かつて金子堅太郎という人物がいた。明治時代に活躍した人物だが、かれがなにをした人なのか、すぐに答えられる人はそう多くないかもしれない。
わたしの場合は、日米関係史という文脈、具体的にはハーバード・ロースクールへの留学と、その際に培った人脈をベースにした日露戦争時の対米世論工作に関心が集中していた。
それ以外では、「大日本帝国憲法」起草の中心人物であった伊藤博文自身による解説書『憲法義解(けんぽう・ぎげ)』の英訳を行ったことなどくらいだろうか。つまるところ、英語と米国との密接なかかわりについてに限定されていたのだ。
そんなわたしであるが、最近もまた英語と日米関係史の関係でいろいろ調べていると、さまざまな場面で金子堅太郎が登場してくるのが気になっていた。
岡倉天心やフェノロサとの交友でも重要な役割をはたした、ボストンの大富豪スタージス・ビゲロー博士が、学部は違うがハーバードで同窓であったことなどである。
■福岡県出身で在住の著者による「地の利」を活かした評伝
そんな折り、著者から本日(2026年1月30日)発売の『金子堅太郎 伊藤博文の懐刀』(浦辺登、弦書房、2026)をいただいたので、さっそく通読した。本書によって、金子堅太郎という人物の全体像を知ることができたことは、たいへんありがたい。
その生い立ちから、早くに父親を失ったがゆえの苦労の連続、そして維新の負け組となった福岡藩の旧藩主の引きで実現したハーバード大学留学と、その後の異例の出世と地元への恩返しなどなど。
本書を読んでいくと、その副題である「伊藤博文の懐刀(ふところがたな)」が、金子堅太郎という人物を一言で表現したフレーズとしてピッタリであることが納得される。
伊藤自身も英語には堪能であったが、米国人並に英語を駆使できるだけでなく、米国でリーガルマインドをたたき込まれていた金子は、伊藤にとっては余人を以て代え難い超優秀なスタッフであったのだ。
金子堅太郎には未発表に終わった『自叙伝』があるが、記述が前半生に片寄っており、関連資料が関東大震災で焼失しているため、伝記的事実の確認に困難になっているのだという。
福岡県出身で現在は帰郷して在住している著者は、地の利を活かした資料収集と研究でこの評伝を完成している。
なんといっても、金子堅太郎の出身地である福岡のかんする記述が充実している。生い立ちだけでなく、富国強兵という国策事業でもあった八幡製鉄所にもかかわっていたこともまたそうだ。
■「表の金子、裏の杉山」
著者がもっとも言いたかったことは、「あとがき」に書かれている「表の金子、裏の杉山」というフレーズではないかと思う。
金子はいうまでもなく金子堅太郎のことだが、杉山とは杉山茂丸のことであり、福岡生まれの民間政治結社である玄洋社を率いた頭山満の盟友でもあった。杉山茂丸は、作家・夢野久作の父でもある。
表舞台の金子堅太郎の活躍も、表にはでてこない在野の杉山茂丸などとの関係がなくてはありえなかったのである。玄洋社関連の著書もある著者ならでは、というべきだろう。
日露戦争時の対米世論工作の話が簡単に扱われているのは、わたし的にはやや物足りないが、英語と米国の関連だけでは見えてこない金子堅太郎の全体像を知ることができる本書は、日本近現代史上の知られざる重要人物の評伝として、関心のある人に推奨したい。
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目 次はじめにⅠ 金子を育んだ土壌と時代1章 金子家再興の期待を背負うⅡ 新興国アメリカに学ぶ第2章 アメリカ留学第3章 ハーバード大学時代第4章 猪突猛進の時代第5章 伊藤博文の側近としてⅣ 日本の土台作り第6章 帝国憲法草案第7章 八幡製鉄所Ⅴ 国難に果敢に挑戦する第8章 政府の閣僚、貴族院議員、枢密顧問官時代第9章 日露戦争と金子堅太郎第10章 日米の架け橋としてⅥ 華族としての責務と私人第11章 学術、芸術、芸能、郷土の発展に寄与[資料]金子堅太郎の日系移民排斥問題寄稿文について金子堅太郎年譜あとがき主要参考文献・参考資料主要人名索引
著者プロフィール浦辺登(うらべ・のぼる)1956年、福岡県生まれ。福岡大学卒。日本近現代史を中心に研究、執筆、講演、史跡案内を続けている。著書に『太宰府天満宮の定遠館―遠の朝廷から日清戦争まで』『霊園から見た近代日本』『東京の片隅からみた近代日本』『アジア独立と東京五輪―「ガネホ」とアジア主義』(以上、弦書房)など著書多数。(出版社サイトより)
(メモ)
維新の際に藩主の判断ミスで時流に乗れなかった福岡藩
父親は勘定方、その如才なさを受け継いだ慎重居士
水戸学にも親しんでいたこと、親族に平野国臣、これが維新後に有利に働く
父の死後には士分を失って苦労・・没落士族ですらなかった
秀才ゆえに目を掛けられ道をつかむ
旧藩主のはからいで東京留学、米国留学が実現。7年間滞在
英語をはじめて学んだのは、なんと18歳だったが、
漢文をみっちり習得していたおけげで・・
19歳で渡米、志望先を海軍から司法へ
小村寿太郎とはアメリカ人学生もまじえてルームシェア
帰国後も思うように仕官できず苦労の連続
元老院に仕官、実務能力も高く目を掛けられ
伊藤博文に抜擢され懐刀(ふところがたな)に
大日本帝国憲法
国体と政体のちがいを認識していた金子堅太郎
水戸学に通じていた金子は国体の意味を理解していた、しかも法学の素養
バークの保守主義の影響
維新後に荒廃した福岡
薩長土肥以外では異例の出世
(その点は、官軍に刃向かったゆえに苦難を舐めた東北諸藩に似ている)
郷土への貢献 「表の金子、裏の杉山」
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・・「セオドア・ルーズベルト大統領が「柔道」を稽古していることを公表したのは、中国政策をめぐって日本に好意的な世論をつくるための政権の広報戦略の一環であったという指摘が興味深い。日露戦争を語る際には留意しておきたいことだ。金子堅太郎の話ばかり持ち出すと間違いかねない。」
・・「第8章 大統領の柔道部屋 ― セオドア・ルーズヴェルトとスタージス・ビゲロウ」
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