2024年8月9日金曜日

『仏陀バンクの挑戦 ー バングラデシュ、貧困の村で立ち上がる日本人と仏教徒先住民たち』(伊勢祥延、上川泰憲監修、集広社、2020)で「バングラデシュ仏教」のいまと、海外現地での草の根の支援活動の困難を知る

 
 
国民の9割以上がムスリムで、イスラームが国教であるバングラデシュにも仏教徒がいることは、知る人ぞ知る話であろう。ただし、人口のわずか1%に過ぎない少数派だ。 

そのむかしNHKスペシャルで『ブッダ大いなる旅路』(1998年)というシリーズ番組があった。
 
その第1回の放送「輪廻する大地 仏教誕生」で、インドで仏教が「滅亡」したあとも、「初期仏教」の姿を現在にとどめる「ベンガル人仏教徒」たちがほそぼそと生きていることが取り上げられていた。

インドの大地で仏教は完全に滅亡したわけではなかったのだ。それはもう、自分としては大きな驚きであった。




それ以来、自分のなかでは「バングラデシュ仏教」についての関心がつづいているが、タイやミャンマー、そしてスリランカの上座仏教にかんする本が多数出版されているにもかかわらず、バングラデシュ仏教について取り上げた本は、現在にいたるまでほぼ皆無に近い。 

その唯一の例外ともいうべきなのが、『仏陀バンクの挑戦 ー バングラデシュ、貧困の村で立ち上がる日本人と仏教系先住民たち』(伊勢祥延、上川泰憲=監修、集広社、2020)という本であることを昨年知り、購入しておいた。  

その本をいま、バングラデシュ政変のまっただなかに読んだ。バングラデシュ仏教徒への関心はいうまでもないが、それだけではない。

政治的混乱のなか過激なイスラーム主義者たちにによる少数派のヒンドゥー教徒への暴行や襲撃事件が発生しているという報道を耳にするからだ。おそらく仏教徒もまたおなじ状況におかれているのではないか? 

イスラーム過激派からみれば、「偶像崇拝」を行うヒンドゥー教や仏教は許しがたい存在である。それは、アフガニスタンでタリバンが最初に政権を奪取した際、世界遺産であるバーミヤン大仏の首を破壊したことを想起すれば十分だろう。 



■「先住民ジュマ族の仏教徒」のいまと、海外現地での草の根の支援活動の困難

さて、『仏陀バンクの挑戦』だが、帯に記された文章を引用すれば、内容についてはほぼ言い尽くされる。  


イスラム教国家バングラデシュ
仏教徒の先住民がいることを知っているか? 
 襲撃と貧困で絶望にあえぐ村
ブッダの慈悲で立ち上がらせる 
マイクロクレジットの支援事業の記録に描かれた
日本人と先住民たちの苦闘の10年間 


本書は、「四方僧伽」(しほうさんが)という日本の仏教系の支援団体による、バングラデシュの先住民仏教徒への支援の記録である。  

ビザの関係から長期滞在が難しいので、著者は訪問ベースで支援をつづけてきた。 

ここで重要なことは、「仏陀バンク」の支援の対象が、バングラデシュ東部の「チッタゴン丘陵地帯」の先住民ジュマ族を中心にしていることだ。 

バングラデシュでは、仏教徒じたいが人口のわずか1%と少数派だが、その大半はベンガル人のバルワ族であり、(あまりにもおおざっぱな言い方だが)チッタゴン丘陵地帯の先住民であるミャンマー系の仏教徒たちとは、おなじ仏教徒であっても、かならずしも折り合いがよくないようだ。 

なぜ、ジュマ族などの先住民がバングラデシュ国内にいるかというと、これはロヒンギャ問題もそうであるが、「英国の植民地政策の負の遺産」以外の何者でもない。 いわゆる「分割して統治せよ」という基本政策である。 

英国の植民地時代、1937年にインド植民地からビルマが分離された際、かれら先住民の土地はインド側に残ることになった。先住民の意思とはまったく関係ない、英国の植民政策としてである。

1947年の「インド独立」に際しては、インドとパキスタンと分離独立となったため、現在のバングラデシュは「東パキスタン」となった。

仏教徒先住民たちは、その意思には関係なく「東パキスタン」に取り残さてしまい、 翌年の1948年にはビルマ(現在のミャンマー)が独立したことで、分断が固定化されてしまい、超少数派に転落してしまったのである。

その後、激しい戦争を経て、1971年に「東パキスタン」は「バングラデシュ」としてパキスタンから独立することになるが、独立後のバングラデシュは、過剰人口のはけ口として「チッタゴン丘陵地帯」への入植政策を推進する。


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少数派の仏教徒で、しかもベンガル人とは異なる異民族の先住民たちは、バングラデシュ政府の犠牲者としかいいようがないのである。 過激なイスラーム主義者による寺院襲撃と村の焼き討ちも発生している。悲惨としかいいようがない。仏教徒として悔しさも感じる。

苦難のなかで生きることを余儀なくされている、チッタゴン丘陵地帯に生きる先住民仏教徒たち。 

この地域は、ほぼ軍政といっていいような状態が続いており、外国人の入境は困難をきわめることが、この本を読んでいてよくわかった。

著者もまたビザの関係で長期滞在ができない、そんな困難な状況のなかでの支援活動をつづけてきた。欧米系のNGOは、ほぼ撤退したらしい。 




■「マイクロクレジット」としての「仏陀バンク」(BOB: Bank Of Buddha)

バングラデシュは、ユヌス博士によって「マイクロクレジット」が生まれた国である。 

「仏陀バンク」がバングラデシュで成功したのは、そもそもそういう素地があったことも大きいようだ。もちろん、 本書の著者による獅子奮迅のはたらきと先住民によき協力者を得たからである。

「マイクロクレジット」としての「仏陀バンク」は、日本で集められた浄財を原資にして、これを支援を必要としている現地の人たちに小額であるが貸与し、返済されたらそれをまた違う人たちに貸与していく仕組みである。

「信頼」のみを担保とした貸し付けであるが、大きな特徴は「利子」をとらないことにある。「無利子」なのである。これは特筆すべきだと強調しておこう。

仏教であるから、利子に相当する分を「お布施」として提供してもらい、それを原資に組み込んで支援対象者を増やしていくという仕組みだ。サステイナブルに拡大再生産が行われていく仕組みである。 

その最初の種まきの10年間の記録である本書は、現地での支援活動がいかに困難をきわめたものであるかを語ってやまない。

エリートが海外から、エアコンのきいたオフィスで指図するような、欧米のNGOとはまったく異なる、草の根の支援活動である。日本人ならではの取り組みである。青年海外協力隊やJAICAの支援など、みな草の根での支援活動である。このことは日本人として誇ってよいことだ。 

ひょんなことから責任者となってしまったカメラマンの著者の、先住民仏教徒を助けたいという使命感と情熱。それは、人生後半を賭けるにふさわしいものであったといえよう。 

バングラデシュ仏教徒のいまを知るだけでなく、営利と非営利を問わず、海外現地で事業活動を行うことの困難と、それを乗り越えて目的を達成する喜びを語った内容に、充実した読後感を感じている。

 「チッタゴン丘陵地帯」について知ることは、バングラデシュの国内問題だけでなく、隣接するインドやミャンマーについて知ることにもつながるのである。


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目 次 
インタビュー 絶望を希望に変える仏陀バンク(四方僧伽代表 上川泰憲)
主な登場人物/チッタゴン丘陵地帯
1 プロローグ
第1章 仏陀バンクを始める
 コラム チッタゴン丘陵地帯とは/セトラーによる襲撃
第2章 生みの苦しみ 
第3章 仏陀バンク、インドへ帰る
第4章 良くも悪くも多様性
 コラム バングラデシュという国(旅行者として) 
第5章 激動期 
第6章 衝撃 
第7章 仏陀バンクよ永遠に 
あとがき

著者プロフィール
伊勢祥延(いせ・よしのぶ)
写真家。1960年北海道伊達市生まれ。中学卒業後美容師として働く。1994年、写真スタジオを兼ねたサロン、Hair and Make Draw を札幌市に開業。以後写真家として世界62カ国を撮影して廻る。自然被災地や紛争後の撮影がきっかけで人道支援グループ四方増伽と巡り合い、共に活動を始める。現在は仏陀バンクのプロジェクトリーダーを兼ねる。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)

上川泰憲(かみかわ・たいけん)
法華宗孝勝寺副住職。1973年北海道夕張市生まれ。立正大学在学中に池上本門寺にて4年間随身生活。その時、「四方僧伽」設立者井本勝幸氏に出会う。自坊にて副住職の任を務めながら、四方僧伽に賛同し、東南アジアを中心に仏教徒ネットワークの確立を目指す平和運動を行なっている。2014年3代目の代表就任。バングラデシュの少数民族仏教徒への「仏陀バンク」をメインプロジェクトに活動を展開している。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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