『大地の五億年 ー せめぎあう土と生き物たち』(藤井一至、ヤマケイ文庫、2022)を読了。2015年に初版がでた新書本の増補新版だという。帯に推薦のことばを寄せている池内紀氏はすでにいまは亡い。
土にかんする本でありながら、ベストセラーになっているのだということは、最近になってから知った。土についての本を読むのは、『土の科学 - いのちを育むパワーの秘密』(久馬一剛、PHPサイエンス・ワールド新書、2010)を読んで以来だ。
面白いという話を聞いたので、読んでみたいと思った次第。実際、読んでみて面白かった。途中から一気に読み終えた。掲載されている写真がほぼすべてカラーという文庫版にしては豪華版である。
地球が誕生してから46億年、土が生まれてからまだ5億年しかたっていない。
その土がいかなるものであり、いかにして土がつくられてきたか、世界中を20年以上にわたって調査しまくってきた土壌学者の著者が、その豊富な知見ともてる雑学のすべてをぶち込んで書かれた渾身の1冊である。これほど「文理融合」が徹底した本もめずらしい。その7年後の増補新版だ。
土壌は地質学であり、微生物学でもあり、植物学でもあり、動物学でもあり、生態学であもあり、化学でもあり、地球環境問題でもある。
(図0-0 5億年の生物と土の共進化。植物が土を生み、土が動植物を育む)
地球史の46億年にくらべたら、土が生まれてからの5億年というのは短く感じられるが、その5億年のあいだに、生物と土が共進化してきたのである。植物が土を生み、土が動植物を育むという関係だ。
その土を利用して人間が農業をはじめたのは、1万年前のことである。
土壌の性質に応じて、人間はその土壌に適合した作物を栽培し、人口を増やしてきた。メソポタミアのような乾燥地帯では小麦が、日本のように雨の多い地域では稲が栽培されてきた。
雨が多いと土壌が酸性になりがちなので、乾燥地帯とはまた違った対応が必要になる。水が豊富だからこそ稲作が適合しているのである。水があればそれでよいというわけではない。
微生物と植物、そして動物と人間が織りなしてきた土の5億年。この自然環境のなかで繰り広げられてきた循環に大きな変化が生じ始めたのが、産業革命以降のことだ。生産性向上のために肥料を大量使用し、しかも100年前には化学肥料の誕生によって、さらに劇的に変化した。
ハーバー・ボッシュ法による窒素固定の発明は化学肥料の量産を可能とし、食料生産を増大させたことで人口増大を支えてきたが、いまや曲がり角にきている。このことは、先に読んだ『土を育てる ー 自然をよみがえらせる土壌革命』(ゲイブ・ブラウン、服部雄一郎訳、NHK出版、2022)にも詳しいが、日本農業にとっても大きな課題である。
足下の大地は土であるが、農業のための土は、たんあんる土ではない。土壌である。土は英語でいえば earth であり dirt であるが、 土壌は soil である。土壌は、微生物と植物、そして動物が「せめぎあう共生関係」によってつくられてきたものだ。
その土壌を人間は利用してきたわけだが、人間もその循環構造の一部だという意識をもつことが、脱近代に生きるわれわれにとって大事なことなのだと、あらためて感じている。母親から生まれ、死ねば土に還るのが人間だ。微生物によって分解されて土に還る。その土で育った植物を食べ・・・。
人間だけが特権的立場にあるというマインドセットは、無意識レベルなのでなかなか捨てるのがむずかしい。とはいえ、人間もまた環境の一部だということは意識しておきおたい。もちろん、人間だからこそできることがあるので、意識的な取り組みも必要だと痛感している。
それにしても、土というテーマでこれだけの本は、なかなかないのではないか。まさに「文理融合」の成果というべきだが、土壌学という地味な学問に光をあてることに成功したという点においては、著者の努力は大いに報われたというべきだろう。
それにしても、地球史の46億年、土ができてから5億年、農業がはじまってから1万年、化学肥料が登場してから100年。その時間の長さと、現在に近くなればなるほどスピードが速くなっていること、いやあまりにも速すぎることに驚きを禁じ得ない。
いちど壊してしまった土壌は、そうかんたんに原状回復することはない。そのことは何度強調しても強調しすぎることはない。誰もがこのことを意識すべきなのだ。
目 次まえがきプロローグ 足元に広がる世界生き物が土を生んだ旅をはじめる前に第1章 土の来た道:逆境を乗り越えた植物たち地球に土ができるまで大陸移動とシダの森樹木とキノコの出会いジュラシック・ソイル砂上の熱帯雨林氷の世界の森と土奇跡の島国・日本第2章 土が育む動物たち:微生物から恐竜まで栄養分をかき集める生き物たち腸内細菌の活躍土と生き物をつなぐ森のエキス・溶存有機物栄養分のキャッチボール第3章 人と土の1万年土に適応したヒト水と栄養分のトレードオフ古代文明の栄枯盛衰は土次第酸性土壌と生きるには田んぼによる酸性土壌の克服里山とフン尿のリサイクル人口増加と土壌酸性化を加速させたハーバー・ボッシュ法第4章 土のこれから土を変えたエネルギー革命木材を輸入する森林大国・日本窒素まみれの日本ポテトチップスの代償味の好みが土を変える納豆ごはんと水田土壌土が照らす未来適応と破滅の境界線あとがき文庫版あとがき参考文献
著者プロフィール藤井一至(ふじい・かずみち)土の研究者。1981年富山県生まれ。 2009年京都大学農学研究科博士課程修了。京都大学博士研究員、 日本学術振興会特別研究員を経て、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所主任研究員。 専門は土壌学、生態学。 インドネシア・タイの熱帯雨林からカナダ極北の永久凍土、さらに日本各地へとスコップ片手に飛び回り、土と地球の成り立ちや持続的な利用方法を研究している。 第1回日本生態学会奨励賞(鈴木賞)、第33回日本土壌肥料学会奨励賞、第15回日本農学進歩賞受賞。『土 地球最後のナゾ』(光文社新書)で河合隼雄賞受賞。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
・・「土壌は、もっぱら農業や園芸の対象であるが、同時に地質学でもあり、微生物学でもあり、植物学でもあり、動物学でもあり、化学でもあり、地球環境問題でもある」
書評『毒ガス開発の父ハ-バ- ー 愛国心を裏切られた科学者』(宮田親平、朝日選書、2007)ー 平時には「窒素空中固定法」で、戦時には「毒ガス」開発で「祖国」ドイツに貢献したユダヤ系科学者の栄光と悲劇
・・植物の生長に必須の窒素を化学的に製造する方法を確立した「ハーバー・ボッシュ法」
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