2021年10月16日土曜日

記録映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』(2020年、日本)-「熱情」と「言霊」という2つのことばが残響を残し続ける

(公式サイトより)

 『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』(2020年、日本)を amazon prime でようやく視聴。「伝説の討論会」をはじめて映像で見た。108分。 

1968年5月13日に開催された「伝説の討論会」の映像が残されているのは、TBSのカメラが入っていたから。すでに70歳台前半の全共闘の元関係者が「ライトがまぶしかった」と証言している。 その原盤フィルムが発見されたことが、この記録映画の公開につながった。


「対決」として始まったはずの討論会は、「天皇」というただ一点の相違をのぞいて、共通性を確認して終わる。「盾の会」という極右は、新左翼の「全共闘」という極左は、「反米ナショナリズム」という点でおなじだったわけだ。「反対物の一致」だな。

「反知性主義」(・・「反アカデミズム的」という本来の意味で使用されている)においても、丸山真男に対する態度で両者は共通している。 

三島由紀夫が会場に残した「熱情」と「言霊」という2つの「ことば」が残響を残し続けている。この余韻は、50年を経た現在でも残っている。関係者の記憶だけでなく、映像記録として残ったことによって、その場に追居合わせなかった人びとの心にも。 

 
三島由紀夫は、東大の討論会の前に、一橋でも討論会を行っていたことを今回はじめて知った。 先にもみたように、「東大全共闘」は1968年当時かがやいていたブランドの一つであり、TVメディアも情報価値ありと認識していたから、映像が残されたわけだ。

三島由紀夫と全共闘。ともに1968年前後という時代を象徴する存在であった。




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■1970年前後という時代

沢木耕太郎の傑作ノンフィクション 『テロルの決算』 と 『危機の宰相』 で「1960年」という転換点を読む
・・遅れてきた右翼少年によるテロをともなった「政治の季節」は1960年に終わり、以後の日本は「高度成長」路線を突っ走る。「世界の静かな中心」というフレーズは、 『危機の宰相』で沢木耕太郎が引用している三島由紀夫のコトバである。

映画 『バーダー・マインホフ-理想の果てに-』(ドイツ、2008年)を見て考えたこと
・・三島由紀夫と同時代の1960年代後半は、日本でもドイツでもイタリアでも「極左テロの季節」であった

書評 『高度成長-日本を変えた6000日-』(吉川洋、中公文庫、2012 初版単行本 1997)-1960年代の「高度成長」を境に日本は根底から変化した
・・「日本はなくなって、その代はりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目のない、或る経済大国が極東の一角に残るのであらう。それでもいいと思ってゐる人たちと、私は口をきく氣にもなれなくなってゐるのである。」(三島由紀夫)


ユートピアと革命幻想の終焉

「ユートピア」は挫折する運命にある-「未来」に魅力なく、「過去」も美化できない時代を生きるということ
・・「三島由紀夫が「盾の会」の制服を、辻井喬(=堤清二)の西武百貨店に依頼してつくってもらったことが『ユートピアの消滅』に回想されているが、この二人は主義思想の違いを超えて親しかったというだけでなく、同質の人間として、同じような志向を逆向きのベクトルとして共有していたというわけなのだ。つまり二人とも絵に描いたような「近代人」、しかも「近代知識人」であったということだ。」



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