昨年2024年に出版された『ナチズム前夜 ー ワイマル共和国と政治的暴力』(原田昌博、集英社新書、2024)を読了。 400ページ弱と新書本にしてはボリュームがあるだけでなく、警察記録という一次資料を縦横に引用した濃厚な内容でもあるので、読み終えるまで足かけ3日もかかってしまった。
著者自身も「あとがき」で触れているように、この時代を描いた先行作品には『ワイマル共和国 ー ヒトラーを出現させたもの』(林健太郎、中公新書、1963)というロングセラーの名著がある。
『ワイマル共和国』は、わたしも大学受験を前にした高校3年のとき、大いに引き込まれながら読んでいる。ナチス党とヒトラーという怪物は、その他のなにものでもない民主主義のなかから生み出されたのだ、と。 その後、大学に入学してからも、しばらくはこのテーマに多大な関心を抱きつづけて政治学の授業など受講している。
本書は、そのおなじ時代をおなじく政治史ではあるが、「政治的暴力」に焦点をあて、さらに社会史的なアプローチも加えて、立体的に描き出そうとした作品だ。
「ワイマール憲法」という現代にもつながる民主的な憲法のもと、「ワイマール文化」が花開いたワイマール共和国の16年間であったが、本書を読むと最初から最後まで暴力が内在化された時代であったことがわかる。敗戦後のドイツでは、武器は簡単に入手することが可能だったのだ。
著者は、「ワイマール時代」を3期にわけて整理を行っている。
まずは、1918年に始まる第一次世界大戦の敗戦後の混乱期。この時期は、「体制転覆型暴力」が支配した時代だ。極左勢力による暴力を鎮圧することで体制の安定化が図られることになる。
だが、いっけん安定していたかに見える期間も、「党派対立型暴力」が日常化していたのである。とくに街頭と酒場を中心にした共産党とナチス党の激しい対立は、小競り合いにとどまらず銃撃戦まで行われていた。
そして、米国で始まった「大恐慌」によって経済が悪化し、ワイマール体制のもとで議会制民主主義が機能不全化していくなかで、選挙で第一党となったナチス党が1933年に政権を取る。
著者は、ナチス党が幅広い階層に支持層を拡げ、当時のドイツではほぼ唯一の「国民政党」となっていたことを指摘している。縦軸と横軸の浸透工作は、街頭における暴力と不平不満の吸い上げという非暴力的手段を組み合わせたものであった。
法治国家の枠組みのなかで、なし崩し的に権威主義体制と独裁体制が確立されていったわけだが、そのプロセスにおいては、同時並行的に「国家テロ型暴力」が猛威をふるったのであった。
著者は「政治的暴力」をめぐる状況を「扇状地モデル」で説明している。
警察や軍隊によって暴力が一元的に管理される国家権力のもとにあっても、問題解決手段としての暴力の誘惑は消えてなくなることはない。表面には現れなくても、伏流水のように潜在化しているのである。
図式的に整理すれば以上のようになるが、それにしても民主主義と暴力との関係は、かなり根深いものがあるということだ。
いまから100年前の事象であるが、2020年代の現在視点からさまざまな教訓を見いだすこともできるだろう。安易な比較は禁物だが、比較によって共通点を見いだすだけでなく、相違点についても留意しながら振り返ることが必要だ。
さらに重要なことは、その時代に生きていた「当事者」であれば、どう考え、どう振る舞ったであろうかという想像することだ。歴史における「現在」という視点である。 当事者はその後の展開を知ることなく日々の生活を送っていた、そういう視点である。
このテーマで集英社新書だから、左派リベラル派的な内容かもしれないなと思いながらも読み出したが、意外なことに著者は党派性に囚われることなく、歴史家として冷静かつ公平な態度を貫いていた。その意味でも大いに評価できる。
民主主義と暴力の関係は古くて新しいテーマだが、「ワイマール共和国の崩壊」はけっして過ぎ去った過去の話ではないのである。
目 次凡例/略語一覧序章 ワイマル共和国と政治的暴力第1章 暴力で始まった共和国 ― 共和国前期の政治第2章 街頭に出ていく政治第3章 市中化する政治的暴力第4章 頻発化する政治的暴力第5章 日常化する政治的暴力第6章 ワイマル共和国の終焉終章 「ワイマル共和国」を考えるあとがき表/地図/関連年表/註主要参考・引用文献著者プロフィール原田昌博(はらだ・まさひろ)1970年生まれ。鳴門教育大学大学院学校教育研究科教授。1999年、広島大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(文学)。専門はドイツ現代史。著書に『ナチズムと労働者――ワイマル共和国時代のナチス経営細胞組織』(勁草書房)、『政治的暴力の共和国――ワイマル時代における街頭・酒場とナチズム』(名古屋大学出版会)など。
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