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2011年12月26日月曜日

『チェルノブイリ極秘-隠された事故報告-』(アラ・ヤロシンスカヤ、和田あき子訳、平凡社、1994)の原著が出版されたのは1992年-ソ連が崩壊したからこそ真相が明らかになった!



チェルノブイリ原発事故が発生したとき、いちばん最初に検知したのは風が流れる方向にあるスウェーデンであった。

事故が発生した1986年には、改革派の切札ゴルバチョフがすでに1985年には就任していたのだが、そのゴルバチョフですら事故の発生を、ただちに国内外で公表しなかったことを、まずは押さえておきたい。

しかも、原発事故が直接の引き金になったわけではないが、いまからちょうど20年前の 1991年12月25日にソ連自体が解体し、崩壊することになるとは事故当時は予想すらしなかったであろう。

『チェルノブイリ極秘-隠された事故報告-』は、被災地に住む女性ジャーナリストが、ソ連末期から真相を求めて体当たり取材を行って解明した事実に、ソ連崩壊後に入手できた「極秘」議事録をもとに書いた、チェルノブイリ原発事故8年後の真相である。

「チェルノブイリ原発事故」から 25年のきょう(2011年4月26日)、アンドレイ・タルコスフキー監督最後の作品 『サクリファイス』(1986)を回想する という記事をこのブログに書いたとき、この本がどこにいってしまったかわからなかったので参照しなかったが、先日段ボール箱のなかから発見したので、ソ連崩壊20年目に紹介してみようと思った次第だ。

新刊では入手困難で古書価も高止まりしており、おそらく再版される見込みがなさそうなので、目次と中身を一部紹介しておきたいと思う。

関心のある方はぜひ図書館で閲覧してみてほしい。


目 次

日本の読者へ
第1部 わが内なるチェルノブイリ
1. 世界ではじめての体験
2. ルードゥニャ=オソシニャ村-偽りのゾーン
3. 廃墟のそばで
4. ジトーミルでの政治戦争
5. 議会での虚しい叫び声
6. 体制の秘密主義-情報はいかに統制されたか
7. 罰なき罪
8. イズラエリは告白する
9. 「子どもたちの健康は心配ない」
10. 真理の瞬間
11. 「地球規模の大惨事(カタストロフ)である」
12. IAEA はそれでいいのか?
13. チェチャ川は流れる-ウラル核惨事の警告
14. 溺れる者を救うのは、溺れる者自身の手である
15. 汚染地域再訪
16. 「子どもたちが死にかかっています、助けて下さい!」

第2部 極秘
1. クレムリンの賢人たちの40の機密議事録-「秘密の対策本部」は何を決めたのか
ウソ1-放射能汚染について
ウソ2-汚染された農地の「きれいな」農産物について
ウソ3-新聞向け報道について
2. この世の生活は原子炉とともにあるのか-共産党政治局の白熱の議論
一味の利益
「炉の安全は組織面や技術面の対策によってではなく、物理法則によって保証されなければならない」
「あなたはどの原子炉を選ぶのか」

解説(今中哲二)
機密議事録解題/年表
訳者あとがき
各章の扉写真説明(撮影:広河隆一)
凡例
本書第2部2は原著とは異なる。原著では第2部1も引用された機密議事録40点(200頁余)を収めているが、訳書ではこれに代えて著者の最新の論文を収録した。


ざっと目次に目をとおしていただいた感想はいかがだろうか?

わたしがこの本をはじめて見たとき、ソ連だから情報を隠蔽していたのだ、ソ連が崩壊して情報公開が行われることになりほんとうによかった、というものであった。

すでにチェルノブイリ原発事故が発生して以後、日本でも広瀬隆による『危険な話』や、米国人医師による治療記録などが出版されており、だいたいの概要は知っていたが、情報隠蔽をしているソ連の内部情報にアクセスできない以上、それが事実であるとどうやって検証できるのか、という疑問を抱いたことも確かである。

だが、ソ連崩壊によって「極秘」文書が公開された結果、それまで隠蔽していたことが事実であったことがわかったのである。

原著は 『わが内なるチェルノブイリ』 というタイトルで 1992年に出版されているが、それはソ連崩壊の翌年である。日本語版はそれから2年後の1994年に出版されている。

2011年時点から振り返ってみたとき、福島第一原発事故が発生して以来、日本政府が繰り返し述べてきた文言が、  『わが内なるチェルノブイリ』 でも、ほぼそっくりそのままで繰り返し引用されるのを見ると、なんともいえない気分になってしまう。

ソ連だから情報を隠蔽していたのだ・・・、果たしてこのセリフを無邪気にクチにできる日本人はどれだけいるのだろうか、と。

第1部 わが内なるチェルノブイリ 9. 「子どもたちの健康は心配ない」から一部引用しておこう。


子どもたちの健康は心配ない-この言葉は、権力を持っている者たちがチェルノブイリ事故についてふれる時に、安心させるあらゆる言葉の中でも最も愛用している言葉の一つである。私は何十回となくこの言葉を聞いた。それは実にさまざまな任務についている実にさまざまな人びとの口から自動的にでてきた。しかも、その大部分は高い地位にある医者から。

チェルノブイリ後の三年間にわが国の公的医学界、つまり E.I.チャーゾフ(医学博士、アカデミー会員)が大臣になっているソ連保健省は、三度も許容被曝線量の限度を変更した。はじめは生涯70年間に70レムとなっていたが、その後50レムにになり、ついには、1987年から35レムになった。だが、チェルノブイリ以前は総量25レムだったのである。この基準値は、受け入れられない危険の下限、つまり一生の線量限度を意味しており、それを越えれば居住していることが危険になり、人びとは「きれいな」場所に移住しなければならない。したがって、人間の生命にとって決定的な数字に対するこのような恣意的な態度には驚かされるだけでなく、不審の念を呼び起こさせる。一体この数字はどのようなものか-科学的なものか、あるいは「でまかせ的なもの」なのか。・・(以下略)・・
(P.142)

この文章にでてくる固有名詞と、レムという単位をのぞけば、そのままそっくり2011年のフクシマと変わらないのではないか? (注:レムについては wikipedia の「レントゲン(単位)」の項目を参照。シーベルト単位への換算の仕方も書いてある)

一事が万事こんな感じである。

被災地に居住する二児の母親であったからこその問題意識。程度の差はあれ、日本でも小さな子どもを抱えた母親の危機意識が高いことはあえてここに書くまでもないことだ。

2011年のフクシマの場合は、1986年のチェルノブイリとは違って、インターネットやその他SNSなどのパーソナル・メディアの発達によって、政府発表やマスコミ報道が事実そのものではないことは知ることは可能である。

しかしだからといって、真相が政府から語られることや、マスコミで報道されることは現在の日本では期待できないことだ。

その意味では、チェルノブイリ原発事故から6年目にソ連が崩壊したことは、事実を知るという意味では幸いだったといえるかもしれない。

もちろん、日本が崩壊したらいいなどと言うつもりはまったくないないが、それにしてもお粗末な状況だと嘆かざるをえないのはわたしだけではないだろう。

日本政府から真相が語られる日は、はたして来るのだろうか?



著者プロフィール
アラ・ヤロシンスカヤウクライナの女性ジャーナリスト。1953年生まれ(2児の母)。ジトーミル州新聞の記者として、情報統制の枠を破ってチェルノブイリ事故被災地を体当たり取材。現地の人びとに推されて、1989年ソ連邦人民代表議員選挙で当選。以後、最高会議議員として、被災者救援と事故の真の原因および情報隠しの追求のために活動。現在、ロシア連邦政府新聞情報省マスメディア局勤務。エリツィンの大統領顧問会議メンバー。1992年には<もう一つのノーベル賞><人間に値する生涯に贈る賞>を受賞。チェルノブイリをめぐる事態の全貌を描破した本書は、英米独仏の各国でも刊行(刊行時のカバーに書かれていたもの)。





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『大本営参謀の情報戦記-情報なき国家の悲劇-』(堀 栄三、文藝春秋社、1989 文春文庫版 1996)で原爆投下「情報」について確認してみる




(2012年7月3日発売の拙著です)








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