イタリア旅行にいくなら、直行便があるので直接ローマに入ってしまえばいい。イタリアは、首都ローマを中心に交通体系が設計されているので、理にかなっている。
イタリア一国だけを回る熱心なイタリア好きなら、それはベストな選択だといえる。ビジネス目的なら、いきなりミラノに入ってしまうということもあろう。
だが、陸路で国境を超えることがそれほど困難ではないので、隣国からイタリアに入るのも悪くない。
ただし、EU圏内であっても日本人は非EU市民(Non-EU Citizen)なので、シェンゲン条約は適用されないことは念頭に置いておかなくてはならない。
自分の場合は、2回ともオーストリアのウィーンを起点にしていたが、約100年前にイタリアを回った若き哲学者は、フランス南部の地中海沿岸からイタリアに入って、アルプスからスイスに抜けている。
その若き哲学者とは、和辻哲郎のことだ。倫理学を中心とした業績は多岐にわたるが、一般によく知られているのは『古寺巡礼』と『風土』という著書だろう。わたしは、この2冊は大学時代に読んでいる。
そんな和辻哲郎には、『イタリア古寺巡礼』(岩波文庫、1991)という著作もある。当時38歳だった和辻が、1927年(昭和2年)の年末から約3ヶ月かけてイタリアを北から回った旅の記録である。その記録を再編集して1950年に出版している。
ドイツ留学中であった和辻の旅のルートは、フランスのニースを地中海沿いに鉄道で移動、まずジェノヴァからイタリアに入って、ローマに南下している。
ローマからさらに南下してナポリ、アマルフィ、それからシチリアへ。わたしとは違って、シチリアは時計回りで周遊し、パレルモから汽船でローマに戻り、北上してアッシジ、フィレンツェ、ピサと回り、ボローニャからラヴェンナ、パドヴァ、そしてヴェネツィアへ。
ところが、ヴェネツィアでは高熱がでて、十分に観光できなかったようだ。ラヴェンナで蚊に刺されてマラリアに感染したらしい。100年前はイタリアでもマラリアは当たり前の感染症だったのだ。
旅のルートは、ざっと以上のようなものだが、さすがに鉄道網が整備されていた時代なので、スピードの違いを別にしたら現在と大きく変わるものではない。旅行代理店は、いまは亡き英国のトマス・クックを利用している。
変化したといえば、当時はまだ旅行者もそれほど多くなく、オーバーツーリズムによる観光公害などとは無縁であったことだろう。 和辻はじっくり時間をかけて、美術品や建築物を鑑賞しており、その審美眼はなかなかのものがある。
もちろん、オリジナルの『古寺巡礼』と同様、信仰抜きの美術という観点から見ているのは共通している。あくまでも哲学者としての視点なのである。
この本には、モノクロだが多数の写真が挿入されているが、和辻自身も実物と写真の違いが大きいことを語っている。
■当時のイタリア社会の観察が興味深い
興味深いのは、和辻がイタリアを訪れた1927年は、ムッソリーニが政権をとってから5年目であったことだ。つまりファシズム体制下のイタリアである。
本書の1928年1月9日づけの記述に、アフガニスタン国王(当時)のローマ公式訪問の際、歓迎の行進で自動車に乗って通り過ぎたムッソリーニを見たとある。
1928年3月18日づけの記述には、フィレンツェのヴェッキオ宮殿の前で、ファシスト少年隊と青年隊が黒シャツ姿で行進するのを見物したとある。
イタリア人は祭り好きのせいでこういうことをやるのでもあろうが、しかしそれにしてもファシズムがこんなに繁盛していようとは、全く案外であった。(・・・中略・・・)見ていて一番かわいらしかったのは少年隊である。白い上衣の女の先生が引率していて、幼稚園くらいの小さい子どもたちが、いかにも楽しそうに、ファッーーショ、ファッーーショという号令に合わせて歩調を取っていた。教育が基本だというところへ、ムッソリーニは目をつけているらしい。
「ファッーーショ、ファッーーショという号令」という表現が面白い。日本語の「ワッショイ、ワッショイ」みたいな響きがあるが、もともと「ファッショ」というのはイタリア語で「束ねる」という意味だから、「みんな一緒に」というニュアンスで捉えたらいいのだろう。
1922年の「ローマ進軍」で政権を奪取して以来、ムッソリーニが独裁者として約20年以上にわたってイタリア政治を動かしていたのである。この時期にイタリアに渡航した旅行者による観察の記録が興味深い。
和辻哲郎のこの本は、美術史家の高階秀爾氏による文庫本解説の文章によれば、イタリア美術鑑賞のガイドとして読まれてきたらしい。
とはいえ、美術以外の観察もなかなかのものがある。 自分が旅をするのはもちろんだが、他者による旅の記録を読んで追体験するのも面白い。
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