『シン・日本の経営 ー 悲観バイアスを排す』(ウリケ・シェーデ、渡部典子訳、日経プレミアシリーズ、2024)という本を読んだ。今年(2024年)今月の新刊である。
「シン~」なんて、なんだか流行り物風のタイトルだが、内容はいたってまともだ。米国の大学のMBAコースで教えているドイツ人研究者によるもの。『再興 THE KAISHA』(2022年)の内容を、日本の読者向けに書き直したものだそうだ。
内容は一言でいえば、副題の「悲観バイアスを排す」にあるといっていいだろう。とかく日本人は悲観論を口にしがちだが、実体はかならずしもそうではない。
「失われた30年」と日本国内では言い続けられてきた。だが、マクロ経済の状況は別にして、ミクロの個別企業の注目すれば、意外と日本企業は強いのである。
「グローバルな最先端技術の領域で事業を展開する機敏で賢い数多くの企業」について取り上げた「第4章 優れたシン・日本企業に共通する「7P」がとくに興味深いものがあった。
取り上げられた企業は、上場企業が中心であるが一般にはあまり知られていない企業が大半である。これらの企業について知ることは、日本人にとっては意味あることだといっていい。著者は言及していないが、B2B(=法人向けビジネス)に特化したハイテク企業、いわゆる「京都モデル」の企業と重なるものがある。
本書のキーワードは、軸足を中心に方向を変える「ピボット」(pivot)である。これはバスケットボール用語を援用して、国際政治の世界でつかわれはじめた概念だが、経営学で言い換えれば、主力事業を深化させながら新規事業の探索を行う「両利きの経営」(ambidexterity)となる。これらの経営概念をつかった説明も明解だ。
もちろん、言うは易く行うは難し。実行することは容易ではないだろう。企業経営についての議論だが、個人のキャリア戦略にも応用可能だろう。そんな読み方もできるのではないか。
このほか「ディープテクノロジー」(deep technology)という概念も興味深い。この概念でハイテク分野を分類すると、日本やドイツは、米国やイスラエルとは対照的な存在であることが示されている。後者は「シャローテクノロジー」(shallow technology)となる。「深くて遅い」に対して「浅いが速い」。
つまるところ、ことさら日本を前面に出す必要はないが、日本には日本のやり方があり、みずからの特性にもとづき、強みを活かすべくみずからの道を進むべきであって、シリコンバレーの猿真似などする必要はまったくないということだ。当然といえば当然である。
本書は、日本褒め本ではない。日本人自身が気づいていないが、変化に向けての大きな動きが進行していることを、日本人自身が知ることが大事だと述べている本である。
自分自身を虚心坦懐に観察することはきわめてむずかしい。だからこそ、他者の目、とくに外部の目をつうじて観察することの意味がある。もちろん、それが絶対にただしいものではなくても、参考にする意味はあるだろう。
ただし、帯に記された「これは21世紀版「ジャパン・アズ・ナンバーワン」だ」という推薦のことばはミスリーディングのような気がする。著者の意図とは異なるのではないか?
エズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(1979年)が「褒め殺し」本だったことを忘れてはいけない。結果として日本人の増長を招いて自滅を誘発した本だったことを。
むしろ引き合いにだすべきは、アベグレン博士だったのではないか?
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目 次はじめに 本書のメッセージ第1章 再浮上する日本第2章 2020年代は変革の絶好の機会である第3章 「舞の海戦略」へのピボット第4章 優れたシン・日本企業に共通する「7P」第5章 「舞の海戦略」の設計第6章 日本の「タイト」なカルチャー ― なぜ変化が遅いのか第7章 日本の企業カルチャー ― タイトな国でいかに変革を進めるか第8章 日本の未来はどうなるのか ― 日本型イノベーション・システムへ第9章 結論 「シン・日本の経営」の出現
著者プロフィールウリケ・シェーデ(Ulrike Schade)米カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル政策・戦略大学院教授。日本を対象とした企業戦略、組織論、金融市場、企業再編、起業論などが研究領域。一橋大学経済研究所、日本銀行などで研究員・客員教授を歴任。9年以上の日本在住経験を持つ。著書に The Business Reinvention of Japan (第37回大平正芳記念賞受賞、日本語版:『再興 THE KAISHA』2022年、日本経済新聞出版)など。ドイツ出身。
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