2017年8月3日木曜日

「私鉄沿線」からアプローチする「日本近現代史」-永江雅和教授による姉妹作 『小田急沿線の近現代史』(2016年)と『京王沿線の近現代史』(2017年)を読む


日本では一般的に「私鉄」とは生活路線であり、中核都市から放射状に伸びた路線の沿線、すなわち郊外に居住する住民や学生が通勤や通学などの日常的利用が主目的の鉄道路線である。

その沿線の住人や沿線に勤務地や学校などない限り、その私鉄に乗ることもない。わざわざ「乗り鉄」として乗りに行く人も少ないだろう。したがって、その路線の利用者でないとあまり関心がない
のは当然だ。

東京であれ大阪であれ、またその他の中核都市であれ、その中核都市を起点に放射状に拡がっていくのが私鉄だ。東京の場合は、南は東京湾になるので、基本的に東西方向が多い。小田急線や京王線や西武線のように西方向に、京成線のように東方向にいく路線である。北方向に向かう東武線だ。

専修大学経済学部の永江雅和教授からいただいたのが、小田急線と京王線の「沿線史」だ。タイトルはそれぞれ、『小田急沿線の近現代史』(永江雅和、クロスカルチャー出版、2016) と 『京王沿線の近現代史』永江雅和、クロスカルチャー出版、2017)。姉妹本である。

この2冊の「姉妹本」は、「地域史」とは重なる面もあるが、それとは異なるカテゴリーというべきかもしれない「沿線史」といった観点から「日本近現代史」を描いたものだ。経済史の観点からみた、「鉄道史」であり「沿線開発史」となる。

著者の永江教授が教鞭をとっている専修大学は「小田急沿線」に立地している。歴史に関心のない大学生の興味を引き出すために行っている講義を書籍化したものだそうだが、小田急を利用している人には面白い内容だと思う。パラレルに東西方向を走っている京王線もまた。

構成もまた工夫されていて、小田急線は始発の新宿駅から終点の小田原駅まで、京王線は始発の渋谷駅から終点の高尾駅まで、沿線にそって話が展開する。各駅停車の旅みたいなスタイルは、内容にはよくフィットしているといえる。ビデオ化するといいかもしれない。

鉄道ファンには、「乗り鉄」や「撮り鉄」などさまざまな形があるが、「読み鉄」といった楽しみがあってもいいのかもしれない。「日本鉄道史」は「日本近現代史」そのものだし、「沿線開発」もまたそうだからだ。

西武鉄道と東急電鉄については、その創業者たちがアクの強い起業家であったこともあり、作家の猪瀬直樹氏による1980年代に出版されたノンフィクション作品が、それぞれ『ミカドの肖像』『土地の神話』として、もはや古典的作品となっているが、おなじく新宿・渋谷から東京西郊にむけて放射状に路線を広げていった小田急電鉄と京王線の沿線開発しについては見るべきものがなかった。

永江教授による小田急線と京王線の「沿線史」は、その意味では補完的となる意味合いももっているので興味深く読んだ。fあえていえば、小田急線のほうが京王線より面白いというのが正直な感想だ。これは小田急の創業経営者の個性や、電力事業や民間デベロッパーとしての性格によるものも大きい。

小田急線あるいは京王線の沿線住民や通勤通学で使用している人にとっては興味深い内容だと思う。電車の車両のデザインを書籍のカバーにしているのも面白い。



●『小田急沿線の近現代史(CPCリブレ no.5 エコーする「知」)』(永江雅和、クロスカルチャー出版、2016)

目 次

第1章 私鉄経営と沿線開発-「阪急モデル」と小田急
第2章 「副都心」新宿の形成と駅ビル建設
第3章 「ファッションの街」渋谷と代々木公園
第4章 世田谷の耕地整理と「学園都市」成城の建設
第5章 狛江市と「雨乞い事件」
第6章 生田村騒動と向ヶ丘遊園
第7章 駅前団地と多摩ニュータウン
第8章 町田の「三多摩壮士」と玉川学園
第9章 「軍都」相模原・座間と林間都市計画
第10章 海老名と厚木の駅前開発
第11章 大山・丹沢の観光と小田急
第12章 小田原・箱根の観光と交通 あとがき、関連年表、参考文献
あとがき
関連年表・参考文献






●『京王沿線の近現代史 (CPCリブレ― no.6 エコーする「知」)』(永江雅和、クロスカルチャー出版、2017)

目 次

第1章 京王沿線の歴史を知るためのキーワード
第2章 副都心新宿の形成と京王線
第3章 玉川上水沿いを走る京王線-渋谷区旧代々幡村地域の事例
第4章 近郊農村から高級住宅地へ-京王線と世田谷の風景
第5章 環状鉄道の夢の跡-帝都電鉄から井の頭線へ
第6章 「東洋のハリウッド」-京王線と調布市
第7章 南下する玉南電鉄-府中市と京王線
第8章 聖蹟とニュータウン-京王線と多摩市
第9章 稲田堤の桜と多摩丘陵の開発-相模原線と川崎市・稲城市
第10章 動物園がやってきた-日野市と京王線
第11章 御陵線から高尾線へ-京王線と八王子市
あとがき
関連年表・参考文献




著者プロフィール
 
1970年生まれ。専修大学教授。一橋大学経済学部卒、同大経済学研究科後期博士課程単位取得退学。博士(経済学)。『食料供出制度の研究』日本経済評論社、2013年。『小田急沿線の近現代史』クロスカルチャー出版、2016年。((本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<関連サイト>

「私鉄沿線」(野口五郎、1975年)(YouTube)
・・演歌調のヒット曲

小田急電鉄 公式サイト

京王グループ 公式サイト


<ブログ内関連記事>

書評 『鉄道王たちの近現代史』(小川裕夫、イースト新書、2014)-「社会インフラ」としての鉄道は日本近代化」の主導役を担ってきた
・・鉄道史を読むという、「読み鉄」という楽しみ方もあっていいのかなと思う」

書評 『「鉄学」概論-車窓から眺める日本近現代史-』(原 武史、新潮文庫、2011)-「高度成長期」の 1960年代前後に大きな断絶が生じた 
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書評 『京成電鉄-昭和の記憶-』(三好好三、彩流社、2012)-かつて京成には行商専用列車があった!

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"世界最小の大仏"を見に行ってきた・・そしてついでに新京成線全線踏破を実行

「企画展 成田へ-江戸の旅・近代の旅-(鉄道歴史展示室 東京・汐留 )にいってみた・・神社仏閣参詣客の輸送需要に目を付けた鉄道事業者たち

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・・東京西郊へ伸びる私鉄路線の出発点としての新宿=代々木地域

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「東京は、民間デベロッパーのビジネスとして宅地分譲と一体型の開発が行われたのに対し、阪神では鉄道会社がミッションスクールを誘致して大学を育成しながら大学町のブランディングを重視した姿勢、大阪は大阪商大(現在の大阪市立大学)が大阪市の都市計画の一環として計画されたのだと著者は整理している。大学町は学園都市ともいうが、東京の東急沿線に形成された大学町は学園都市というべきかもしれない。田園都市との類比を想起するからだ。

(2017年8月10日 情報追加)




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