2022年2月23日水曜日

映画『ディア・ハンター』(1978年、米国)-平凡な日常を断ち切ってしまう戦争のもつ意味について考えさせられる

 
いったい何十年ぶりになるのだろうか、映画『ディア・ハンター』(1978年、米国)をDVDで視聴。178分という3時間弱は、最近の映画にはない長さだ。2回にわけて視聴した。

かの有名なロシアン・ルーレットのシーンと、ロシア正教会のシーンだけが記憶に残っていたが、表層レベルのではなく、感情の深いレベルで心を打たれる。セリフは少なく、デ・ニーロやメリル・ストリープなど、俳優たちの表情で物語る映画。泣ける映画だと、あらためて思った。

最初からディテールに注意を払いながら視聴すると、いろいろなことが見えてくる。

(主人公たちが勤務を終えて工場から退出するシーン ビデオよりキャプチャ)

米国東部のペンシルバニア州の州都ピッツバーグ郊外の鉄鋼メーカーの企業城下町が舞台ロシア系移民のコミュニティに生きる若者たちの青春。鉄工所で働く若者を中心にした、ハンティング仲間6人と同世代の女性たち。保守的な母親たちと子ども世代のジェネレーションギャップ(*)

(*)米ソ対立の冷戦時代の話である。すでにそれとわかる、ロシア系の名字をもった主人公の一人に対する米国政府の対応に、ロシア系移民の置かれた状況が浮き彫りになっている。戦闘で負傷してサイゴンの病院に収容されている際のシーンである。

(コミュニティを象徴するのがロシア聖教寺院 ビデオよりキャプチャ)

時代背景は1968年、ベトナム戦争のまっただ中のことだ。徴兵されて出征する若者3人、徴兵されなかった若者3人(**)。そして、かれらのガールフレンドたち。

(**)当時は、「ソーシャル・セキュリティ・ナンバー」(SSN:社会保障ナンバー)で無作為抽出された者が徴兵されたらしい。本土復帰前の沖縄県人で、米国留学中に徴兵されてベトナム戦争にいかされた者がいたのはそのためだ。米国に居住経験のある人なら、これが何を意味するか容易に想像できることだろう。留学生にも「SSN」が割り振られるのである。

かならずしも反戦映画ではないのだが、徴兵期間の2年の月日をはさんだビフォア&アフター、その明暗のコントラストの違いに、徴兵されて戦争に行くということの意味を重く、深く、考えさせられる

(教会での葬儀のシーン ビデオよりキャプチャ)

この映画が製作され公開されたのが1978年サイゴン陥落によって米国が撤退したのは1973年、それからわずか5年後の作品だ。それだけに、当時の雰囲気がダイレクトに伝わってくる。時代を隔てた後世から、再解釈され再構成された時代劇ではないのだ。

1968年というと、世界中で「学生反乱」が起こった年であり、とくに米国では大学生たちのあいだで「ベトナム戦争反対運動」が高まっていた時期だ。

(企業城下町の夜 ビデオよりキャプチャ)

だが、この映画の舞台となった地方の企業城下町は、そんな都会の大学生などとはまったく縁のない世界であったのだ。いかにも典型的ともいうべき、米国の地方都市が舞台なのである。大学に進学することなどほとんどなく、ハイスクールを卒業したらコミュニティのなかで職に就く。

(いかにも米国の地方都市そのものというべきボーリング場 ビデオよりキャプチャ)

だからこそ余計に、平凡な日常を断ち切ってしまう戦争というもののもつ意味を考えざるを得ないのである。




<関連サイト>


・・実際はオハイオ州クリーブランドにあるこの教会で撮影が行われた



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・・アメリカではどんな地方都市でも平屋建てのボーリング場がある。もっともポピュラーな娯楽の一つだ



(2022年5月18日 情報追加)


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