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2010年7月2日金曜日

むかし富士山八号目の山小屋で働いていた (2) 宿泊施設としての山小屋 & 登山客としての軍隊の関係 

(剣が峰からみたクレーター wikipedia英語版より)


               
 富士山八合目の山小屋、いや正確にいうと、その分館である七号半目の山小屋で働いた経験談のつづきである。
 山小屋は宿泊施設であり、その本質は宿泊サービス業であるが、前回は宿泊施設内容については触れていなかったので、まず山小屋の内部がどうなっているのか簡単に説明しておこう。


宿泊施設としての山小屋と登山客の分析

 山小屋に一度でも宿泊したことのある人ならわかると思うが、山小屋はそのロマンティックな響きとは裏腹に、正直いって快適な宿泊施設とはいいがたい。日本語でいう、いわゆるペンションとはまったく異なり、個室はなく、大部屋に雑魚寝(ざこね)というのが通常の形態だ。

 富士山でも七号目半ともなれば、たとえ7月や8月で日中は暑くなっても、夜明けは氷点下まで下がることもある。しかし、暖房設備はない。基本的に冬は営業していないから必要ないのだ。
 しかも寝具は湿ってかび臭く、お世辞でも快適だとはいえないだろう。これは私が働いていた山小屋だけでなく、ほかの山小屋でも同様だ。

 山のシーズンは、富士山の場合、7月1日の山開きから、台風シーズン到来の8月20日頃までのわずか2ヶ月弱である。正確にいうと50日くらいだ。
 つまりビジネス的な観点からいえば、固定資産としての施設の稼働率は最大限でも 13.7%という大きな制約条件がある。しかも、その開業期間中の稼働率が 100%はまずないと考えるべきだろう。夏休み期間は7月20日からであり、一般登山客が集中するのは週末に限られる。
 一般登山客は、個人から数人単位の行動であり、まさに千差万別、普通の格好の登山者が多いのは当然だが、金剛杖に白装束の信仰登山なんて人もたまにいた。

 山小屋経営の立場からみたら、登山客としてありがたいのは、なんといっても団体客であろう。これについては前回記したが、中学校の体験登山合宿がもっとも上客ということになる。団体客の受け入れは経営的にはありがたいだろうが、スタッフにとってはまったくもって大変だ。まさにてんてこ舞い、忙しいといったらありゃしない。
 私のメインの仕事は、五合目までいって誘導引率することだったが、もちろん団体客を八合目の山小屋まで連れて行ったあとも、仕事はそれで終わりというわけにはいかない。一休みしたら、七号目半の山小屋まで戻って業務再開である。なお、団体客の場合は主に富士宮口からの登山が大半で、個人客は御殿場口からもあった。

 登山客として特筆すべきなのは軍隊である。軍隊の存在は、富士山では無視できないものがある。



登山客(?)としての軍隊-自衛隊員と在日米軍兵士

 軍隊のカテゴリーは大きく二つにわけて、日本の自衛隊と在日米軍兵士の2つになる。この情報はいずれも1982年現在のものである。

 自衛隊員にかんしては、行軍訓練の一環として富士山登山が訓練に組み込まれているようだ。必ずしも宿泊はしないが、途中の山小屋が休憩タイムになっているので、さまざまな交流を行う事ができる。仲良くなった自衛隊員から自衛隊のレーション(缶詰非常食)をもらって食べてみたが、えらく塩っぱかった記憶がある。

 私は七号目半の山小屋にいたので、自衛隊員がどういうルートで行軍訓練しているのかは知らない。
 また毎年恒例の「富士登山マラソン」というものがあるのだが、自衛隊員のなかにはマラソン強化選手もおり、私のいた山小屋に宿泊して訓練している隊員も二人いた。彼らは、任務としてマラソンに従事しているのである。
 陸上自衛隊習志野駐屯地の近くで少年時代を送った私には軍隊アレルギーはないので、彼らと直接会話するのは非常に興味深い体験になった。

 つぎに在日米軍兵士についてだが、彼らは任務なのかそうかよくわからないが、毎週金曜日に実施される「富士登山ツアー」に参加している兵士たちである。高校時代よく聴いていた米軍放送FEN(・・現在はAFR)では下記期間中いつも告知していたので知っていた。
 米軍兵士たちも山小屋が途中休憩タイムになってるようで、毎週のようにやってきていた。
 私の個人的感想だが、米軍兵士たちはカラダはでかくて屈強なかんじなのだが、陸上自衛隊の兵士たちと比べて意外とひ弱な印象をもった。

 富士登山訓練の陸上自衛隊員は、特殊部隊ではなく一般兵士のようで、「おれたちが一番戦争なんてのぞんでないんだよなあー」なんてホンネで語る隊員もいて、けっして士気が高いという感じはなかったが、へたって弱音をあげている隊員をみた記憶はまったくなかった。
 士官たちはいかにもエリートというかんじで、整然としており士気も高く、上記の兵隊のような発言はいっさい聞かなかったが、兵隊たちに比べると、人間的にあまり面白い存在ではなかった印象しかない。なんだかタテマエが強すぎるような印象をもった。

 自衛隊員たちに比べると米軍兵士は、七号目半では高山病になって苦しんでいたり、雨風に打たれて疲弊していたり、本来ならやたら陽気でうるさいはずの彼らも、くたびれている者が多いような印象だった。
 兵隊レベルでは、自衛隊員のほうが米陸軍兵士よりも、忍耐力もあって強いのではないか、という印象が私には強い。

 基本的に任務感覚の違いかもしれない。

 余談になるが、大学時代にワンゲル部員から聞いた話だが、私が富士山にいたのと同じ1982年、北アルプスでグルカ兵が登山訓練を行っているのを目撃したという未確認情報がある。当時、"鉄の女"マーガレット・サッチャー首相が率いる英国とアルゼンチンがフォークランド諸島(・・アルゼンチンではマルビナス諸島)の領有権をめぐって戦争になっていた。

 グルカ兵はいうまでもなく、ネパールの山岳地帯出身の、英国陸軍所属の特殊部隊である。フォークランド紛争にはグルカ兵が投入されたことは事実なので、そのために訓練であったのかもしれない。当時グルカ兵の本拠地は、まだ英国領であった香港(・・香港返還は1997年)に駐留したので、最寄りの訓練場所が山に恵まれた日本であった、ということなのだろう。香港返還後、グルカ兵部隊は大幅に縮小され、現在はブルネイに駐留している。

 もしかすると、在日米軍兵士たちは、戦闘訓練の一環ではなかったので、気合いが入っていなかったのかもしれない。



米軍兵士と米軍将校の違い-生まれて初めての英会話体験から

 ちなみに私は、19歳のこの年に、生まれてはじめて本格的(?)な英会話体験をしたのだが、これは山小屋の主人が「お前は大学いってるんだから英語で話しかけてみろ」とけしかけられて、米軍兵士たちといろいろ話すことになったためである。
 いい経験になったと思う。

 山小屋にいた期間中に、夫婦で登山をしている米軍将校と話をする機会にも恵まれた。天候不順で登山客が少なかったので、ほかの個人客も交えて掘りごたつに入っていろいろお話をしたのだが、とにかく強く印象に残ったのは、大学卒の将校は知的レベルが高いということである。

 米軍兵士たちはほとんどがハイスクール卒で、やたらスラングが多く、話の内容もたいしたことがないのだが、米軍将校は大学卒で、兵士たちと比べると知的レベルに大きな差があることに気がつかされた。

 山小屋は物販店でもあるので、缶ジュースなどを米軍兵士に売ったりもしたが、かれらは釣り銭の単純計算がまったくできないのである。
 「釣り銭チョロまかしても、わからないんじゃないの?!」、と思ったりもしたが、なんせ相手は屈強な兵士なので、ばれてケンカになったら半殺しになるだろうと思ったので、誠実なフリ(?)をして、明朗会計に徹した私である。
 英語圏では九九をやらないから暗算ができないのだな、ということがその時よくわかったのである。


現場で得た情報を、仮説にして検証をつうじて生きた知識にしていくこと

 どうやら、米国社会というのは、大学卒のエリートとハイスクール卒の一般人に二分されていて、お互い話があまり通じ合っていないではないか、印象からそういう仮説をもつようになったのである。

 これは教科書や本で得た知識ではなく、現場の実際体験から得た情報を自分なりに仮説にしたものだが、その後いろいろなものを読んだり、映画みたりして確信が強まっていった。
 その後、27歳の年に米国に留学することになってはじめて米国にいってから、その確信はさらに強められることになっていったのである。
 米国社会は、エリートが主導する社会であり、日本のようにエリート層と一般人が平等な、より正確にいうと平等であると意識されている社会ではない、のである。

 話が富士山の山小屋から少しはずれたかもしれないが、カラダを使った体験によって得た情報が、いかに大きな意味をもつか、その一例としてあげてみたのである。

 いまこうして書いているときも、米軍兵士や将校の名前などまったく覚えていないが、このときの状況は、画像情報として、映像情報として、私のなかでは鮮やかに生き続けているし、また記憶の底から呼び起こすこともできるのである。
 まさに、場所に結びついた記憶情報(topographic memory)である。時間的前後関係は明確ではないが、画像記憶として、脳内ではフラットに蓄積されているようだ。


 次回は、宿泊施設として重要な食事の話について書いてみたい。


(3)に続く
http://e-satoken.blogspot.com/2010/07/3.html


むかし富士山八号目の山小屋で働いていた 総目次

         

<ブログ内関連記事>

庄内平野と出羽三山への旅 (8) 月山八号目の御田原参籠所に宿泊する
・・ひさびさに山小屋に泊まったときの記録

(2014年9月1日 項目新設)


   



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