2010年6月6日日曜日

書評 『普通の家族がいちばん怖い-崩壊するお正月、暴走するクリスマス-』(岩村暢子、新潮文庫、2010 単行本初版 2007)-これが国際競争力を失い大きく劣化しつつある日本人がつくられている舞台裏だ




国際競争力を失い、大きく劣化しつつある日本人がつくられている舞台裏を見よ!

 「嫌なものを読まされたなあ」、という感じが最初から最後までつきまとった。

 自分の自由意思で読みながらなんだ、という感がなくもないが、同時に読んでいるうちに、「いや、こういうものかもしれないなあ」という気持ちに変化していく自分を見いだした。単行本は読んでいないので、この文庫版ではじめて読んでみての感想だ。

 いかに否認しようが、怒りを感じようが、これがいまの日本の家庭の現実なのだ。生活習慣が大きく変貌した現在の日本では、お正月が衰退するのも仕方がないし、クリスマスのほうが盛り上げやすいのは否定できない。

 この調査からあぶり出されてきたのは、30歳台から40歳台にかけての主婦たちのホンネである。

 自由意思と個人主義をはき違えた「甘えの構造」快楽原則に基づき、ひたすら不快で苦痛なこと、つまり嫌なことを回避する行動特性。現実を見ないよう、考えないようにして家族を偽装する日々。

 しかしこうした女性たちを責めたところで問題が解決されるわけでもない。専業主婦とは、その多くが人生に意味を見いだせない、寂しい女性たちのように思われるからだ。

 大きく変化したように見える日本の家庭だが、30歳台から40歳台にかけての主婦たちの行動を規制しているのが、あいもかわらず日本的な「世間」であることにも、一方では驚かされる。まわりがやっているからやる、まわりにあわせないのが怖い。ここにあるのは、「個」の存在しない「世間」そのものである。

 この本を読んで強く思ったのは、日本人は個人主義を完全にはき違えている、という事実だ。

 この本に登場する主婦たちは、多くの者が自由意思などとクチにしているが、日本人の家庭にあるのは、「個人主義」ではなく、「孤人主義」である。責任をともなわない「個」は「孤」でしかない。すでに集団主義でもなく、個人主義でもない日本人。内向きの孤人主義者の集団

 また子どもに対して、コトバで説明し、説得することを回避している多くの主婦たち。これでは子どもたちが一体どうやって、グローバル化のなかで生きてゆけるというのだろうか? 日本を一歩出れば、コトバでの戦いが当たり前の光景だというのに・・・。

 コトバによる論理的思考とはほど遠い日本人。多くの日本人から、国際的な競争力が急速に減退しているのは当然の帰結というべきだろう。

 日本企業もまたマーケティング活動をつうじて、こうした動きを促進しているわけだから、ほぼすべての日本人の大人が同罪であるといわねばならない。一部の地方での風習でしかなかった「恵方巻き」が普及したメカニズムについては、いろいろと考えさせられるものがあった。企業サイドと受容サイドがシンクロした結果なのである。

 いくら正論を吐いたところで、多くの日本人が大きく劣化しているのは否定できない事実だ。この現実を見据えたうえで、処方箋を書いて行動に移していかなくてはならないのだが、日本人の劣化を食い止めるためには、かなりハードな方法しかないだろうという気もする。それこそ見たくない、考えたくないような方法によって。
 
 それは、読者一人一人が考えなければならない課題である。その前に、まず本書を投げ出さずに最後まで読み切ってほしいと思う。


<初出情報>

■bk1書評「国際競争力を失い、大きく劣化しつつある日本人がつくられている舞台裏を見よ!」投稿掲載2010年4月22日




<書評への付記>

 書評としては長くなりすぎたので、投稿する際には大幅にカットして短くした。

 以下、カットした部分を再録しておこう。


 「見たくない現実」を見せられたとき、「否認 ⇒ 怒り ⇒ 取引 ⇒ 抑うつ ⇒受容」 という一連のプロセスがある。キューブラー=ロスが『死ぬ瞬間』で示した「死ぬということを受容するプロセス」からきているが、この本にかかれた「現実」については、否認から受容までのプロセスを、私自身体験することになった。

 いかに否認しようが、怒りを感じようが、まさにこれがいまの日本の家庭の現実なのだ。

 生活習慣が大きく変貌した現在の日本では、お正月が衰退するのも仕方がないし、クリスマスのほうが盛り上げやすいのは否定できない。

 調査対象者の属性、世帯収入が600万以上から800万円以下(26.9%)と800万円以上と1,000万円以下(22.9%)が中心になっており、標準よりやや高所得者層の専業主婦にあるようだ。つまり調査対象者は、居場所が職場にはない女性たちである。 

 調査手法もありきたりの定量調査手法であるアンケート調査ではなく、家族の食卓の写真を提出してもらい、質問票に記入してもらったうえで、ディープ・インタビューを行うとい定性的な手法であることが大きい。写真記録に現れた事実は、クチから出る発言との矛楯をさらけ出すからだ。犯罪捜査にも似た、執拗な調査方法である、といえようか。

 「家庭でのしつけ」というものがほぼ完全に死滅し、一切合切を外部化し、他人のせいに押しつける現在の状況、モンスターペアレンツ現象の背景が何であるのかについても、本書をよめば間接的に知ることができる。

 こういう家庭に育った子どもたちが、いままさに社会人として労働市場に参入してきたわけなのだが、「就活」というハードリアリティで苦戦し、そしてまた会社に入ってから大きなリアリティショックを感じることだろう。会社に入ってから意識変容があるのか、いかに価値観に変化が現れるのか、大いに関心がある。「シュガー社員」現象の背景も、本書をよめば間接的に知ることができる

 また、子どもたち自身が、こうした親をどう見ているのか、ホンネを探ってみたいものだ。著者もエピローグでは「子どもの目線」について少し言及しているが、案外と醒めたものの見方をしているのではないか。

 母親を「反面教師」にしている可能性も・・。あるいまた・・・






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書評 『日本人とキリスト教』(井上章一、角川ソフィア文庫、2013 初版 2001)-「トンデモ」系の「偽史」をとおしてみる日本人のキリスト教観

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・・キリスト教的なるものという西洋への憧れは依然として日本女性のなかにポジティブなイメージとして健在

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