2013年11月13日水曜日

書評『こころを学ぶ-ダライ・ラマ法王 仏教者と科学者の対話』(ダライ・ラマ法王他、講談社、2013)ー 日本の科学者たちとの対話で学ぶ仏教と科学


2012年11月6日と7日の二日間にわたって開かれた「ダライ・ラマ法王と科学者の対話 日本からの発信」の記録が書籍化されたものだ。

じつに多岐にわたる科学のテーマをまるまる二日間にわたって真摯に耳を傾け、的確なコメントをしていくダライ・ラマ法王の好奇心のつよさと知的体力、そして対話能力にはおおいに感嘆しながら読んだ。

ダライ・ラマは、まさに現代における仏教精神の真の体現者であるというべきだろう。科学一般に開かれた自由な精神、健全な懐疑精神、ゆるぎない信念、そして知性を行動に結びつける情熱・・・。これだけ兼ね備えた仏教者は、はたしてほかにいるだろうか?

子どもの頃から「科学少年」であったダライ・ラマは、宇宙学、天文学、生物学、とくに量子物理学へのつよい関心をもち、西洋の第一級の科学者たちとの真剣な対話を過去数十年つづけてきた。

「こころと科学との統合」こそがいま求められているとお考えのダライ・ラマは、日本の科学者たちとのセッションを心待ちにしておられたという。

西欧社会においてキリスト教から生まれた「近代科学」であるが、科学的思考法を身に付けた日本人科学者たちには西洋人の科学者にはないものを期待されているようだ。つまり、西洋的な思考方法を身につけながらも、根底には仏教をふくめた東洋的なものの考え方があるだろうと。

ダライ・ラマは西洋人の科学者たちとの対話は、「仏教と科学」ではなく、「仏教科学と科学」との対話だとしている。仏教は科学との親和性は高いものの科学そのものではないからだ。

仏教は科学上の発見によって世界観を修正されるべきである一方、仏教がこころの科学の発展に貢献できるものがきわめて大きいものがあるのだ、という。その意味で量子物理学的なものの見方にダライ・ラマ自身が多大な関心を抱いておられようだ。

天体望遠鏡で宇宙をみていた「科学少年」であるだけでなく、14世ダライ・ラマとして少年の頃ころから、チベット仏教のゲルク派の最高指導者として徹底的な仏教教育を受けてきたからでもある。

ダライラマが言うには、チベット仏教の系譜はインドのナーランダの僧院に起源をもつもので、中観派のナーガールジュナ(龍樹)以来の懐疑精神が根本にある。徹底的に論争する伝統がチベット仏教にはあるのだ。これは日本仏教との大きな違いでもある。

二日間のセッションは以下のとおりである。

序章 村上和雄 「今こそ日本人の出番」と法王様はおっしゃった

セッション1  「遺伝子・科学 / 技術と仏教」
 ダライ・ラマ法王: オープニング・スピーチ
 村上和雄(遺伝子科学): 「遺伝子オンでいのちを輝かす」
 志村史夫(半導体工学): 「佛教が唱え、物理学が明らかにしたこと」

セッション2  「物理科学・宇宙と仏教」
 佐治晴夫(天文学):  「“こころ”が結ぶ科学と宗教」
 横山順一(素粒子物理学):  「たくさんの宇宙」
 米沢富美子(理論物理学):  「“あいまいさの科学”と人間」

セッション3  「生命科学・医学と仏教」
 柳沢正史(分子薬理学・神経科学):  「睡眠の謎」
 矢作直樹(緊急医学):  「病は気から」
 河合徳枝(精神生理学):  「"幸福感の脳機能" を測ることは可能か?」

セッション4  「新たな科学の創造への挑戦 ~日本からの発信~」
 安田喜憲(環境考古学)、棚次正和(哲学)、大橋力(文明科学研究所所長)

司会: 下村満子(ジャーナリスト)


第一人者たちが最先端の科学をわかりやすくかみくだいて説明してくれるのはたいへんありがたい。「セッション2」のビッグバンとゆらぎの話や、「セッション4」のトランス状態にあるバリ島人の脳科学の話はひじょうに興味深く感じた。

第一級の科学者たちは、科学ができることの限界を知っているということが重要だ。科学ができること、これまでの科学ではアプローチできないことを自覚することが大事なのだ。

その意味では、科学者たちの発言だけでなく、ダライラマ自身の「健全な懐疑精神」にこそ敬意を払うべきだろう。科学者たちのなかには、このセッションではかなり抑制的ではあるものの、疑似科学すれすれの発言もなくはない。そんな発言に対するダライラマの切り換えしや、ユーモアをまじえたはぐらかしはさすがである。

聴衆からでている輪廻転生についての質問に対しても、ダライラマの姿勢は同じだ。ご興味のある方は、本文を読んでダライ・ラマの解答をお読みいただきたい。

また、ダライラマが繰り返し言及している「縁起」や「因果」にかんする話は大乗仏教の真髄である。縁起とは相互依存性であり、因果とは原因と結果の科学のことだ。この点からも、仏教と科学は親和性が高いことがわかるはずだ。

その意味でも、科学知識をもちあわせた現代人にとっての仏教はこうあるべきだという一つの姿をダライ・ラマに見出すのは不自然なことではない。

「世界の平和をリードするのは、日本だ。今こそ日本人の出番だ!」というダライ・ラマ法王のコトバ、日本人はしかと心に刻みつけるべきである。ぜひ一読をすすめたい。





著者プロフィール

対話に参加した日本の科学者の肩書は以下のとおり

村上和雄: 筑波大学名誉教授
志村史夫: 静岡理工科大学教授
佐治晴夫: 鈴鹿短期大学学長
横山順一: 東大大学院医学系研究科付属ビッグバン宇宙国際研究センター教授
米沢登美子: 慶應義塾大学名誉教授
柳沢正史: 筑波大学、テキサス大学、サウスウェスタン医学センター教授
矢作直樹: 東京大学大学院医学系研究科救急医学分野教授
河合徳枝: 早稲田大学研究院客員教授


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