2012年3月2日金曜日

『崩れ』(幸田文、講談社文庫、1994 単行本初版 1991)ー われわれは崩れやすい火山列島に住んでいる住民なのだ!

「崩れ」見てある記-文学者が歩いて書いた、火山列島に生きている日本人の諦念の記録

われわれは火山列島に住んでいる住民なのだということを、しみじみと感じさせてくれる作品だ。

文学者が書いた「崩れ」というタイトルからは、「崩れ」をメタファーとして語った文学作品だと予想していたが、意外なことに「崩れ」という自然現象そのものを文学者の眼でとらえた作品であった。

随筆の名手であった幸田文が、なぜ「崩れ」という地質学上の現象に関心を抱いて、72歳(!)で全国各地の山崩れ現場を歩き回ることになったのか? 

自分の「引き出し」のなかにあった「物の種」が突然に発芽し、内面からそれこそ火山活動のように湧き上がってくる衝動に突き動かされ、ものに憑かれたように全国の「崩れ」の現場を歩き回ったらしい。

火山列島日本の土壌は全般的に柔らかい。大雨が集中して地盤が弱くなると崩れ、大雨が降らなくても火山灰でできた弱い地盤は崩れやすい。いったん崩れると、崩落した土砂は土石流となって下流域の居住地域を破壊する。長年かけて切り拓いてきた畑も人家も一気に流してしまう土石流。地面の崩れは人間生活そのものの崩れにつながってしまう。しかし、また復旧作業が終われば人びとはもとの土地に戻ってくる。こんな人生を、この火山列島の住人たちは有史以来、繰り返してきたのだ。

わたし自身、高校時代から地学好きで、幸田文があげている崩れの大本山である富士山も含めて数々の山にも登ってきたが、著者のように「崩れ」の現場に着目したことはなかった。何度も眼にしていながら、見ていなかったのだろうか。土石流の被害地のことも、どこかしら他人事のように思っていたのかもしれない

この本を読みながら、なんだかわたしも急に「崩れ」が気になってきて、平地の住宅地の崖にも注意を払うようになってきた。この本にも、都心なのに裏山が崩れて生き埋めになった人の話がでてくるが、日本全国どこでも「崩れ」の犠牲者になる可能性があることに注意を払いたいものである。

淡々としたしなやかな文章なのだが、読んでいくうちにものの見方が変わってくるのを覚えるようになってくる。日本人なら一度は読んでおきたい文章である。


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<初出情報>


■bk1書評「「崩れ」見てある記-文学者が歩いて書いた、火山列島に生きている日本人の諦念の記録」投稿掲載(2011年11月7日)
■amazon書評「「崩れ」見てある記-文学者が歩いて書いた、火山列島に生きている日本人の諦念の記録」投稿掲載(2011年11月7日)


著者プロフィール

幸田 文(こうだ・あや) 

明治37年(1904)9月1日、東京向島生れ。父は明治の文豪幸田露伴。6歳で母を失い、8歳で姉を失う。弟も大正15年に夭折した。その間東京麹町の女子学院に学びながら、父に家事や身辺のきびしい躾を受けた。昭和3年結婚。10年間の結婚生活の後、長女玉を連れて離婚。幸田家に戻る。22年、80歳の露伴を記念した雑誌「藝林かん歩」の〈露伴先生記念号〉に、「雑記」を書く。露伴逝去後『父-その死-』『こんなこと』『みそっかす』等を出版。「露伴蝸牛庵語彙」等編纂。30年長篇小説『流れる』(芸術院賞・新潮文学賞)。短篇集『黒い裾』(読売文学賞)の他『さゞなみの日記』『ちぎれ雲』『包む』『笛』『おとうと』『猿のこしかけ』『番茶菓子』『駅』『草の花』『闘』(女流文学賞)等々出版。平成2年10月31日逝去。没後『崩れ』『木』『台所のおと』『きもの』『季節のかたみ』『雀の手帖』『月の塵』『動物のぞき』がある。


<関連サイト>

幸田文 崩れ~富士山大沢崩れ~
・・『崩れ』の朗読のダウンロード形式の映像 12分強)・・企画:建設省中部地方建設局富士砂防工事事務所、製作:砂防広報センター、監修:青木玉(幸田文の娘)

地形判読のためのページ(国土地理院)


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