2025年2月16日日曜日

『法句経(ダンマパダ)』と『自己信頼』(エマソン)ー「自己」(セルフ)を信頼することが大事であり、究極的に「自力」は「他力」と融合する



「大乗仏教」(マハーヤーナ)「上座仏教」(テーラヴァーダ)。この両者は、なにがどう違うのか? 

前者は東アジアとヒマラヤ越のチベット、後者はもっぱら南アジアのスリランカと東南アジアで栄えている。

典型的に異なるのは、上座仏教の世界は基本的に「自己救済型」、つまり「自力本願」だということだ。上座仏教は、ブッダの言行録をもとにした「初期仏教」にもっとも近い。キリスト教のアナロジーをつかえば、原始キリスト教に戻れと説いたプロテスタントと考えればよいだろう。

大乗仏教は、日本の浄土真宗がその典型であるが「他力本願」を旨とする。後者の「他力本願」のほうがより宗教性が強いが、実践倫理としては前者の「自力本願」は、「自己信頼」(あるいは「自恃」)に近いといえる。

この点を、初期仏教経典を見ることで確かめてみよう。

初期仏教経典には、先にも紹介した中村元訳で『ブッダのことば』と題された『スッタニパータ』のほか、『ダンマパダ』がある。日本では大正時代以降はじめて、原文のパーリ語から翻訳され、『法句経』(ほっくぎょう)として知られてきた。




『ダンマパダ』は、四行詩といってもいい韻文で書かれている。たとえばこういう一節がある。出典は、『法句経』(友松円諦訳、講談社学術文庫、1985)友松円諦は、浄土宗出身で「真理運動」の推進者であった。

おのれこそ  おのれのよるべ
おのれを措きて 誰によるべぞ
よくととのえし おのれにこそ
まことにえがたき よるべぞを獲ん
(友松円諦訳)


文語体でリズミカルな日本語訳である。わたし的にはこの訳がもっとも好きだ。

とはいえ、文語体になじまない人もいるだろう。口語体のもので現在もっとも流布しているのは、中村元による訳であろう。出典は『ブッダの真理のことば・感興のことば』(中村元訳、岩波文庫、1978)


自己こそ自分のあるじである。
他人がどうして自分のあるじであろうか? 
自己をよくととのえたならば、
得難きあるじを得る。
(中村元訳)


参考のために英訳もつけておこう。『ダンマパダ』はもっとも西洋語に翻訳された経典であるといわれる。


You are your only master.
Who else?
Subdue yourself,
And discover your master.
(Thomas Byron 訳)


出典は、Dammapada The Sayings of Buddha、Shambala Publication, 1993)。アメリカ人大学教授で仏教者となったラム・ダスによる序文がついている。

上記に引用した一節は、エマソンの「自己信頼」とおなじことを説いているといってよいだろう。太字ゴチックで下線を引いたフレーズ、「おのれこそ おのれのよるべ」「自分こそ自分のあるじ」「You are your only master.」は、みなおなじことを言っている。

世界的な仏教学者で比較思想の研究者でもあった中村元は、『自己の探究』(青土社、1980)でつぎのような指摘をしている。

「自己に頼る」という思想を打ち出したのは、西洋哲学ではエマソンが例外的なのだ、と。

エマソンが自分の思想に近いとして、東洋思想に大いに共感したのは、そういうところにあったようだ。「自己信頼」は、ブッダの思想にきわめて近い。




■鈴木大拙の「日本的霊性」において禅と浄土は一体化する

瞑想法ひとつをとっても、座禅を重視する禅宗はいっけん「自力本願」に見えるが、じつはそうではない。『般若心経』を重視する大乗仏教のど真ん中にあることを忘れるべきではない。そしてその背後には『華厳経』の世界観があることも。

これまた世界的な仏教学者で禅仏教を世界にひろめた鈴木大拙は、禅と結びつけられて論じられることが多いが、戦前は浄土真宗系の大谷大学で教鞭をとっており、「妙好人」の研究をつうじて浄土真宗にも造詣の深い人だった。学習院時代の弟子の柳宗悦は、浄土真宗に「民藝」の基盤を見ていた。

鈴木大拙の『日本的霊性』は、禅仏教と浄土仏教という、鎌倉時代の日本で花開いた新仏教に日本人の霊性(スピリチュアリティ)の根源を求めている。

「自力」は「他力」であり、「他力」は「自力」なのである。二律背反にみえる現象だが、目指すべき最終目的地はおなじである。

かの有名なフレーズ「人事を尽くして天命を待つ」とは、そのことを意味している。

「自力」によって「人事を尽く」したからこそ、「天命を待つ」という「他力」によって救われることになる。

「自力」なくして「他力」はないが、間違っても「自力」ですべてが成就するなどとは考えてはいけないのだ。これは西洋的合理主義のワナと言わねばならない。


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