アジア出身者が多く取り上げられている。
パキスタンはムスリムがマジョリティだから当然だが、なぜインドなのか?
インドは現在でも全人口の1割にあたる1億人超がムスリムであり、ムスリムはインド社会でマイノリティとして「共生」することを余儀なくされてきた。その経験が、ある種の先行事例として、リベラル的な聖典解釈をインスパイアしているようなのだ。
興味深いのは、そうしたリベラル的聖典解釈に影響を与えている源泉の1つが、「非暴力」思想を実践した「インド独立の父」ガンディーにあるのだという。
ガンディーは、ヒンドゥー教の聖典『バガヴァッド・ギーター』の徹底的な読みをつうじて、「非暴力的抵抗」の理論と実践を練り上げたのである。
『ギーター』も『コーラン』も、あるいは『旧約聖書』もみな、敵に対する攻撃的で暴力的な文言と、他者に対する寛容を説いた文言の両方が混在している。
聖典というのものは、みな「二面性」をもっているのだ。だから、特定の文言を「つまみ食い」的に取り上げることには、大きな危険がともなう。
特定の文言に焦点をあてるのではなく、聖典を全体として捉え、文脈(コンテクスト)を理解したうえで適切な解釈を導く試み。
そんな試みを実践してきた指導者たちがいることを知ることは、「イスラム化する世界」のなかで生きることになる「非ムスリム」にとっては、ある種の安心感を与えてくれるものがある。
願わくば、「イスラム主義」的な聖典解釈が支配的なものとならず、リベラル的な解釈がメインストリームとなっていってほしいものだ。
もちろん、実際にはそう簡単なものではないことは、よくわかっている。たとえそうだとしても、「共生」のための不可欠なマインドセットとなっていくこととを期待したいのである。
目 次ガイダンス第1講 どうして聖典が重要なの?― クルアーンの力第2講 クルアーンは戦争を命じている?― 聖典の表と裏第3講 平和を説くムスリムって?― インドでの模索第4講 クルアーンはテロに反対している?― ムスリム国際NGOの挑戦第5講 女性は離婚を言い出せない?― 宗教マイノリティと男女平等第6講 同性愛者は認められる?― 英国紙ガーディアンのクルアーン解釈最終講 リベラルなイスラーム― 人類の共生する世界註講義を終えて― あとがきに代えて参考文献
著者プロフィール大川玲子(おおかわ・れいこ)明治学院大学国際学部教授。イスラーム思想専攻。 ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)修士号取得。 東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。文学博士。著作に、『クルアーン 神の言葉を誰が聞くのか』(慶應義塾大学出版会、2018年)、『チャムパ王国とイスラーム カンボジアにおける離散民のアイデンティティ』(平凡社、2017年)、『イスラーム化する世界 グローバリゼーション時代の宗教』(平凡社新書、2013年)などがある。(著者略歴は書籍刊行時のもの。出版社サイトより)
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