団地とは公団住宅のことである。かつての住都公団、いまではUR(=独立行政法人都市再生機構)が建設、管理する集合住宅のことをいう。
実は団地に住むのは、今回が生まれて初めてである。
何事も経験してみるものだ、と強く思う。団地住まいのフィールドワークの開始である。
自分が団地に住むことなど考えたことはなかった。
ものごころついてからずっと一軒家に住んでいた。大学に入ってからは、大学の4階建て学生寮の4人部屋、米国留学中は学生アパートメントの3階、その後東京ではマンションの6階、引っ越して4階、そしてまた引っ越して6階に居住していた。タイのバンコクではサービス・アパートメント(=家具付きコンドミニアム)の、プールの見える側の5階に住んだ経験がある。
子供時代は団地の近くに住んでいたので、団地建設にあわせて開校した新設の小学校に通っており、当然のことながら友達も大半は団地住まいであり、頻繁に遊びにいっていたのだが、自分が団地に住むなどいまのいままで一回も考えたことはなかった。
我が人生においては、いわば"想定外"であったのだ。
■「高度成長時代」を象徴する団地がいまブームに!?
自分が団地に住むことになった、まさにそんなときに発刊されたのが、『週刊ダイヤモンド』の「特集ニッポンの団地」(2009年9月5日号)、である。
この特集記事は、「都会の限界集落化に歯止めをかけろ」という問題意識からの特集なのだが、世の中にはなんと「団地萌え~」という少数だが熱烈な団地ファンが存在するらしい。写真集も数多く出版されているようだ。
昭和30年代には団地はサラリーマンの憧れであった、ということをきいてもいまひとつピンとこなかったのは、民間マンション(・・英語で言えばコンドミニアム)があふれかえっている現在から昔を眺めているからだろう。
団地は戦後経済成長期の日本においては、"先進的な居住空間"を提供したのである。そういわれてみればそうかもしれない。畳の家では、食事をするとこころも団らんもも、寝室も同じ部屋だから、キッチンとベッドルームが分離したというのは、画期的なことだったのだろう。
■団地は社会主義!?-① 旧ソ連
旧ソ連や旧東ドイツでは、既視感、いわゆるデジャヴューを感じたことがある。団地が群れをなして、いや棟(むね)をなしてというべきだろう、立ち並んでいるのを目にしたからだ。そう、私にとっては、団地とは社会主義そのものなのである!
極東ロシア、アムール川沿いの人口都市コムソモリスク・ナ・アムーレ(・・ジェット戦闘機スホーイの工場が近くにあるが、まず日本人でいったことのある人はほとんどいはにだろう)というソ連時代に建設された都市に仕事で行ったことがあるのだが、まさに都市全体が日本の団地とほとんど変わらない様相を呈していたのである。奇妙なデジャヴューとはこのことである。"未来都市の化石"というべきなのであった。
コーディネートしてくれたロシア人の計らいによって、せっかくだから団地に入ってみましょうということになり、ロシア化されたシベリアの少数民族ナナイ人のお宅におじゃまさせていただいたのだが(・・現在でもそこで購入したナナイ族の文様の入った座布団カバーを愛用)、ソ連型の団地のつくりもまた、日本と同じようなかんじであった。ただ、部屋数は少し多めだったかもしれない。
訪問の夜の食事のときのことだが、私は同行した日本人のロシア経済の専門家に、この都市はそのまま保存して"ソ連型未来都市のテーマパーク"として保存すべし、と主張したのであった。
ロシア料理食べてウォッカ飲みすぎたということもあるかもしれないが、それほど印象に残るものであったのだ。
飲み過ぎて、二人でロシア民謡(・・正確に言うとジプシー歌謡が起源)の"黒い瞳"(アチ・チョールヌイヤ)をロシア語で"高歌放吟"したのも懐かしい思い出である。なんせネオン街もないので、ロシアの大地に漆黒の夜であった。ちなみに、宝塚出身の女優・黒木瞳は芸名で、同郷の早稲田の露文(=ロシア文学科)卒の作家・五木寛之の命名による。
このようにして、日本とロシア(旧ソ連)がいかに共通しているか、1998年のこのとき強く印象に刻み込まれたのであった。
■団地は社会主義!?-② 旧東ドイツ
その2年後に旧東ドイツのドレスデンにいったのだが、このときはDB(=ドイツの旧国鉄)でベルリンからいったのだが、ドレスデンの駅前になんと団地群が出現したのである。これもまた驚きであった。駅前はなんだか寂れたかんじであまり印象がよくなかった。
鉄道王国のドイツも、ドイツ人は一般にクルマで移動するし、観光客も観光バスで移動することが多いから、あまり鉄道でいくことはないだろう。もし機会があればドレスデン駅に下車することをおすすめする。もちろん、観光地からは外れているので、スキンヘッドに革ジャンの若者もいるし、からまれないように気をつけなくてはならないが。旧ドイツ地域には、社会主義時代に大量のベトナム人が労働力として出稼ぎにでたままベトナムに戻らずに現地に滞留しており、ドイツ統一の頃だがベトナム人がネオナチに殺害される事件も発生している。外見の似ている日本人は気をつけなくてはならない。
韓国にも団地があって驚いたものだが、こちらは団地の建物に"現代"(ヒョンデ)とか、"三星"(サムソン)とか財閥の名前が書いてある。最初は社員寮なのかなと思っていたのだが、実際は財閥系のデベロッパーによる団地なのである。したがって、日本や旧ソ連、旧東ドイツといった社会主義圏とはそもそも違うようだ。
■日本の「高度成長時代」と団地
日本は高度成長時代、自民党が主導した社会政策によって、自由貿易体制のもとに、ほとんど社会主義といってもいいような政策が実行された。
とくに田中角栄による政策は日本列島改造論という国土改造計画だけが目立っているが、その他の社会政策にかんしては社会主義としかいいようがない。
日本が、揶揄をこめてだが、世界で唯一成功した社会主義といわれるのもむべなるかな、である。もっとも、これはこの社会主義を目の敵にした、新自由主義の論客によるものであったが。
ところで、団地は英語でなんというのだろうか?
一言でピシャっと表現する単語はなさそうだな。ちょっと安直だが、和英辞典でみてみようか(出典は「研究社新和英中辞典」CD版による)
だんち 団地: a housing [an apartment] development [complex]; 英 a housing estate
政府が住都公団(=現在のUR都市整備)をつうじて建設した集合住宅であるから、governemt-constructed といれるべきだろうか。
ついでにこんな表現もあるので紹介しておく。
団地族: dwellers in modern apartments [in a housing complex]団地妻:さすがにこれは辞書にはでてませんねえ(笑)。
■団地の内部をフィールドワーク-それは「規格」の世界
さて、この私が昭和40年ものの団地の内部をご案内しましょう。
さすが団地、すべてが規格品(=標準品)で構成されております。まず間取りもすべて同じなので一棟につき、場合によっては同じ団地で同じ間取りの部屋の場合、設計図はたったの一枚!(・・ただし角部屋の場合は間取りが逆向きになっていることもありますので図面は異なるものになります)。
ものづくりの世界では、東大の藤本教授が、モジュラー型 vs.すりあわせ型を対比させて、日本の自動車産業はすりあわせ型だといってますが、団地はなんと日本のものづくりのメインストリームとは180度正反対のモジュラー型なのであります。すべてが規格品、規格品を組み合わせてモジュールを作成するタイプ(・・団地ではユニットといってますが、そうですね、各戸がユニット、一棟全体でモジュールというのが正確でしょう)、この意味でも、21世紀を先取りしておりますね。
すべてが規格品ですが、面白いものがあったので一つご紹介しましょう。風呂場に残る"近畿車輛"(!)のアルミサッシです・・・いやあ、これはレアものですなあ。すでに開かないように固定されてしまっていますが、アルミサッシといえばトステムとか、立山アルミというのが世間一般の常識だと思いますが、なんと鉄道車両製造の機器車輌が公団住宅向けのサッシなんか作ってたんですねー。
入居した団地は昭和40年代(1960年代後半)の建設ですが、産業考古学の研究対象になりますねー、まさに生きた化石です。
■団地のメリットとデメリット
とはいえ、さまざまなデメリットもある。
まず、ガスレンジが備え付けでないので、あらたに購入しなくてはならなかったこと。逆にいえば好きなものを買うことができるわけだが、ガス調理器そのものは大賛成である。私はIH電気調理器は、火力が弱いので好きになれないからだ。バンコクのサービスアパートメントの備え付けのIHを使っていたが、煮物はいいとしても、炒め物は瞬間火力が弱すぎて話にならないからダメなのだ。
ウォシュレットもなし・・・これはすでに設置したことはブログにも書きましたね。面白いことにウォシュレット設置には許認可がいるのだが、書類審査に1週間もかかるのは驚きだ。しかもなんと、「原状回復免責許可」というのがでたのである。つまり、便器にウォシュレットを設置したまま、原状回復せずに退去してよろしい、ということだ。ていのいい接収かという気もしなくはないが、まあ退去するのがいつになるかわからないが、その時にはまた新しいのを買うべきなのだろうか・・・
ここまでは、民間のマンションでも備品の有無はまちまちなのでよしとしよう。
大きく違うのは契約条件である。これはむしろメリットといえよう。
敷金3ヶ月は民間より不利かもしれないが、家賃は25日引き落としでなんと家賃後払い(!)、保証人が不要(!!!)、更新手数料なし(!)、また契約主体もUR都市機構(旧 住都公団)なので、個人オーナーではない。契約書もすべて規格のフォーマットに従ったものであり、営業所で担当者に提出することになる。うーむ社会主義だなあ、と。
管理人が団地に一人だけ、というのも驚きである。つまり建物には管理人がいないというのはセキュリティの観点からは問題ではある。
エレベーターのない団地が多いというのも驚きだ。そういえば、米国留学中に住んでいた学生アパートもエレベーターがなくて荷物運ぶのが大変だった。昭和30年代に建設された団地ではエレベーターがないものも多いらしく、高齢者は低層階に住むケースが多いらしい。
私の場合は、なんせ本が多いのでエレベーター設置を条件に探した結果、7階に住むことにしたが、8階建ての建物で、なんとエレベーターは4階と7階しか止まらないのだ。まあ、エクスプレス・エレベーターみたいなもんだから、考えようによってはラクでよい。事故が起こらないことを祈る!
公団住宅は資材調達方針は国産優先、シンドラーのリストに入っていなかったのは幸いであった。
というように、なにからなにまで民間とは180度正反対で、いろいろ面食らった。
■団地万歳!
今回のタイトルは、「団地万歳!」としたが、これはソ連の映画監督セルゲイ・エイゼンシュテイン監督の『メキシコ万歳!』(¡ Que Viva Mexicoi !)のひそみに倣ったスペイン語である。もちろんアンビバレントな表現であることはいうまでもない。
<結論>
♪ 団地よいとこ 一度は住みな ドッコイショ!
お湯の中にも コーリャ 花が咲くヨ チョイナ チョイナ
といったところか。草津節のメロディーでどうぞ。
そうそう、風呂場は狭いが、洗い場がタイル張りを模したコンクリート造りで、この点に関していえば一般の民間マンションのプラスチッックの床よりはるかによい!
これは特筆しておこないとね。また、バリアフリー仕様で、玄関のあがりがまちが低く設計されていることも、実に先進的だ。
昭和30年代から40年代にかけての先進性は、1周遅れで再び先進性を発揮することとなったわけだ。
まさに"未来都市の生きた化石"なのである。
「人生とは初体験の連続で成り立っている・・・」とは、一世を風靡した青春マンガの名作 『博多っ子純情』(1976~1983)の作者・長谷川法世氏が、双葉文庫版(1996年)の第10巻のあとがきに記していることである。
いくつになっても初体験、エッチな話ではなかとよ。鳩山さんも首相が初体験、というのと同じことだ。まさに「連続初体験人生」(長谷川法世)ではないか。
はい、何事も体験すべし。私にとっては、団地への入居は、まさに"コペ転"(=コペルニクス的転換)なのだ。
あらたなるフィールドワークの幕開けであります。
¡ Que Viva Danchi ! ケ・ビーバ・ダンチ
団地万歳!団地万歳!団地万歳!
PS 読みやすするために改行を増やし、小見出しを加えた。<関連サイト>と<ブログ内関連サイト>を加えた。 この記事を執筆後、「団地礼賛」の記事や書籍が矢継ぎ早に出版されている。団地にはデメリットもあるが、メリットも多い。ぜひ団地を再発見していただきたいものである。 (2014年4月27日 記す)
PS 写真を入れ替えた (2023年11月22日)
OHYAMA Ken .com (大山顕氏による「団地マニアのためのウェブサイト」。2001年開設。)
東京R不動産 (団地も物件として紹介している)
団地に住もう!東京R不動産 (書籍紹介 ケン・プラッツ 日経アーキテクチュア)
UR都市機構 (旧住宅都市整備公団)
若い世代が「エモい」と支持する団地住まい、人気の秘密はどこにあるのか 団地ブーム再燃に拍車をかけるURと無印良品のリノベーション物件の全貌(JBPress、2023年12月9日、 山下和之)
(2023年12月9日 情報追加)
<ブログ内関連サイト>
書評『高度成長-日本を変えた6000日』(吉川洋、中公文庫、2012 初版単行本 1997)-1960年代の「高度成長」を境に日本は根底から変化した
書評 『「鉄学」概論-車窓から眺める日本近現代史-』(原 武史、新潮文庫、2011)-「高度成長期」の 1960年代前後に大きな断絶が生じた
「東京オリンピック」(2020年)が、56年前の「東京オリンピック」(1964年)と根本的に異なること
書評 『ソ連史』(松戸清裕、ちくま新書、2011)-ソ連崩壊から20年! なぜ実験国家ソ連は失敗したのか?
ドイツ再統一から20年 映画 『グッバイ、レーニン!』(2002) はノスタルジーについての映画?
(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)
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