2021年4月14日水曜日

書評『ハイブリッド戦争-ロシアの新しい国家戦略』(廣瀬陽子、講談社現代新書、2021)-ローコストの「ハイブリッド戦争」に傾斜するロシアの国家戦略

 

現代ロシアの国際政治を専門とする廣瀬陽子氏の本は、ほとんど読んできた。今回の新刊もまた充実した内容であった。

最近の新書本は、容量無制限気味なところがあって、この本も340ページ超もあって読みでがある。もはや新書本と単行本の垣根はなくなったようだ。 


■「ハイブリッド戦争」はソ連時代からのロシアの得意ワザ

「ハイブリッド戦争」とは、従来型の正規戦と非正規戦の組み合わせである。 

政治目的を達成するための情報戦や心理戦、テロや要人暗殺などの犯罪行為が、リアル世界だけでなくサイバー空間で公式・非公式を問わずに実行される「複合戦争」のことだ。 

それは「宣戦布告なき戦争」でもある。いつ始まったのかわからぬうちに始まり、いつ終わったかも明確にはわからない。しかも、低予算で効果が大きい。コスパが良いという表現も可能だろう。 

近年では、2016年の米国大統領選で行われたハッキングとフェイクニュースまき散らしによる情報戦で有名になったが、「ハイブリッド戦争」ということば使われるようになったのは、2013年11月に始まった「ウクライナ危機」からだ。 

ロシアによる「クリミア編入」や、ロシアにとって都合のよいウクライナ東部ドネツクでの「未承認国家」樹立は、まさにこのような「複合戦争」による成果である。「ハイブリッド戦争」というと中国という連想もあるが、原点がロシアにあることは確認しておく必要がある。

「目次」を紹介しておこう。 

プロローグ 
第1章 ロシアのハイブリッド戦争とは 
第2章 ロシアのサイバー攻撃と情報戦・宣伝戦 
第3章 ロシア外交のバックボーン-地政学 
第4章 重点領域-北極圏・中南米・中東・アジア 
第5章 ハイブリッド戦争の最前線・アフリカをめぐって 
エピローグ 

著者自身の専門は軍事やサイバー戦争ではないので、むしろロシアの国際政治におけるツールとしてのハイブリッド戦争に重点が置かれている。ハイブリッド戦争の内容と地理的な適用範囲が詳細に記述されている。 


■ロシアの「地政学」はハウスホーファー流のドイツ地政学

個人的に意外と面白く読んだのが、「第3章 ロシア外交のバックボーン-地政学」である。 

「地政学」(ジオポリティクス)が再浮上してきたのは「冷戦崩壊後」の流動化する国際情勢のなかだが、現代日本ではもっぱらマッキンダーなどの流れをくむ英米流の地政学が語られることが多い。 

ところが、現代ロシアでは、ドイツのハウスホーファーの地政学が主流であるという。ナチスを支えた理論として悪名高いハウスホーファーの地政学だが、「大陸国家」ロシアにはフィットしているのだろう。「海洋国家」の英米との大きな違いである。 


■蜜月とされる中ロ関係の対中国の分析が弱い


「反米」という一点で結びついている中ロだが、共通点だけでなく相違点も多い。ハイブリッド戦争」にかんしても同様だ。読者としては、ロシアと中国の「呉越同舟」で「同床異夢」な関係について、もっと知りたいところだろう。この点にかんしては、自分で調べて見るしかないのだろう。 

「ハイブリッド戦争」的要素は、もともとソ連時代からある。だが、なぜ現代ロシアがコスパの良い「ハイブリッド戦争」に傾斜しているか。端的にいってカネがないからだ。この点はもっと強調する必要があるだろう。 

世界でもっとも広大な領土をもつロシアだが、GDPベースではすでに中国の 1/8 規模であり、韓国と同規模の経済力しかないのだ。




(付録)「未承認国家」とは?

「ウクライナ問題」については、著者の『未承認国家と覇権なき世界』(NHKブックス、2014)を読むべきだ。以前に読んだ本だが、引っ張り出してみた。  

「未承認国家」とは、特定の政治勢力が実質的に領土を実効支配しているものの、一部を除いては国際的な承認を受けていない「国家」のことである。

先にみたウクライナ東部ドネツクの「ドネツク人民共和国」、ジョージア(=グルジア)内にロシアが樹立した「アブハジア自治共和国」と「南オセチア自治州」、モルドバ内の「沿ドニステル共和国」という「未承認国家」は、国際社会で承認されていないが、ロシアの意のままになる存在として、ある意味ではロシアの手駒としての役割を果たしているのである。 


「未承認国家」問題について知ることは、ロシアによる国際政治を考える上で、きわめて大きな意味をもつのである。 

ウクライナ東部に樹立した「ドネツク人民共和国」もまた同様である。ロシアがクリミアを領土に編入しながらも、ウクライナ東部をを併合しないのは、領土拡大そのものが目的ではないからなのだ。 

そして、クリミア編入のインプリケーションは、ロシアが北方領土を返還するなどあり得ないということだ。

NATOに対峙する飛び地のカリーニングラード、黒海への出口であるクリミア、そして米国の軍事力に対する戦略拠点である北方領土の択捉島と国後島。

いずれもロシアにとっては、きわめて重要な軍事的戦略拠点なのである。 




<関連サイト>

民間軍事会社ワグネル社のエヴゲーニー・プリコジーン。アフリカ・モザンビークでの活動の実態(CNN)

同上

■「新ユーラシア主義」の立場による「ロシア地政学」

・・プーチンに影響を与えているといわれる「新ユーラシア主義」の極右思想家ドゥーギンの「地政学」について



(2022年3月26日 情報追加)


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