2010年9月14日火曜日

庄内平野と出羽三山への旅 (4) 「山伏修行体験塾」(二泊三日) 初日の苦行は深夜まで続く・・・




「山伏修行体験」の中身-「情報遮断」かつ「体育会」的な雰囲気はキライじゃない

 さて、いよいよ今回は、山伏修行体験の中身について書いてみたいと思う。

 とはいえ、写真はない。ここに掲載した写真はすべて、修行体験前後に撮影したものであることをお断りしておく。

 前回にも記したように、修行体験に参加中は、文明の利器をいっさい身につけずに行動するのが原則である。せめてデジカメは持参してブログのために写真くらい撮りたいのだが・・・と実はギリギリまで思っていたのだが、デジカメも携帯電話も財布も腕時計も万歩計も、すべて貴重品として預けることとした。

 せっかくの機会である。せっかくの「情報遮断」の機会である。情報に追われて忙しい現代人、こんな機会を利用しなければ「原始」に戻ることは不可能である。
 山伏装束に金剛状だけ、ただしメガネはかけているが、腕時計も預けたので時間もわからないまま、先達(せんだち)のいうがままに従って行動する。こういうことは、おカネを払ってでも実行しなければならないのである。
 黙ってデジカメをもっていったところで、中途半端なことをしていたのでは効果半減どころではないだろう。もちろん腕時計やデジカメをナップザックに入れて持ち歩いている参加者もいなくはなかったが、要は心の持ち方次第である。
 私は「後悔」という二文字が何よりもキライな人間なので、いっさいすべてを「体験塾」と先達の方針に従うこととして、身を預けることとした次第だ。

 そしてこの行動姿勢を何よりも象徴的に表現しているのが、「うけたまう」(うけたもー)という返事である。「うけたまう」とは、漢字で書けば「請け給う」ということになるだろう。英語でいえば、Yes, sir ! である。海兵隊のようなものか。
 山伏は、先達から何か言われたら、「うけたもー」という答えしか存在しない。それも腹の底からの大声で答える。NO とは絶対にクチにできない存在、それが山伏というものである。
 実際問題、山のなかをひたすら歩く「抖(と)そう行」など、先達に従わなければ危険な行も少なくない。いやほぼすべての行(ぎょう)が、先達である指導者に従わなければ危険である。

 まるで体育会、あるいは運動部のような感じだが、高校時代にワンゲル、大学時代に合気道と、体育会で過ごしてきた私には、特段の違和感はない。
 むしろ久々に、余計なことは考えずにカラダだけを使っていたという、この二泊三日はたいへん貴重なものとなったといえる。カネ払ってまでも参加する意義があるということだ。
 

山伏装束の身につけ方が終わったら、さっそく山伏修行体験に入る

 前回の繰り返しになるが、山伏修行体験初日のコースメニューを見ておこう。

一日目(2010年9月3日)

13:30 「いでは文化記念館」に集合、着替え
    峰入り式
14:00 講話
14:30 水垢離
15:00 抖(と)そう行(=山掛け歩行)
17:30 床固め(=座禅)
18:30 壇張り(=食事)
19:00 抖(と)そう行
21:30 忍苦の行(=南蛮いぶし)
22:00 宿入り


 時間はあくまでも参考程度と思っていただきたい。
 実際は、参加者の状況や天候によって大きく左右されるのが、自然の懐にそのまま没入する山伏修行であるから、スケジュール通りには進行しない。

 講話で「十界修行」についての話がなされる。「十界」とは、地獄界から仏界までの十段階のことで、山伏は修行によってこの十段階を体験することになる。地獄界 ⇒ 餓鬼 ⇒ 畜生 ⇒ 修羅 ⇒ 人間界 ⇒ 天上界 ⇒ 声聞界 ⇒ 縁覚 ⇒ 菩薩 ⇒ 仏界 となる。



 このあとは、床固めだっただろうか、記録をいっさいつけていなかったので順番がわからなくなっているが、いでは文化記念館の前で、全員で座禅。とはいっても禅寺の座禅の厳しさはない。胡座か結跏趺坐がかよくわからない格好で座禅を組んでも問題がないのはありがたいところ。

 次に、せっかく身につけた山伏装束を脱いで、水垢離(みずごり)、すなわち水に浸かっての禊ぎ(みそぎ)の行にいくことになる。
 男子はふんどし一丁に白い地下足袋のみ、女子は水着。なお今回の女子参加者は二人で昨年よりは少なかったという。
 ふんどし一丁のまま、いでは文化記念館から集団で近くの川に向かう。猛暑の夏であったが水は冷たい。船漕ぎ運動で、簡単な準備体操をしたあと(・・合気道をやっていた私には慣れたものである。船漕ぎ運動は合気道では天の鳥船の行ともいう)、先達から水に入っていく。ここから先はもう気合いあるのみである。冷たい水の中でひたすら気合いで耐え抜く。しかし不思議なもので、水に使っている肩までは寒さを感じなくなり、むしろ水の上に出ている肩の一部がえらく冷たく感じてくる。
 滝行(たきぎょう)もそうだが、水垢離もまた気合いでなんとかなるのだ。ふんどし一丁の水垢離は私は初体験である。
 これは日本的な修行のもつ、いっけん無意味に見えながら、実は深い意味をもった行であることを実感することになるわけだ。


山伏修行の中核は、なんといっても山のなかをひたすら歩く抖そう(とそう)行にある


 抖そう(とそう)行とは、山掛け歩行のことである。初日は羽黒山に登る。

 羽黒山は、424m とかなりの低山であるが、頂上まで歩いてゆくには、なんと 2446段 の石段をひたすら登らなければならない。距離としては 1.7km くらいらしいが、この石段を登って、またひたすら下りるのは、かなりつらいものがある。
 なんといっても41人の大所帯、そもそも山歩きも単独行か少人数が好きな私にとって、自分のペース(=マイペース)で歩けないこと、大集団で歩くのは苦痛以外の何者でもない。ああいやだ、という気持ちにもなってくる。

 特別天然記念物の樹齢300年以上の杉木立の参道を歩き、まず国宝の五重塔で拝礼。
 下に掲載した写真は、「体験塾」が始まる前に時間があったので一人で参拝してきたときに撮影したもの。さすがに出羽三山神社までは 2446段も石段があるので単独ではいっていない。したがって、写真はない。


 そうそう、忘れていたが、拝礼の際にはかならず、二拝二礼してから、「三語」の一節をそれぞれ三回ずつ奉唱することになっている。
 
諸(もろもろ)の罪(つみ)穢(けがれ)
 祓(はら)ひ禊(みそぎ)て清々(すがすが)し

遠(とほ)つ神笑(ゑ)み給へ
 綾威(いづ)の御霊(みたま)を幸(さきは)へ給へ

天つ日嗣(ひつぎ)の栄え坐(まさ)むこと
 天地(あめつち)も共(ぬた)無窮(とこしへ)なるべし


 これはほぼすべての機会に唱えることになるので、三日目にはすっかりそらで覚えてしまった。


 石段の参道をそのまま登る。
 「死と生まれ変わり」の出羽三山の羽黒修験道では、参道を産道とみなすらしい。生まれてくるためにはひたすら産道を、参道を歩くのが行(ぎょう)えあるわけなのだ。


 羽黒山にて、羽黒山修験道の開祖といわれる蜂子皇子の社と、出羽三山神社に拝礼。もちろんここでも「三語」を奉唱することはいうまでもない。

 もうすでに暗くなってきたが、足元が暗くてよく見えないものの、参道をひたすら早足で下って行く。私にはこの行がもっとも辛かった。
 そもそも山登りで一番キライなのが下り、しかも地下足袋で石段を下る、足元もよく見えない、金剛状が邪魔、自分のペースで歩けない・・・
 正直いってもうイヤだと思っていたのはウソ偽りのない思いであった。


壇張り(だんばり)とは一汁一菜の食事のこと

 さて、夕食の時間である。これを壇張り(だんばり)という。
 いでは文化記念館のホールで、畳の上に板を並べ、その前で食事をいただくことになる。
 食事は一汁一菜、すなわちご飯一杯に味噌汁一杯、これに漬け物が二切れのみ。お茶はなく、白湯でお椀を箸で洗ってそれをクチにするのみ。
 一汁一菜については、講話のさいに先達から断食だと説明があったが、私には十二分に満足であった。

 もちろん、食事前には「三語」を奉唱する。

 ところで、一汁一菜は、断じて断食ではない! 断食ではないので心配無用である。

 断食というのは、水だけ飲んで過ごすことだという実体験をもつ私にとって、一汁一菜の壇張り(だんばり)は、むしろ量的には過剰に感じられた。そもそも朝食は私は不要だし、量的には半分で十分だったように思われた。

 いただきものはすべて食べるのが作法であるから、全部残さず平らげたが、なんといってもコメは庄内米であったので、これが実にうまい。二日目の朝食も夕食も、味噌汁の具と漬け物の種類がかわるだけだが、この単純な組み合わせはむしろコメが本来もつうまさを引き出していると思われた。
 一汁一菜は合計3回(・・二日目は月山九合目でおにぎり)のみだったが、うまいコメは余計なおかずなしに味噌汁だけで食べたほうが、本当のうまさがわかるということは大きな発見だった。

 食後しばし休んだのち、再び抖(と)そう行、国宝五重塔の前での床固め(=座禅)。


羽黒山修験道の細大の試練が「南蛮いぶし」

 本日最後で細大のイベントが、夜の10時頃に行われる忍苦の行(=南蛮いぶし)である。
 狭い部屋に全員が押し込まれて行われるこの行は、まさに難行苦行そのものである。
 唐辛子の粉末を火鉢でいぶして団扇であおぎ、部屋中にけむりを充満させる。煙路といっても唐辛子の粉末が含まれているので、呼吸するのが困難になる。むせてくるので、ちょっと咳でもしようなら、唐辛子粉末がノドに吸い込まれてさらに咳をさそい、目も鼻も苦しくて液体がでてくる・・・という苦行である。

 これが南蛮いぶしか・・・まったくもって燻製つくりのプロセスそのものではないか。ひたすら下を向いて、唐辛子粉末を飲まないように頑張るしかない・・・

 しかし、南蛮いぶしの部屋から脱出したときの空気のうまさ。これを体験させるために、この行が存在するのであろう。いつも吸っている空気を有り難いと思わせるために。

 この忍苦の行(=南蛮いぶし)で初日の行(ぎょう)のすべてが終了。


私にとっての苦行は「南蛮いぶし」で終わったのではなかった・・・

 このあとはすぐ近くの宿坊に移動して寝ることになる。やっと寝れるかと思うとホっとする。
 翌朝の起床は、ホラ貝で知らされるとのことだ。


 なんせ41人も相部屋で雑魚寝ということは、体育会の合宿のようなものだ(・・女子は別の部屋ですのでご安心を!)。

 この旅の初日の夜行高速バスでも寝られなかったが。この日も寝いるタイミングを逸してしまい、ほとんど一睡もできなかった。
 すごい音量のイビキや歯ぎしり、寝言でうなされているのであろう、断末魔のような絶叫(!)・・という阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄図のような一夜を過ごすこととなったのは、私にとってはまだ一日の行(ぎょう)がすべて完了したわけではなかったということだったのだろうか。

 まさに「十界」でいえば、初日の宿入りは、「地獄界」の段階なのであった。

 深夜の苦行を体験したのち、二日目の行が始まることになる。


 では、次回(5)は、 「山伏修行体験塾」(二泊三日) 二日目 に続きます。二日目は早朝から深夜まで実に長い・・・


          
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