2021年2月9日火曜日

書評『黒魔術がひそむ国-ミャンマー政治の舞台裏』(春日孝之、河出書房新社、2020)-ミャンマーにまつわる長年の疑問が氷解


先日2月1日にミャンマーで発生したクーデターで「民主化」が逆戻りする懸念のなかにある。 
   
背後関係になにがあったのか、なにが動機となったのか、さまざまな仮説にもとづいた説明がなされている、ミャンマー国軍によって情報統制されていることもあって、現時点ではまだまだ謎が多い。 

そんんなかのことであるが、『黒魔術がひそむ国-ミャンマー政治の舞台裏』(春日孝之、河出書房新社、2020)という本が昨年10月に出版されていたことをはじめて知った。さっそく取り寄せて読んでみた。  

これは面白い。じつに面白い。長年の疑問が氷解したという思いで、隅から隅までじっくり読んだ。 

ある程度ミャンマーについて知っている人はいうまでもなく、ミャンマーに現在かかわっている人、あるいは関心がある人なら必読書というべき本だ。断片的な知識がつながっていく思いを抱くことであろう。

帯には辺境旅行作家の高野秀行氏の推薦文が掲載されているが、期待を裏切らない深くて濃厚な内容であった。しかもミャンマーの政治経済の研究者である工藤敏博氏の推薦もある。

タイトルはいっけんキワモノめいているが、魔術と政治の関係がテーマのこの本は、かなり充実した内容の本だ。魔術と政治の両者をおなじ土俵にあげて書くことのできる人は、なかなかいるものではない。 

18世紀以降の西欧に始まり、日本もまた「近代化」にあたって斬り捨ててきた「オカルト科学」それがいまなお濃厚に生きているのがミャンマーだ。多かれ少なかれタイも似たようなものだが、ミャンマーのほうがより濃厚に生き残っているという印象を受ける。 

とくに意味をもつのが「数秘術」。だからこそ、生年月日とその曜日が重要な意味をもつ。しかも、「占星術」にもとづくものなので、生年月日だけでなく、何時何分まで重要だ。 

「目次」を紹介しておこう。目次を見ているだけでワクワクしてくるはずだ。 

はじめに 
プロローグ 
1 誕生日は国家機密 
 生年月日とオカルト 
 黒魔術を除けるには 
 テインセイン大統領の兄が明かす出生情報 
 政権の「お抱え占星術師」現る 
 漏らされた「国家機密」 
2 アウンサンスーチーと占星術 
 アウンサン将軍も惹かれたスピリチュアル世界 
 予言「スーチーは国家指導者になる」 
 占星術はサイエンス 
 スーチーに次ぐ民主化闘士も占星術師 
 「暗闇で針穴に糸を通した」予言 
 スーチーとロヒンギャ問題、そして彼女の行方 
3 ネピドー遷都の謎 
 遷都のキーワードは数字の11 
 なぜヤンゴンが首都ではダメなのか? 
 遷都を決めたのは誰だ? 
 ヤダヤ(厄払い)という「魔法の薬」 
 白象の並外れた存在感 
4 「呪いの人形」とクーデター 
 計画の背後に「黒魔術師」 
 ネウィン一家が最も恐れた「ネウィンの死」 
 ネウィンの歴史的評価とオカルト趣味 
 ネウィンは当初、オカルト排除を目指した 
 「ビルマの鄧小平」キンニュンと占星術師 
 「呪いの人形」が暗示する「闇の奥」 
あとがき 


ただし、ここで取り上げられている「クーデター」は、いうまでもなく今回2021年のものではない。政治経済が停滞するなか、国軍が独裁者ネウィンを引きずり下ろした1988年のものだ。 

だが、「1988年クーデター」で政権を握った独裁者タンシュエと、失脚した前独裁者ネウィンにまつわる知られざるストーリーを知れば、今回のクーデターの背後関係を、別の角度から知ることができるだろう。表面的な説明では見えてこない状況が隠されているはずなのだ。

わたし自身、軍政時代の1997年を含めてミャンマーには4回いって、地方も含めてかなり回っているが(*首都ネーピードーにも行っている)、ここのところ主たる関心ではなくなっていたので、表面的なニュース以外には深くつっこんで見てこなかった。 

この本をじっくり読んだことで、これまでさんざん耳にしてきたウワサや都市伝説めいた情報の意味が、ようやく理解できるようになった気がしている。 

さて、この本の著者は、毎日新聞社でアジア中東をカバーしてきた元記者。インド、パキスタン、イランを経て、最後の現地駐在がミャンマーのヤンゴン。

「民主化」時代の2014年から3年間現地に駐在して取材活動にあたっている。(ちなみに、毎日新聞社は、軍政時代のアウンサンスーチー氏の手紙を掲載することで、民主派と深い関係を築いてきたという土台がある)。 

それにしても、よくこれだけの取材をしたものだと感嘆するばかりだ。支局長として政治経済問題をカバーしながら、同時に占星術師をたずね歩くという知的好奇心の強さ。この切り口で政治を読むという課題に、見事に成功している。

新聞社退職後にまとめたものらしいが、数年間の熟成期間を経て濃厚な内容になっている。とはいえ、昨年の時点で出版しておいたのは正解だろう。今回のクーデターを織り込んだ記述だと、完成はさらに遠のいてしまうからだ。 

ミャンマーについて関心のある人はもちろん、現代社会にいまなお生きている魔術について関心がある人なら、読んで損はないと思う。17世紀以前の西欧世界を理解するヒントにもあるだろう。多かれ少なかれ、政治経済から魔術的要素が完全に払拭された国などないのである。この日本も含めて。 





著者プロフィール
春日孝之(かすが・たかゆき)
1961年生まれ。ジャーナリスト、元毎日新聞編集委員。1985年に毎日新聞社入社。1995~96年、米国フリーダムフォーラム財団特別研究員としてハワイ大学大学院(アジア・中東史)に留学。ニューデリー、イスラマバード、テヘラン支局などを経て、2012年よりアジア総局長。翌年ヤンゴン支局長を兼務。2018年退職。ボーン・上田記念国際記者賞で4回の候補(イラン、ミャンマー報道でそれぞれ最終候補)。イラン報道では早稲田ジャーナリズム大賞最終候補。著書に『アフガニスタンから世界を見る』(晶文社、日本エッセイスト・クラブ賞最終候補)などがある。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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