2011年12月23日金曜日

書評 『東條英機 処刑の日-アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」-』(猪瀬直樹、文春文庫、2011 単行本初版 2009)-精神の深いレベルで傷を抱えている日本と日本人を象徴する天皇陛下


「12月23日の天皇誕生日-1948年(昭和23年)のこの日、東條英機の処刑が執行された・・・

昭和天皇が崩御されてから、昭和時代の「天皇誕生日」は「みどりの日」となって国民の祝日として存続することとなった。

崩御から19年たった2007年(平成19年)には「昭和の日」と改名されて現在にいたっている。

現在の天皇誕生日は、本日12月23日である。

1948年(昭和23年)12月23日は、当時は皇太子であった明仁親王の15歳の誕生日であったが、その同じ日に占領軍によって東條英機をはじめとするA級戦犯たちに絞首刑が執行された・・・。東條英機は昭和天皇の身代わりとなったのであった。

なんという一致であることか。いや、しかしこれは偶然の一致ではない。アメリカ占領軍が、いや端的にいえばマッカーサーが日本占領の歴史に刻み込んだ「死の暗号」なのだ! 

猪瀬直樹は、じつにおそるべき事実を発見したのである。多感な少年時代にこの事実を知った、ただ一人を例外として、誰もが気がつかなかったこの事実を。

本書は、猪瀬直樹の作品系列のなかでは、『昭和16年夏の敗戦』『黒船の世紀』につづくアメリカもの三部作の最後にあたるものだ。本書では、より作者が内容に深く関与するドキュメンタリー・スタイルのノンフィクションになっているのは、著者自身もそのなかで生きてきた現代史そのものであるからだろう。

幕末に太平の夢を醒まされ、力づくに開国を迫られたうえに弱肉強食の近代世界に放り込まれた日本。そして、「黒船」コンプレックスを精神の深層にわだかまらせてきた日本人

第二次大戦における敗戦によって、さらに精神の深いレベルで傷を抱えることになっているのに、あたかも何もないかのように振る舞い続けてきた日本人。しかし、それにはおのずから限界というものがある。

3-11後」となり、長く続いた「戦後」という時代が終わったと言いつつも、じつはまだ「黒船」に余儀なくされた開国も、完膚なきまきまでの敗戦による占領も、長く尾を引き続けていることを、あらためて感じざるを得ないのである。

だがその事実を知ったところで、いったいどうしたらいいというのだろうか? 著者はあえて答えを書かずに、読者一人一人の課題として突きつけている。

本書は、日本人に問いかける本である。なぜ著者が東京副知事という多忙な職に就いていながらこの本を書き上げなくてはならないと思ったのか、それは最後まで読めばおのずから感じとることができるだろう。

何よりもまず、日本人は日本の歴史を過去から現在にいたる連続体として捉えなくては、けっして前に進むことはできないのである。事実を知ることそのものが大事なのだ。

だから本書を読むことを、「昭和時代」を知らない若い世代にはとくに勧めたいと思う。



<初出情報>

■bk1書評「12月23日の天皇誕生日-1948年(昭和23)のこの日、東條英機の処刑が執行された・・・」投稿掲載(2011年12月22日)
■amazon書評「12月23日の天皇誕生日-1948年(昭和23)のこの日、東條英機の処刑が執行された」投稿掲載(2011年12月22日)





目 次

プロローグ
第1章 子爵夫人
第2章 奥日光の暗雲
第3章 アメリカ人
第4章 天皇の密約
第5章 四月二十九日の誕生日
第6章 退位せず
終章 十二月二十三日の十字架
文庫版のためのあとがき
参考文献
解説: 梯(かけはし)久美子


著者プロフィール

猪瀬直樹(いのせ・なおき)

作家。1946年、長野県生まれ。『ミカドの肖像』(1986年)で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『日本国の研究』(1997年。文藝春秋読者賞受賞)は、政界の利権、腐敗、官僚支配の問題を鋭く突き、小泉純一郎首相から行革断行評議会委員、道路公団民営化推進委員に任命される契機ともなった。東京工業大学特任教授など幅広い領域で活躍。2007年6月、東京都副知事に就任(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>


2008年に出版された単行本の原題は『ジミーの誕生日-アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」ー』(文藝春秋社、2008)であった。

今回の文庫版では、副題はそのままにタイトルが『東條英機処刑の日』に変更された。「ジミーの誕生日」ではいまいちピンとこないためであろう。

ジミーとは、敗戦後の日本で皇太子(当時、現在の明仁天皇)につけられた英語教師ヴァイニング夫人が命名したイングリッシュ・ネームである。

キリスト教プロテスタント派のひとつであるクエーカーであったヴァイニング夫人が皇室に招かれた背景には、昭和天皇自身のつよい意向があったといわれている。当時の昭和天皇は、皇室の存続のためには、たとえキリスト教であろうが取り込むという、なりふり構わぬ・・・・を・・・・していたのだった。

本書は、ある子爵夫人の日記に記された「ジミーの誕生日」に関する記述から始まる。

その日記の一節のもつ謎にとりつかれたのは、子爵夫人の孫にあたる女性だが、この子爵夫人が誰であるか本文では明記されない。だが、読みすすめているうちに、分かるひとには分かってくるはずである。GHQにいて憲法起草にも関与したケーディス大佐との不倫で有名になった人のことである。ヒントは参考文献のなかにあるといっておこう。

本書によれば、アメリカ占領軍は、完璧なまでに日付に意味を込めていたことが明らかになる(P.252)。

天皇誕生日の12月23日は、東條英機らA級戦犯7人が絞首刑になった日であるだけでなく、昭和天皇誕生日の4月29日は、A級戦犯の28人が起訴された日、「憲法記念日」の5月3日は、「東京裁判」の開廷日であったのだ。

猪瀬直樹によって指摘されるまで、日付に仕込まれた暗合にはまったく気がつくことのなかった多くの日本人。わたしもその一人であった。

12月23日の翌日24日はクリスマスイブ、そして25日はクリスマスだ。今年2011年はたまたま三連休となるが、この本を読んだら、これから毎年12月23日が来るたびに、米国が仕込んだ刻印について思い出すことになるのではないか。

それがもし自分の誕生日であったなら、ましてや意図的に自分の誕生日にあわせて自分の父親の身代わりとして処刑された人がいたというのなら・・・。

今上天皇陛下(=明仁天皇)の御心を忖度(そんたく)するわけにはいかないが、文庫版の解説でノンフィクション作家の梯(かけはし)久美子氏が書いているように、「先の大戦」で死者となったすべての人たちの鎮魂をライフワークとされている天皇皇后両陛下の動機がいかなるものであるかを考えるひとつのヒントになるのかもしれない。

なお、梯久美子氏は、クリント・イーストウッドが監督し、渡辺謙が主役として栗林忠道陸軍中将を演じたハリウッド映画『硫黄島からの手紙』(2006年)の原作者である。

知米派の将軍であった栗林忠道の伝記は、『散るぞ悲しき-硫黄島総指揮官・栗林忠道-』(新潮社、2006年)として出版された。現在では文庫版としてロングセラーを続けている。







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