2021年4月19日月曜日

書評『プーチンの国 ー ある地方都市に暮らす人々の記録』(アン・ギャレルズ、築地誠子訳、原書房、2017)ー 定点観測20年の記録でロシア人のホンネをあぶり出す

 

ロシア取材歴40年というベテラン女性ジャーナリストが、ロシアのある地方都市を20年間にわたって「定点観測」したノンフィクション作品だ。

この本を読んでいると、なぜ普通のロシア人たちがプーチンを支持しているのかが、手に取るようにわかる。そしてまた、プーチン批判の先頭に立っているナヴァルヌイなど反体制派の支持が地方都市に拡がってゆかない理由もよくわかる。 

「ある地方都市」とは、ウラル山脈の南端、つまりユーラシア国家ロシアのアジア側に位置する東シベリアの地方都市チェリャビンスクのことだ。 

といっても、すぐにはピンとこないだろうが、数年前に巨大隕石が落下(!)した都市だといえば思い出すかもしれない。著者もまた、2013年の隕石落下から話を説き起こす。 


首都モスクワは広大なロシアそのものではない

なぜ「地方都市」で「定点観測」なのかというと、首都モスクワは広大なロシアそのものではないからだ。 

米国人の著者は、モスクワは「ワシントンとニューヨークとシアトルとシカゴがひとつになったような」と説明するが、日本人なら「政治・経済・文化の中心である東京みたいな」の一言で済んでしまうだろう。 

東京と日本がイコールじゃないように、モスクワとロシアはイコールではない。圧倒的多数のロシア人は広大なロシアの地方で生きている。だから、モスクワを見ていても真のロシアはわからないのだ。 

そんな問題意識にもとづいて選ばれたのがチェリャビンスクだが、とくに考えがあって選んだわけではないらしい。


最終的にオフィスの壁に貼った大地図に向かって投げた、先のとがった鉛筆が刺さったのがチェリャビンスクだったに過ぎないのだ、と著者は語っている。ほんとうがどうか知るよしはないが、たしかにそうでもしなかったら選ばれることはなかっただろう。 

著者がチェリャビンスクで取材を開始したのは、ソ連崩壊後の1993年。それから毎年のように訪れていたが、2012年からはフリーになったので長期の滞在が可能となって、居住者として腰を下ろした観察が可能となった。 

さまざまな人びとと、直接ロシア語によるコミュニケーションによって、地方都市に生きる普通のロシア人(・・といっても属性はきわめて多岐にわたるが)が、日々なにを考え、生きているのか、具体的なライフストリーで語ることを可能にしている。 

具体的にどんな人たちかというと、目次をみるのが手っ取り早い。 

第1章 カオス 
第2章 安定 
第3章 アイデンティティ
第4章 タクシー運転手コーリャ
第5章 LGBTの人生
第6章 ロシアの家族問題
第7章 頑固な親たち
第8章 奮闘する医師たち
第9章 薬物依存者とHIV感染者
第10章 校舎と兵舎
第11章 信仰を持つ者
第12章 ムスリムのコミュニティ
第13章 人権活動家ニコライ・シュール
第14章 法医学者アレクサンドル・ヴラソフ
第15章 言論の自由
第16章 核の悪夢
第17章 景色を変える
第18章 レッドライン

1回限りの接触もあるし、長年にわたって付き合いのある人びとも登場する。典型的な地方都市に生きる人びとの記録といってもいいだろう。 


■されどチェリヤビンスクは単なる地方都市にあらず

とはいえ、チェリャビンスクには単なる地方都市とは言い切れないものがある。というのは、第2次大戦後にスターリン主導によって建設された核開発の中心都市でもあり、周囲には現在でも「閉鎖都市」が存在する。このため、放射能汚染が現在でも尾を引いていることにも触れられている。

チェルノブイリだけが問題ではないのだ (*ただし、チェルノブイリ原発はウクライナにあり、汚染地帯は風下のベラルーシが中心)。 

1991年のソ連崩壊から30年となるが、その間の激変のなかで普通の人びとは翻弄されてきたのである。普通の人びとが、願うのはなによりも生活の安定というのは、ロシアならずともおなじであろう。 

米国人ジャーナリストによるノンフィクションであるだけに、米国社会との対比もまた興味深い。まったく異なるようでもあり、ある意味では似たような側面もあるのが大陸国家の米国とロシアである。ともに社会的には大きな問題を抱えている点は共通している。 


ソ連崩壊後に民主化期待の高かった時代には、米国の影響の大きかったロシアだが、現在ではそんな日々はすでに過去のものとなっている。

「反米」で国内統一を図ろうとするプーチンの意図は、地方では成功しているのである。プーチンが地方在住者の気持ちをつかんでいるからだ。この点を無視してロシアを語るのはナンセンスというべきであろう。

いくら民主化運動の活動家がモスクワでデモを実行しようが、地方都市の住民の関心は高くないのである。

草の根レベルの話を拾い上げたノンフィクションとして、じつに貴重な内容であるだけでなく、じつに読みでのある作品に仕上がっている。翻訳もまた、たいへん読みやすかった。

 


著者プロフィール
アン・ギャレルズ(Anne Garrels)
米国のジャーナリスト。外国特派員。作家。1951年マサチューセッツ州生まれ。1972年にハーバード大学ラドクリフ女子大学卒業後、ABC(米国を代表する放送局)に入社。モスクワ支局長、中央アメリカ支局長等を歴任。1988年、NPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)入社。チェチェン、ボスニア、コソボ、アフガニスタン、パキスタン、イスラエル、イラク等を取材。2012年にNPRを退社後はフリー。2003年、国際女性メディア財団「勇気ある報道賞」受賞。2004年、ジョージ・ポルク賞(ラジオ報道部門)受賞。著書に『Naked in Baghdad』(2004年)と、本書『プーチンの国 Putin Country』(2016年)がある。


<関連サイト>

[Putin Country] | C-SPAN.org (YouTube 54分 著者によるブックトーク)
Putin Country Anne Garrels talked about her book, Putin Country: A Journey Into the Real Russia, about the rise of Russian President Vladimir Putin and the changes in Russia over her time covering the country for National Public Radio (NPR). JUNE 7, 2016 


秘密めいた閉鎖都市(ロシア・ビヨンド日本語版 2016年5月02日)
・・「ソ連時代に創設された、閉鎖都市という、重要な戦略施設が隠され、厳重な警備で隔離されていた街は、現在でも残っている。特別な許可証がなければ、ここに立ち入ることはできない」

(2021年4月23日 情報追加)


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■ソ連時代の核開発と原発事故



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