2021年12月7日火曜日

書評『おんな二代の記』(山川菊栄、岩波文庫、2014)ー 維新から始まる母娘の人生でつづる日本近現代史

 

『おんな二代の記』(山川菊栄、岩波文庫、2014)を先頃読み終えた。単行本初版は1956年の出版。  


「おんな二代」とは、著者の山川菊栄(1890~1980)とその母・千世(ちせ 1857~1947)のこと。水戸藩の儒者という知識人家庭に生まれ育った千世と、その娘で社会主義者になった菊栄。いずれも90歳まで長生きをしている。 

全体の3/4は山川菊栄の自伝であり、残りの1/4はその前史ともいうべき母親の人生で構成されている。当然のことながら、菊栄の子ども時代から学生時代までの人生は、母親の人生と重なっている。

男性中心で政治史あるいは経済史として語られることの多い日本近現代史だが、女性ならではの視点で、しかも学問と生活という観点から語られるのが本書の特色だといえよう。女性史といっていいし、社会史ともいっていい内容の本だ。 

母親が体験した維新後の日本も興味深いが、女性問題を社会主義の観点から解決しようと志し、社会主義者になった山川菊栄の回想が中心になっている。 山川均・菊栄夫妻との関係からみたアナキストの大杉栄など、菊栄からみた同時代人としての社会主義者群像も含め、登場する事物のすべてが具体的に語られているのがいい。 

本書の最大の山場は、関東大震災(1923年9月1日)であろう。 著者の山川菊栄にとっても、戦前日本の社会主義運動にとっても、大きな分水嶺となった出来事だからだ。

きわめて個人的な回想が語られるが、流言飛語が飛び交うなか、「朝鮮人」だけでなく「主義者(=社会主義者)」も虐殺の対象になったことが、手に取るようにナマナマしく描写されている。大杉栄夫妻とその子どもが虐殺されたが、山川夫妻と子どもは危うく難を逃れることができたのであった。 

1925年の「普通選挙法」と抱き合わせで成立した「治安維持法」によって、社会主義者にとっては20年にわたって暗い時代が始まることになるが、分水嶺は「関東大震災」にあったことがよくわかる。 

山川菊栄は、こんな文章を記しているので引用しておこう。

渋沢栄一翁はこの震災を、国民がおごりたかぶるのを天が見かねてこらしめるために下した天譴(てんけん)だといいました。なにしろああいう大金持ちのいうことですから、一も二もなく信用されて、たちまち天譴説がはやりました。が、天はほんとうにそう思っていたかどうか・・。(本書の「天災と人災」P.359) 


渋沢栄一が語ったとされる「天譴」(てんけん)は、天による譴責という意味で解してよいだろう。厳しい咎めのことだ。現代の日本語なら「天罰」といったほうが通りがよいかもしれない。

ちなみに、永井荷風は『断腸邸日乗』に、「外観をのみ修飾して百年の計をなさゞる国家の末路は即此の如し。自業自得天罰覿面といふべきのみ。」と記している。そう考えると、大震災を天罰と捉える見方は、当時の日本人にとってはけっして不自然なものではなかったのであろう。

渋沢栄一に代表される資本家の視線と、山川菊栄をはじめとして弾圧の対象となった社会主義者の視線は、違っていて当然のことだろう。ここでは、「天はほんとうにそう思っていたかどうか・・」という控えめな物言いではあるが。もちろん、さまざまな視線で語りうるのが歴史というものである。単一の歴史観ほど認識を誤らせるものはない。

その意味でも、社会主義者で女性であった著者による回想録は、主義主張の違いを超えて、時代の証言として面白い読み物であったし、これからも読まれるべき古典であると言っていいだろう。


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