2010年7月7日水曜日

むかし富士山八号目の山小屋で働いていた (5) 噴火口のなかに下りてみた

(剣が峰からみたクレーター wikipedia英語版より)


    
 富士山の自然について書いてきたが、最終回として富士山の奥の院である、噴火口のなかに入った経験について書いておきたい。


富士山頂の噴火口のなかに入ってみた

 七合目半の山小屋で働いていたのだが、実は富士山の山頂までいったのは、アルバイト期間中はたった2回しかなかった。

 よく晴れた手すきの日に高校生のバイト仲間と山頂まで登ってみた。「まだ山頂までいってないのなら、一回いってきないさい」と八号目の主人のおばさんに言われたからだ。

 休火山である富士山の山頂は、典型的なカルデラ型火山であり、月面にあるクレーターのような、すり鉢状の噴火口である。噴火口のまわりを歩くと意外と距離があり、一周するのに1時間くらいかかる。

 有名な富士山観測所のなかには入れなかったが、近くで見ることもできる。夏期の登山シーズには郵便局もあいているので、ここで富士山頂のスタンプを押して暑中見舞いを送ることができる。浅間神社(せんげんじじゃ)の分社もある。もちろん、山頂にも大規模な山小屋があって、御来光は山頂で迎えたい人にはありがたい。山頂でであったアメリカ人の一般登山客と会話もした。

 高校生のバイトが言っていたのだが、新田次郎の小説に、富士山の噴火口のなかでは水が湧いているという。ウソかホントかわからないが、彼は読んだというのだ。この話を聞いて、がぜん噴火口のなかを見たくなった。

 その時はいったん山小屋までもどったが、どうしても噴火口のなかに入って、実際に水が湧いているのか自分の目で確かめてみたいという気持ちを抑えることができず、再び山頂までいってみた。・・と書いたが、その日にそのまま高校生とわかれて一人で噴火口になかに下りたのか、後日あらためていったのか、記憶があいまいなのが残念だ。その日に噴火口に下りたような気がしてならない。

 噴火口は上から覗くとけっこう深い。降り口らしきところから歩いて下りてみることとした。もちろんガイドブックなどもたず(・・そもそもガイドブックは富士山にはもっていっていない)、空身(からみ)のまま下りていった。水が湧いているかどうか確認できれば、またすぐに戻るつもりだったからだ。


富士山噴火口の中には大量のゴミが不法投棄されていた

 噴火口を下りていくと、途中にはものすごい量のゴミが投棄されているのを目撃することになる。1982年当時のことだが、何トンではきかないくらいの量だった。富士山で発生するゴミは下界まで持って帰ることなく、山頂の噴火口のなかに不法投棄されていたのだ。これはショッキングな出来事であった。

 現在では、登山家の野口健さんがイニシアティブをとって、富士山に投棄されるゴミ問題について関心も一一般に知られるようになったが、噴火口のなかのゴミを目撃したとき、驚きと怒りを感じたものだ。みなさんもこの問題ついては大いに関心をもってほしいと思う。

 ゴミが堆積していたのは噴火口の途中で、ゴミは噴火口のうえから投棄したのだろう。ゴミのあるところからまださらに下ることになる。噴火口のしたまで下りた経験からいって、ゴミが堆積していたのは、ちょうどど噴火口の深さの中間くらいのようだった。
 
 ようやっと噴火口のしたまで下りた。噴火口のなかをくまなく調べて回ったが、水などまったく湧いていない。

 新田次郎が間違っているのか。高校生のいったことが間違っているのか、どっちにしろ噴火口のなかでは水など湧いていなかった。なーんだ、というがっかりした気持ちと、水など湧いていないことを自分で確かめることができた満足感の両方を感じたのであった。


富士山の噴火口には噴火の兆候はまったくなかった

 富士山の御殿場口には宝永火山というミニ噴火口がある。江戸時代の宝永年間に噴火したらしい。

 富士山は休火山でときどき噴火するのだが、おそらく現在の山頂の噴火口から噴火することはないのではないかと思うのである。噴火するとしたら、あまり絵にならないが、宝永噴火と同様、横っ腹から噴火するのではないかと、とくに科学的根拠があるわけではないが、そう思うのだ。

 富士山の形が変わってしまうのはうれしいことではない。あまりそういう形の噴火は望ましくないものだ。

 さて噴火口のなかに入ったのはいいが、また再び噴火口の外に出なくてはならない。せっかくだから、降り口と反対側から登ってみようと思って、崖を登り始めた。

 登ったのはいいが、途中でかなりの勾配の崖となり、足を滑らしてしまい、ああと思うまもなくズルズルと一気に滑落してしまったのだ。あれよあれよと滑落しつづけたまま、20~30メートル滑落してようやく止まった。もしそのまま滑落し続けたら死んでいたかもしれない。下をみたら数百メートルあった。

 さすがにこれ以上崖を登るのはムリだと思い、断念していったん噴火口の下まで下りて戻ることにした。

   ●教訓: 道に迷ったら、いったん来た道に戻れ

 これは登山だけでなく、人生全般にあてはまる教訓だ。



富士山の噴火口の真ん中で「愛を叫ぶ」かわりに「寝っ転がって星を見た」

 富士山の噴火口の真ん中までいったん戻ったのだが、そうこうしているうちにすっかり暗くなってきた。

 噴火口は、逆三角形の尻つぼみの筒のような形なので、日が沈まなくても、噴火口のなかまでは日が差さなくなるのだ。真ん中にいると、空がみえるので日が沈んでいないことがわかるが、真ん中以外ではそうではない。

 なんだかくたびれてしまって、噴火口のまんなかで寝っ転がっていた。

 そうしているうちに、だんだん日が暮れてすっかり夜になってしまった。

 星がでてきたので見ていると、なんだかプラネタリウムのなかにいるような感じがした。噴火口が円形になって見えるから、完全に開ききってないプラネタリウム。

 星空が美しかったので、しばらくそのまま寝っ転がって星をみていた。

 このまま戻れなかったらどうなるのだろう。誰にも知られずに死んでいくのだろうか・・・

 戻らないといけない。しかし、どうやって昇るのだ・・・

 なんとか気持ちをふるいたてて、なんとか下りてきた道を探して、再び登り始めた。

 教訓: 道に迷ったら、いったん来た道に戻れ、である。
 
 ようやく噴火口の外にでて八号目の山小屋まで戻ったら、なかなか戻ってこないのでえらく心配されてしまった。下界でないから職場放棄して逃げることはないが、山のなかで行方不明になってしまったら、滑落したのかもしれないと思うのではないか。「冒険なんかするんじゃない」と山小屋主人のおばさんからは怒られた。

 そのあと七号目半の小屋まで戻ったが、山小屋の主人からは何もいわれなかった。

 アルバイト期間が終わって下界に戻ってから、新田次郎の富士山関係の小説を片っ端から読んでみた。『強力(ごうりき)伝』『富士山頂』『芙蓉の人』『富士に死す』・・・しかし、噴火口のなかで水が湧いているという記述をまったく見つからなかった。バイト仲間の高校生はいったいどこでそんな話を知ったのだろうか、いまだに疑問である。

 それとも、いっさいすべてが夢だったのか?

 まあ、これは冗談だが、下降と胎内回帰であったこの体験は、その後長きにわたって私の心性の奥底にあって人間存在を規定してきたような気がしないでもない。穴に下りていって出られなくなる体験・・・

 いまこうして書いていると、思わずユング心理学的な解釈もしてみたくなる体験である。あるいは宗教学的な解釈も。

 いまふと思い出したが、村上春樹の 『ねじまき鳥クロニクル』を読んだとき、多くの人が「これは私のことを書いた小説だ!」と思っているらしいが、とりわけ私が強く共感したのは、この噴火口下降体験があったからなのだ。「ねじまき鳥」の主人公は井戸の底に下りたが、出られなくなってしまう。井戸の底から見上げる主人公の目に映るものとは・・・

 この小説に対してユング心理学の河合隼雄がコメントしていたことも思い出した。冥界に下りて行く体験。オルフェウス、デーメテール、イザナギノミコト・・・(この文章は、2010年7月11日に追記)

 さすが山自体がご神体である霊峰富士、さまざまな神秘をうちに秘めた存在である。江戸時代以来「富士講」の対象となってきた聖地だ。

 地球内部と直結した火山であり、強力な磁力が働く場所であることはいうまでもない。私が噴火口に入ったときはコンパスは持参していなかったから確かめようがなかったが、星が導きとなったのは確かである。



御殿場口の楽しみは「砂走り」

 いろんなことを経験できた富士山七合目半の山小屋でのアルバイト体験だが、何事も始めがあれば終わりがある。8月15日には下山することになっていたので、だんだんと秋が近づいてきた富士山ともおわかれするときがやってきた。

 八号目の山小屋にいってアルバイト料の支払いも受け、おわかれをしたあと、その足で七号目半まで下りる。山小屋を閉める8月20日まで残るという司法浪人生と山小屋主人に別れを告げ、私は下界の俗世に戻ることにした。

 楽しみにしていたのは「砂走り」である。瓦礫が大半の富士山にあって、その「砂走り」のみは、堆積した砂が砂地となり、スキーで滑降するような気分で、跳ぶように大股で下ることができるすぐれものなのだ。

 御殿場口にいたため、砂走りの入り口までは何度もいってたのだが、実際に砂走りを下ったことはなかった。だから楽しみだったのだ。

 スポーツマンであった昭和天皇も、皇太子時代に砂走りを楽しまれている写真をみたことがある。ほんとうにうれしそうな表情をされている写真で、見ていてたいへん気持ちよい。

 砂がいやおうなく靴のなかに入って来るので、スパッツを装着するべきである。あるいは、山小屋でも売っていたが、わらじを靴のうえから装着するのが本来のあり方である。私も、何人かのお客さんの足にわらじを装着してあげたことを思い出した。

 その後も、社会人になってから何回か富士山に登ったが、いずれも下りは御殿場口の砂走りを利用した。

 ただし、砂走りが終わると、そこから先は長くてつらい樹林帯になる。峠の茶屋までいって一服するまで、山小屋らしきものは一軒もない。そこでバスを待ち、バスにのって御殿場駅までいくことになる。


 なんせ山のなかにいたので、カネの使い道がまったくなかったのが幸いであった。この夏期アルバイトでたまったのは30万円くらいだったと思うが、このカネはすべて運転免許取得のために投入した。運転免許のほうは、何回かやり直しがでてしまったので足がでて、その都度あらたなバイトをしては教習所で教習を受けたが、結局9月から始めて12月までかかってまったのであった。


最後に

 七合目半の山小屋の主人が教えてくれた一句がある。

     
富士の山 ゆっくり登れ かたつむり


 誰の句か知らないが、なかなかいい句だと思う。

 ぜひみなさんも、今年の夏は富士登山を楽しんで下さい。

                        (この連載はこれにて終わり)






<総目次>

むかし富士山八号目の山小屋で働いていた (1) 一生に一回くらい山小屋で働いてみたい!

むかし富士山八号目の山小屋で働いていた (2) 宿泊施設としての山小屋 & 登山客としての軍隊の関係 

むかし富士山八号目の山小屋で働いていた (3) お客様からおカネをいただいて料理をつくっていた

むかし富士山八号目の山小屋で働いていた (4) 自然の驚異



むかし富士山八号目の山小屋で働いていた 総目次


P.S.
 本日(2010年7月7日)から三泊四日で、成田山新勝寺の「断食参籠(さんろう)修行」に参加してまいります。水以外いっさい口にできない断食。お不動様のパワーをいただくための修行です。携帯電話もPCも持ち込み一切禁止、情報遮断の3日間。この間はいっさい連絡ができませんので、悪しからずご了承下さい。

 From this morning until Saturday morning I'll participate Buddhist fasting session held at Shinshoji Temple at Narita, Japan. Communications devices are not allowed to bring in, so I could not reply to any messages during these three days. See you Saturday !

 この件については、また後日ブログにかくことと致しますので、乞うご期待。


<ご参考>

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (総目次)



<ブログ内関連記事>

『崩れ』(幸田文、講談社文庫、1994 単行本初版 1991)-われわれは崩れやすい火山列島に住んでいる住民なのだ!

富士山は遠くから見ると美しい-それは、対象との距離(スタンス)の取り方の問題である

祝! 富士山が 「世界遺産」 に正式認定(2013年6月22日)

庄内平野と出羽三山への旅 (8) 月山八号目の御田原参籠所に宿泊する
・・ひさびさに山小屋に泊まったときの記録

(2014年9月1日 項目新設)


PS2 噴火口のなかに入った記録を書いてありますが、「よい子」はくれぐれも真似しないように!! 急にアクセスが増えて、この記事を読んだ人が多いようなので、老婆心ながら一言付け加えておきます。もし事故が起きても、当方はいっさい関係ありません!! (2014年5月9日 記す)



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