2010年11月24日水曜日

書評『サラリーマン漫画の戦後史』(真実一郎、洋泉社新書y、2010)ー その時代のマンガに自己投影して読める、読者一人一人にとっての「自分史」




その時代のマンガに自己投影して読める、読者一人一人にとっての「自分史」

 面白い。実に面白い本である。

 「自分史」のなかで一度でもサラリーマン(・・ここでは女子も含めておこう)をやった経験がある人なら、それぞれの時代に読んだマンガをつうじて、世代を問わずに自己投影しながら楽しめる本だ。だからいろんな読み方があっていい本だろう。

 個人的な話だが、私にかんしていえば、まさにバブル経済が始まったときにサラリーマン(・・当時の自意識としてはビジネスマン)としてキャリアを開始した人間なので、本書に取り上げられている『なぜか笑介』『気まぐれコンセプト』『ツルモク独身寮』『妻をめとらば』などなど、週刊コミック誌で愛読したマンガが懐かしい。

 私の世代の人間が、先行する世代のサラリーマン像には愛憎相半ばするイメージをもっていたことは確かだ。これが、本書で展開されるサラリーマン・マンガの原型を用意した、「(サラリーマン小説家の)源氏鶏太が高度成長期に確立させた、この「サラリーマン・ファンタジー」(著者の表現)である。

 もちろん、私の下の世代は、私の世代も含めて、先行する世代について異なる感想をもっているのは当然だろう。

 バブル期に全面展開された『課長島耕作』の世界が、まさに「源氏鶏太的世界」の変奏曲であるとすれば、バブル期の前の高度成長期はまさにサラリーマンが最大公約数であった「源氏鶏太的世界」そのもの、そしてバブル崩壊以降はサラリーマンとしての生き方も崩壊していった「ポスト源氏鶏太世界」は仕事本位の世界

 読者が全盛期を高度成長期に過ごした人であれ、バブル期に過ごした人であれ、その後の長いデフレ時代をサラリーマン受難の時代として過ごしている人であれ、働くということが人生の重要な位置を占めている以上、それぞれの時代に、その時代の空気を反映しているマンガに自己投影するのは、不思議でもなんでもない。

 もちろん、このマンガが取り上げられていない(!)という不満はあって当然だろう。私も個人的には、『ナニワ金融道』、『鉄人ガンマ』を取り上げてもらいたかったところだが、こういった作品は自分のアタマののなかで展開すべき応用問題としておけばよいだろう。読者それぞれに、こういった作品群があるはずだ。

 「サラリーマン」の生成と発展そして崩壊をマンガをとおして見た日本戦後史。実によくまとまった好著である。多くの人に薦めたい。




<初出情報>

■bk1書評「その時代のマンガに自己投影して読める、読者一人一人にとっての「自分史」」投稿掲載(2010年10月31日)
■amazon書評「その時代のマンガに自己投影して読める、読者一人一人にとっての「自分史」」投稿掲載(2010年10月31日)




目 次

第1章 島耕作ひとり勝ちのルーツを探る
第2章 高度経済成長とサラリーマン・ナイトメア
第3章 バブル景気の光と影
第4章 終わりの始まり
第5章 サラリーマン神話解体


著者プロフィール

真実一郎(しんじつ・いちろう)

神奈川県出身。慶應義塾大学文学部卒業。現役サラリーマン。広告から音楽、漫画、グラビアアイドルまで幅広く世相を観察するブログ「インサイター」を運営(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

書評で取り上げたマンガ

 書評で取り上げたマンガについて若干のコメントをつけておく。

『なぜか笑介』(聖日出夫、小学館、1982~1991):五井物産(← 三井物産のもじり)
『気まぐれコンセプト』(ホイチョイプロダクション、小学館、1981~現在):白クマ広告社
『ツルモク独身寮』(窪之内英策、小学館、1988~1991):ツルモク家具(← カリモク家具のもじり)
『妻をめとらば』(柳沢きみお、小学館、1987~1990):(← 山一証券?
『課長島耕作』(弘兼憲史、講談社、1983~1992):初芝電気(←松下電器=パナソニック) 
『ナニワ金融道』(青木雄二、講談社、1990~1997):帝国金融(大阪のマチ金)
『鉄人ガンマ』(山本康人、講談社、1993~1995):スーパー「コーダ」


大企業に勤務するサラリーマンが個人名で本を出版するということ

 著者の真実一郎(しんじついちろう)というのは、おそらく真実一路(しんじついちろ)のもじりだろうが、現役でサラリーマンしながらものを書くというのは、なかなか難しいものがある。
 
 業務に直接関係するテーマであれば、社員の自己啓発活動を積極的に支援する会社であれば、著者の個人名を本名のまま出させることは厭わないだろうが、大半は個人名を出すのは認めず会社名として出させるのが通常だろう。

 名の通った大企業に勤務しているのであれば、その企業名自体がブランド力をもっているので、著者の個人名に対してはハロー効果をもつ。ハロー(hallow)とは仏像の後光のようなものである。
 だから、著者としては個人名でかつ本名で出版できれば、それにすぐるものはない。

 本書の場合は、著者がどの企業に勤務しているのか知らないが、おそらく安定した大企業の社員であろうと推測される。
 この場合は、あえて本名を出さないほうが、著者のプライバシーもある程度まで保護されし、会社からとやかくいわれることも少ないはずだ。

 ペンネームであれ、本名であれ、個人名で出版した本の「著者プロフィール」に、勤務する企業名が出る場合、書いた内容について何かトラブルが発生した際には、著者と出版社だけでなく、勤務先企業も批判の対象になることも多々ある。

 だから、本書の著者の場合も、ご想像におまかせしますという姿勢であろう。知っている人にはわかっている話だろうが。

 保守的な業界に属する保守的な会社は、業務に関連した内容の著書であっても、個人名をださせないことが多い。会社としてその内容に責任を取らざるを得ないことも多いからだ。これは企業防衛上の観点からは理解できることだ。

 また、個人名がでてそれが売れてしまった場合、その本人は激しい嫉妬の対象になることも多い。「あいつは仕事もたいしてしていないのに、いったい何で目立つことやってるんだ、と」。とくに「男の嫉妬」の怖さは、ネガティブな内容が間接的に表明されることが多いので、ヘビのようにいやらしい。

 むかし、金融系のコンサルティング会社に勤務していた頃、ある社員が個人名で出版した著者が、銀行の取引先の経営者の逆鱗に触れて大きなトラブルに発生したケースを、ごくごく身近で観察していたことがある。

 トラブルになった理由は、その当時の著者の上司が、トラブル対応の初動を誤ったためで、取引先のオーナー経営者の逆鱗に触れたというのは、実は側近たちによる勝手な憶測であったらしい。経営者としては、著書に書かれた内容が正しいのであればその理由も含めて論争したいということであったらしい。

 結局、書店に出ているものをすべて回収し、出版社には絶版を迫るという事態になった。
 週末に社員が総出で著書の回収作業に走り回り、書店から定価で買取ったのだが、その結果、出版社はガンとして絶版には応じなかった。初版を売り切れば儲けがでるからである。

 あれやこれやでもめにもめた結果、トラブルを適切に処理できなかった上司ともども、その著者は左遷されて干されることとなった。

 とんだ騒ぎであったが、社員が出版するということについては、この失敗事例から学ぶべきことは多い。あらかじめ最悪の事態が発生するかもしれないことは、管理部門がキチンと認識しておかねばならない。



<関連サイト>

インサイター ・・著者・真実一郎氏のサイト



<ブログ内関連記事>

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(2014年8月29日 情報追加)


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