2022年7月に公開された映画『エルヴィス』のなかでもハイライトというべきなのが、「エルヴィス '68 カムバック・スペシャル」として知られるTVのワンマンショーだ。
1968年12月3日に全米で放送されたこのショーは、なんと全米視聴率 42%、瞬間視聴率 72%(!)を記録したという。現在では、国営放送が中心の権威主義国家以外では考えられないような数字だ。 それほど注目を集めたのは、7年間にわたって映画以外ではエルヴィスの出演がなかったからだ。
そんな「エルヴィス '68 カムバック・スペシャル」が誕生した背景と舞台裏を、関係者へのインタビューをまじえて描き出したのが、ことし4月にでた『エルヴィス '68 カムバック・スペシャル』(前田絢子、青土社、2022)だ。
『エルヴィス雑学ノートーキング・オブ・ロックンロールを読み解く』(ダイヤモンド社、1996)と『エルヴィスー最後のアメリカン・ヒーロ』(角川選書、2007)とあわせてアメリカ文化研究者・前田絢子氏の「エルヴィス三部作」といっていいだろう。
アメリカにとって1968年とは、ベトナム戦争が泥沼化し、ベトナム反戦運動と公民権運動が活発化するなか、キング牧師が暗殺され、1964年に暗殺された JFKの弟ロバート・ケネディも暗殺された年でもあった。
「エルヴィス '68 カムバック・スペシャル」の企画が進むなか、エルヴィス自身も激しい衝撃を受けたのである。 キング牧師を心の底から尊敬し、ケネディ大統領の死を痛んでいたからだ。
ロックンロールは、黒人音楽のリズム&ブルースとゴスペルを主要な源泉としてエルヴィスによって生みだされただけでなく、南部に生まれ育ちながらも、人種的偏見をいっさいもたなかったエルヴィス。
(Elvis Presley - If I Can Dream ('68 Comeback Special)
そんな状況のなかで生み出された If I Can Dream が、メッセージの送り手としてのエルヴィスにとって、メッセージの受け手としてのアメリ社会にとってどんな意味をもっていたのか、その意味が明らかにされる。
内容的には、前著2冊と重なる部分が多いが、「エルヴィス '68 カムバック・スペシャル」の企画を進めた人たちの人間関係や人間模様を知ることができるだけでなく、ロックンロールが生まれた1954年のアメリカ南部、そして1968年以降のアメリカ社会の激変について知ることができる内容になっている。
1968年は、同時進行的に先進諸国で「学生反乱」が勃発した年だ。比較的状況の似ていた欧州と日本とは、やや若干異なるアメリカの状況について考えるためには、「エルヴィス '68 カムバック・スペシャル」が、そのための一つの材料になることであろう。
もちろん、エルヴィスその人をより深く理解するためにも。
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目 次プロローグ 伝説のテレビ番組第1章 メイキング・オブ・カムバック・スペシャルー番組制作を支えた人々第2章 撮影の日々を追いかけるー1968年6月第3章 トム・パーカーをめぐってー大佐と番組制作者たちのかけ引き第4章 エルヴィスの生まれた場所ーミシシッピの小さな村から第5章 テュペロ時代ーエルヴィス、音楽に目覚める第6章 エルヴィス・クレイズの爆発ーこんなにすごい光景は見たことがない!第7章 大地のリズム、メンフィスに轟くービール・ストリートから聞こえる音第8章 ゴスペル・メドレーにこめられたものー宗教歌に育てられ、見送られたエルヴィス第9章 “If I Can Dream” ― 分断されたアメリカ社会に捧げる祈りエピローグ エルヴィスが社会を動かしたーその声は今日の BLM 運動に参考文献あとがき
著者プロフィール前田絢子(まえだ。あやこ)東京都生まれ。フェリス女学院大学名誉教授。専門は現代アメリカ文学・文化、とくにアメリカ南部研究。早稲田大学文学部卒業。同大学院文学研究科博士課程修了。フェリス女学院大学文学部教授として教鞭を執った。日本におけるエルヴィス・プレスリーの研究家としても知られ、1998年にミシシッピ大学で開催されたエルヴィス・プレスリー世界会議にゲスト・スピーカーとして招かれている。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
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・・I have a dream で有名な黒人解放運動の指導者キング牧師は1963年にエルヴィスの故郷メンフィスで暗殺。享年39歳。エルヴィスは、公式にキング牧師に哀悼の意を示すことはできなかった。1968年カムバック曲 If I Can Dream を想起せよ!
(2024年3月21日 情報追加)
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