2012年4月4日水曜日

書評『コンピュータが仕事を奪う』(新井紀子、日本経済新聞出版社、2010)ー 現代社会になぜ数学が不可欠かを説明してくれる本


現代社会を成り立たせているのは数学。数学がなぜ必要なのかを懇切丁寧に説明した本

本書は、コンピュータのなにが、どう人間から仕事を奪っていくのかを、法学部出身の情報科学者にして数学者が、かんでふくめるように懇切丁寧に解説してくれる本だ。

現代社会が数学抜きには成り立ち得ないことを、著者はグーグルやアマゾンの例を取りながら、いやというほどわからせてくれる。

世の中の現実を、数式で論理的に表現すること、すなわちモデル化が進むことによって、特定のイシュー(=問題)については、アルゴリズムを組めば、膨大な演算を高速度に行う事で容易に解が得られるようになったのだ。

アルゴリズムとコンピューターは演算処理のスピードが相乗的に働くことによって、さまざまな課題が解決されるようになってきた。

さいきんよく話題になる「ビッグデータ」や「データマイニング」はコンピューターの演算処理能力の向上によって現実化しているのである。

数学者である著者は、本書の記述をとおして、コンピュータの本質が「計算機」であることをあらためて思い起こしてくれる。

かつて導入期において「電子計算機」と日本語で表現されたコンピューターは、現在では中国語から転用された「電脳」という表現にとって替わられてしまったが、英語では文字通り計算機を意味するコンピューターからの用語の言い換えは行われてはいない。

導入期から現在までの半導体の能力の飛躍的な発達によって、コンピュータの演算処理能力が飛躍的に高まっただけだ。「電脳」という感覚的な表現がシックリくるようになっているに過ぎない。

数年前のベストセラーに『フラット化する世界』(トマス・フリードマン、日本経済新聞社出版、2006)というタイトルのノンフィクションがあった。

その本で描かれていたのは、地球全体がフラット化することによって、賃金が平準化し、しかも下方へシフトしていくという、すでに始まっている明るくない未来図であった。その典型が、インドのIT産業が米国の職を奪うというきわめて悲観的な内容。そこで全面的に描かれたのは、「グローバル化の負の側面」である。

「コンピュータが苦手で、しかもその能力によって労働の価値に差異が生まれるようなタイプの能力」を身につけよ、というのが著者の結論だ。

著者がいうように、「コンピューターは意味は理解できない」ということに尽きる。

だからこそ、「脳の働きのうち、論理と言語を駆使して高度に思考し表現する仕事」、「人間の多くにとって容易な、見る、聞く、感じるなどの五感を使った情報処理」、「身体性を必要とするような職業」があげられることになる。

これらは、かつて米国の労働長官を務めたことのある経済学者ロバート・ライシュがいう「シンボリック・アナリスト」に該当するのではないだろうか?

タイトルには、やや「脅かし系」や「煽り系」のニュアンスを感じるが、内容にそくしていえば「現代社会と数学」といってもいい。おそらく、著者が理学部出身者でも工学部出身者でもなく、社会科学の素養があるので、数学を社会というコンテクストに位置づけて見ることができるため、このような内容になったのだろう。

著者も言うように、日本の数学教育のいちばん大きな問題は、なぜ数学をやらなければならないかの説明がほとんどなされないことだ。これは私自身、つよく感じてきたことである。本書で著者は、なぜ数学が必要なのかを、現代ビジネスの現場から古代ギリシアまでさかのぼって見ることによって、一般向けにかんでふくめるように懇切丁寧に説明している。

なぜ数学を勉強しなければならないか、自分で納得したい人だけでなく、子どもに説明する立場にある人は親も教師も、ぜひ読んで理解すべき本であるといえよう。タイトル以上の内容のある本である。


<初出情報>

■bk1書評「現代社会を成り立たせているのは数学。数学がなぜ必要なのかを懇切丁寧に説明した本」投稿掲載(2011年3月9日)
■amazon書評「現代社会を成り立たせているのは数学。数学がなぜ必要なのかを懇切丁寧に説明した本」投稿掲載(2011年3月9日)

*再録にあたって加筆した。





目 次
はじめに-消えていく人間の仕事
第1章 コンピュータに仕事をさせるには
第2章 人間に追いつくコンピュータ
第3章 数学が文明を築いた
第4章 数学で読み解く未来
第5章 私たちは何を学ぶべきか
おわりに-計算とともに生きる

著者プロフィール

新井紀子(あらい・のりこ)

国立情報学研究所教授・社会共有知研究センター長。1962年、東京生まれ。一橋大学法学部卒業、イリノイ大学大学院数学科修了。理学博士。2006年より現職。専門は数理論理学、情報科学、数学教育。日本数学会教育委員会委員長、日本数学協会幹事。教育機関・公共機関向け情報共有システム NetCommons、研究者向けウェブサービス Researchermap を開発。また中高校生向け教育サイト「e-教室」を設計・主宰、子どものための数学書執筆や講演・出前授業なども行う(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


<書評への付記>

製造業が海外移転して「空洞化」が進む日本-サービス業は二極分解していることに気がつくべきだ!

先日、将棋も囲碁も、名人たちがコンピュータ-に屈服した。コンピューターにすこしハンデをつけてのことであったが、人間の負けは負けである。2012年3月の話題である。

まさにコンピューターの能力向上によるもの。「アルゴリズムとコンピューターは演算処理のスピードが相乗的に働くことによって、さまざまな課題が解決されるようになってきた」のである。

だから、ご年配の方がコンピュータをさして計算機というのを聞くと思わず笑ってしまうのは禁物なのだ。コンピューター(computer)は、計算する(compute)の派生語、直訳したら計算する人であり機械なのである。計算機なのである。たしかに「電脳」という中国語はイメージを直観させるいい訳語だが、本質は計算機であることには、コンピューターの誕生以来まったく変わっていないのである。

それでもコンピューターには限界があると著者はいう。「発見型の知性」が不得意なのは「指数爆発」のためであると。

「コンピュータが苦手で、しかもその能力によって労働の価値に差異が生まれるようなタイプの能力」(P.190)とは、以下のようなものだ。

脳の働きのうち、論理と言語を駆使して高度に思考し表現する仕事
人間の多くにとって容易な、見る、聞く、感じるなどの五感を使った情報処理、 身体性を必要とするような職業
文脈(コンテクスト)理解、状況判断、モデル構築、コミュニケーション能力を必要とする職業

たしかに、こういったことは、コンピューターは苦手としている。

とはいえ、単純定型業務はコンピューターで代替できる分野が格段に拡大している。省力化によって浮いてしまう人たちはいったい何をやったらいいのか?

製造業立国であった日本も、ものづくりはどんどん海外に流出し、いわゆる「空洞化」が加速こそすれ、減速する気配はまったく見えない。

この書評を書いて投稿したのは、2011年3月9日、つまり「3-11」の二日前であった。「3-11」以降、日本の製造業をめぐる外部環境が悪化の一途をたどっていることは、あらためていうまでもない。

少子化で労働人口が減少している日本だが、それでも雇用を吸収するためには製造用以外のサービス業の第三次産業や農業などの第一次産業に求めなくてはならないのだが、著者が指摘しているようなコンピューターが苦手な仕事は、サービス業ではあっても高度な知的サービス業である。サービス業は二極分解しているのである。

果たして、そのような高度な能力を持ち合わせない、あるいは不得意な人たちは、いったいどうしたらいいのだろうか・・・。

グーグルはいま画像検索や動画検索のため、「タグ」となるキーワードを人力で入力する作業を行っている。とはいえ、コンピューターに入力するデータの整理をする肉体労働では、カネは稼げない。きわめて安価な労働力として利用している。

そういう問題が一方では残るのだが、可能であれば高度サービス業にシフトしていくのが、社会全体だけでなく、個人のキャリアとしても現実的なソリューションであることは言うまでもないことだ。

そのためには、「なぜ数学をやらなければならないかの説明がほとんどない状態」を教育現場で是正していくことで、数学キライをすこしでも減らすこともその一つの方策であろう。数学キライが減れば、ビジネスパーソンになってからロジカルシンキングを勉強するなどしなくて済む。

私立大学の文系では大学入試に数学がなくなって久しいが、もうこれ以上、学生におもねることなく、入試に数学を復活することが喫緊の課題であると、わたしは考えており、機会があるたびに強調しているのだが・・・・。





<関連サイト>

「技術革新で仕事の5割が消滅」20年後の社会 (ハフィントンポスト 2014年1月20日 執筆者 Michael Rundle 47% Of All Jobs Will Be Automated By 2034, And 'No Government Is Prepared' Says Economist

機械学習革命 的中したビル・ゲイツの予言 (日経コンピュータ、2014年8月4日~8日)
・・「自ら学習するマシンを生み出すことには、マイクロソフト10社分の価値がある」。 米マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏は今から10年前の2004年2月にこう語った。 その時は来た。 米グーグルや米アップル、米フェイスブックといった先進IT企業は今、コンピュータがデータの中から知識やルールを自動的に獲得する「機械学習」の技術を駆使し、様々なイノベーションを生み出し始めている。 これらは来たる機械学習革命の、ほんの序章に過ぎない。 機械学習の本質は、知性を実現する「アルゴリズム」を人間の行動パターンから自動生成することにある」

Keen On-『第二の機械時代(The Second Machine Age)』の著者にデジタル経済が進展する中での人間の役割を聞く (TechCrunch、2014年2月14日)

Artificial intelligence meets the C-suite Interview|  (McKinsey Quarterly, September 2014)
・・「Technology is getting smarter, faster. Are you? Experts including the authors of The Second Machine Age, Erik Brynjolfsson and Andrew McAfee, examine the impact that “thinking” machines may have on top-management roles.」  『第二の機械時代』の共著者ブリニョルフソンとマカフィーをまじえた座談会。エグゼクティブははたして生き残れるか?という議論で、ある起業家は、「機械にできることは機械にまかせるという発想はアウトソーシングの発想と同じだ」と喝破している。 

(2014年9月11日 情報追加)






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(情報追加 2014年1月21日)
 

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