本の整理をしていたら、読みかけのままほったらかしにしていた本が出てきた。
『「日本人」といううそ-武士道精神は日本を復活させるか』(山岸俊男、ちくま文庫、2015)という本。カバーのイラストには笑ってしまうが、タイトルもなかなか刺激的だ。
なぜ読みかけのままほったらかしになっていたのか不明だ。自宅のなかだが、立ち読みしてたら面白いので、7年後の今回は今度は最後まで読んでしまった。
著者は社会心理学の研究者。この文庫本の初版は2008年に出版されているようだが、たしかにこの頃、わたしはこの著者の本を『信頼の構造ーこころと社会の進化ゲーム』(東京大学出版会、1998)という専門書も含めてかなり読んでいる。
心理学の実験をつうじて、「信頼」と「安心」が根本的に違うことを示したのが、著者の最大の功績だろう。信頼をベースにした社会と、安心に依存した社会の違い。この違いはきわめて大きい。
著者の主張は、2000年代に入った日本は「安心社会」が崩壊したにもかかわらず、いまだ「信頼社会」への移行が進んでいないというもの。いまだに企業の不祥事が絶えない理由もそこにあると見る。
詳しくは、ぜひ読んでみてほしいと思うが、「お家大事」意識の消えないコミットメント型の日本企業で不祥事が絶えないのに、「武士道精神」の強化で対応可能などといううのは、まったくの勘違いであるどころか、かえって事態を悪化させかねない。
意外に聞こえるかもしれないが、江戸時代に確立した「武士道精神」とは、あくまでも「お家大事」の精神構造であって、お家を守るためには、外部には平気でウソをつけるというものだ。
江戸時代の武士は「役人」であった。 この武士道精神の対極にあるのが商人道。石田梅岩の「石門心学」に代表される「商人道」は、いわば「市場の論理」を体現したものであり、「統治の論理」を体現した「武士道精神」とは真逆の存在なのだ。商人にとっては、なによりも「信用」が大事なのである。
という風に書くと、ちょっとむずかしく聞こえるかもしれないが、日本人がこの激変する世界のなかで、個人として、集団として生きるためにはどうしたらいいのか、文庫版の出版から7年、初版から14年たたいまでも、読む価値は大いにあるといえるだろう。読みやすくて、ためになる内容だ。
「いまの世の中はなっておらん。むかしの武士は・・」などと「武士道」など持ち出してくる人間がいたら、そういう話を聞き流すためのマインドセットをもつことが必要。そのためにも、ぜひこの著者の本はあらためて読むべきであると思う。
わたしも武士の末裔であるが、ビジネスパーソンである。したがって、当然のことながら「商人道」に軍配をあげる。
目 次まえがき第1章 「心がけ」では何も変わらない!第2章 「日本人らしさ」という幻想第3章 日本人の正体は「個人主義者」だった!?第4章 日本人は正直者か?第5章 なぜ、日本の企業は嘘をつくのか第6章 信じる者はトクをする?第7章 なぜ若者たちは空気を読むのか第8章 「臨界質量」が、いじめを解決する第9章 信頼社会の作り方第10章 武士道精神が日本のモラルを破壊するあとがき文庫版あとがき
著者プロフィール山岸俊男(やまぎし・としお)社会心理学者。1948年名古屋市生まれ。2018年没。一橋大学社会学部、同大学大学院を経て、1981年ワシントン大学社会学博士。北海道大学助教授、ワシントン大学助教授、北海道大学大学院文学研究科教授を経て、一橋大学国際経営戦略研究科特任教授。2004年紫綬褒章受勲、2011年北海道大学名誉教授、2013年文化功労者。心と社会の関係について、総合的に研究を進めている。著書に、『信頼の構造』(東京大学出版会、日経・経済図書文化賞受賞)等多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに加筆)
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