2024年9月24日火曜日

書評『人生は心の持ち方で変えられる? ー <自己啓発文化>の深層を解く』(真鍋厚、光文社新書、2024)ー「近代社会」と「自己啓発」は切っても切り離せない

 


「人生は心の持ち方で変えられる?」というタイトルだが、ダイレクトに答えを出すことを目的にした内容ではない英国で出版された『自助論』(セルフヘルプ)から160年の歴史とその意味を、「自己啓発」というキーワードで概観したものだ。 

著者は、「自己啓発」を「足し算型自己啓発」と「引き算型自己啓発」の2つに分類している。

近年、主流になってきているのは後者の「引き算型自己啓発」だ。 代表的なものとして、ひろゆき(=西村博之)やこんまり(=近藤麻理恵)が取り上げられている。

「必要以上にムリしない」というがんばらない姿勢であり、「必要のないものはムダ」だから持たないという姿勢である。

 「自己啓発」の分類では、米国の自己啓発書の研究者である尾崎俊介氏は、「自助努力系」と「引き寄せ系」の2つに分類している。後者の「引き寄せ系」は限りなくスピリチュアル系に近い。  

「足し算型」が「自助努力系」と重なる面が多いのに対し、「引き算型」は「引き寄せ系」と重なる面はあるものの、かならずしもおなじではない。こんまりはスピリチュアル系だが、ひろゆきはそうではない。 

では、なぜ「引き算型」の自己啓発が、とくに日本では主流になりつつあるかというと、社会経済情勢がそれを受け入れやすくしているからと考えるのが自然であろう。

また、マルクス・アウレリウスなどの「ストア派哲学」や仏教起源の「マインドフルネス」など、セルフコントロールの思想が、米国でも日本でも復活してきたのは、そういう背景がある。 

右肩上がりの経済はとうの昔に終わり、がんばっても報われない社会になっている。そんな状況でサバイバルするための知恵が「引き算型」の自己啓発にあるからだ。 

読んでいて思ったのは、このライフスタイルは近代以前の日本への祖先帰りのような気がしないでもない、ということだ。「わび・さび」を重視するシンプルライフ。日本型ミニマリズムの美学。 

さらにいえば、「ムリ」をせず、「ムダ」をなくすという姿勢は、なくすべき「ムラ」を加わえれば、米国発だが日本で発展した生産管理を想起させるものがある。「清掃」もそのひとつである「5S」(=整理・整頓・清潔・清掃・しつけ)もまたその構成要素だ。 

本書は、そういった「引き算型自己啓発」が主流となってきた最近の状況を踏まえながら、英米とくに米国で生まれ発達した「自己啓発」の思想を概観し、それがなぜ明治維新後の日本で大いに受け入れられたかを論じている。論旨と構成はきわめて明快であり、著者はじつによく調べ考え抜いている。 

「自己啓発」は「近代社会」と密接な関係にある。現在すでに「近代」からつぎの時代への移行期にあるとはいえ、「近代の遺産」である「自己啓発」は、「足し算型から「引き算型」へと形態を変化させながら、今後もつづいていくのであろう。 


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目 次
はじめに 
【I】引き算型自己啓発 
 第1章 なぜひろゆきブームなのか 
 第2章 お部屋から革命を起こす 
【II】 足し算型自己啓発 
 第3章 それはアメリカ建国の父から始まった 
 第4章 中村天風から松下幸之助へ 
 第5章 通俗道徳という「見えない宗教」 
【III】 終わりなき自己啓発 
 第6章 『自助論』― 150年の誤読 
 第7章 終わりなき「自分磨き」へようこそ
 第8章 幸福度競争社会

著者プロフィール
真鍋厚(まなべ・あつし)
1979年奈良県生まれ。大阪芸術大学大学院芸術制作研究科修士課程修了。評論家、著述家。出版社に勤務する傍ら評論活動を行っている。専門はコミュニティ、自己啓発、宗教、孤独・孤立、陰謀論、テロリズム、ネットリテラシー、映画批評など。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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